旧式Mono | ナノ

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暖かい背中。
ふわふわと暖かい温度に、私はくすぐったさに身をよじる。


『大丈夫だよ』

誰かが、優しく私に呟く。
『あなたはだあれ?』
私がそういうと、その人は小さく笑った。


視界は真っ白で分からないけど、男の人なんだろう。
彼は薄く笑うと、私をよいしょ、と背負いなおして、再び歩を進める。


『何処へ行くの?』と、私は彼に聞く。

『大丈夫だよ』
彼は私の問いには答えず、呪文のように同じ言葉を繰り返す。


どうしてだろう。暖かく、なんだか懐かしいにおいがする。
私はぎゅう、と彼に甘えるようにしがみつくと、彼は少し驚いたように、「どうしたの」と呟く。

「……痛かったの」
まるで道端でひざをすりむかせた子どものように、私の唇からは情けない声が出た。


『大丈夫』
彼は私をあやすように、ゆさぶる。まるで、お父さんみたいだと、思った。

『大丈夫だよ。辛くても…君なら』
彼はそういうと、私を暖かく白い地面に降ろして、笑った。

ようやく見えたその人の顔を、私は知っていた。私は彼の名前を呼ぼうとして……その唇を、彼の唇で覆われた。


* * *



気が付くと、私は白い天井の下にいた。

体はまるで縛り付けられているかのように身動きがとれず、腕を動かすのがやっとのようだった。
目を開けるとバリバリに乾いた目やにがまつげを引っ張り、痛みを感じる。私は必死で目やにを取ると、辺りを見回した。


薬品の匂いが漂う、白く清潔感漂う部屋。実際には見たことがないけど、私はここが何処だかすぐに分かった。――病院の、個室。
入院したことのない私は、ドラマなんかで見た『病院っぽい病院』しか知らないけど、ここの病院は本当に『病院っぽい』個室みたいだ。

……当たり前、か。

私は、自嘲するように、そんなことを思った。だって、だって、この世界は私の世界で言う『漫画の世界』なんだから。

仕切られた衝立の向こうに洗面台でもあるのだろうか。水の音がしていて、看護婦が何かを洗っているようだった。私が体を動かすと、ベットが軋むような音を立てた。その音に気が付いたのか、つい立の奥の人間は、その姿を見せる。


「あら、気が付いたの?」

それは、人のよさそうなのが一目で分かる壮年代の看護婦だった。
にこにこと柔和な笑みを浮かべながら、白いぬれたタオルを持って、私の横の椅子に座る。
彼女は『あなたを担当している松橋といいます』と簡単に自己紹介すると、暖かいタオルを私の頬につける。あまりの突然さにびくんっと体を痙攣させ、思わず受身のような態勢をとってしまった私に、彼女は苦しそうに表情をゆがめた。
私自身、何故このような体制を取ってしまったのか分からず、呆然と体を硬直させてしまう。彼女は、そんな私を落ち着かせるようにふわりと抱きしめると、「大丈夫よ」と、子どもに言い聞かせるように、呟いた。



「あの、私……どうしてここに?それにここ…どこ、ですか?」
「ここは並盛病院よ。あなたをここに運んできてくれた人が居たんだけど…さっき飲み物を買いに行ったわ。すぐ戻ってくるんじゃないかしら?」

「……運んで着てくれた、人?」
「あなたより、少し年上みたいだったわよ。ご兄弟か何かかしら?」

「……いえ、居ませんが……」
「そう?ずうっとここに居て、あなたを見てくれていたのよ」


彼女はそういうと、よかったわね、とわたしの顔を、暖かいタオルで優しく拭いてくれる。
サッパリとした顔で彼女を見上げると、彼女は「じゃあ、わたしはもういくわね?」といわれる。
私は頷いて返すと、彼女はもう一度私に微笑んで、病室を出て行った。



私を運んできてくれて、そしてずっと病室についてくれる人間。
私はそんな人物思い浮かばずに、ふと夢の中の男の人を思い出す。何でだろう。私は彼を『知っている』ということは覚えているのに、彼の名前を思い出すことが出来ない。
雲雀恭弥という名前が浮かぶが、すぐに消去する。まさか、彼が私を運んでくれた上、ずっと病室について居るなんて、ありえない。可能性があるとしたら……ユージさん?それとも、シュンさ……


「…」

ちがう、シュンさんは、バーズに殺されてしまったんだ。
がらんどうの瞳を思い出して、私は思わず布団を引き寄せる。こわばった体が、確かな寒さを感じた瞬間。
きい、と、ドアが開いた。



「…あ」
「……え?」


私の声と、彼の声が重なる。

白いニット帽に、白い肌。長身で細身の、確かに私より少し年上のように見える、男の人。…知らない、人だ。多分。
どこか見たことあるようで、うまく思い出せない。…まるで、霧でも掛かっているみたいに、曖昧な記憶。
彼は気まずそうに私から顔をそらしたけれど、結局先程看護婦が座った、ベットの横の丸いすに座る。目が見えない程にずり下げられたニット帽子なのに、どうやら彼には前が見えているらしい。二つ持った、湯気が漂うカップのうち、茶色いほうを私に差し出す。
私が僅かに躊躇うと、彼はベットに取り付けられたテーブルを胸元まで引き寄せて、私のすぐ前においてくれた。


「あの、私を、運んでくれた方……ですか?」
「……そうだよ」


彼は顔をそらしたまま、私の問いに答える。
声からしても、どうやら私の知り合いではなさそうだった。
というか、この世界で私の存在を知っているのは、雲雀恭弥と風紀委員、骸に犬に千種くらいだ。あ、あと、あのユージさんのときに助けてくれたおばちゃんと、コンビニ店員も入る?…まあ、ソレはいいとして。私は彼を知らないし、何故ここに一緒に居てくれるのかも分からなかった。
あいかわらず俯いてばかりの年上男子の対応の仕方を決めかねていると、彼の方が、沈黙に音を上げたようだった。


「……体、大丈夫?」
「…え?あ、うん…じゃなくて、はい…、おかげさまで」

「そっか。よかった」


彼は口だけでニッと微笑む。やけに横に広い唇は薄く、なんだか怖い。


「……あの、本当に失礼なんですけど……貴方は、」
「……名前?」

「え、や。そうじゃなくて」

「好きに読んでくれたらいいよ。…君は?」

「苗字…ナマエ、です。…だけど、好きに呼べって……?」

「名前、捨てたんだよね。まだ新しいのつけてないからさ、つけてよ。ナマエちゃん」

「え、や、ナマエちゃんって……え?」


その響き、何だかどこかで、聞いたことがあるような、そんな響き。
だれだったっけ。なんか。遠くない過去でおんなじ様な呼び方で呼ばれたことが、あるような無いような……。だれだったかな、と、考える私をよそに、何だか落ち着いた様子の帽子少年は、ひらひらと片手で自身を扇ぎだす。


「にしても、ここ熱いね。まあ君だけだし、これもいっか」


目の前の帽子少年は、ずる、と帽子を取った。――のに。
なぜだか、その頭の色は変化を見せなかった。白い白い、綺麗な、髪の毛。



「……びゃく、らん………?」

私の呟きに、彼はにっこりと微笑む。


「其れが僕の名前?いい名前だね」


狐を思い出させる青く小さめな瞳が、ふと、細められた瞼の奥に隠れた。
(08/10/26)


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