旧式Mono | ナノ

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私はどうやら、気づかないうちに欄干を背に、倒れていたらしい。
突き飛ばされるその一瞬、体にふわりと浮遊感を感じたと思えば、私は悲鳴を上げる間もなく、硬くつめたいコンクリートに腰を強く打ちつけた。
一瞬目の前が白く染まりかけ、あまりの衝撃に口から「カハッ」という“音”と共に、血の混じったような唾液が出る。意識が遠のきそうになる私の耳に、キィンと金属と金属がぶつかりう合うような音が響いた。


雲雀さんと、骸が…戦って、る?


一度目は桜で、骸は一度だって自分の武器を出さなかったはずなのに。
私は鈍痛が響く体を、何とか壁伝いに立ち上がらせる。足が震えておぼつかない足取りのまま、私は必死に足を前に動かした。


これ以上、私はここに居るべきじゃない。


私の体を支えるのは、もうその思いだけ。

意志の強いヒロインになれたのなら、もし私が強い人間であれたなら。雲雀恭弥を助けにいったかもしれない。
だけど、今私が持っているのは弱すぎる体。痛みに慣れていない、脆弱な肉体、ただそれだけ。戻ったって、何かが出来るわけじゃない。それに、これ以上『REBORN』の本編に関わるのは、よくない。私が関われば関わるほど、この物語は歪んでいってしまうのだ。
ボンゴレが最後に勝つ。ソレこそ、REBORNが掲載されている本誌の、『友情・努力・勝利』の根本から崩れてしまう。…だから、一刻も早く。この場から離れなきゃいけない。


私は壁に伝って歩いて、なんとかセンターの建物の外に出ることには成功する。だけど、意識が朦朧としかけている上に、この先は野外で、伝って歩ける壁は無い。
こけつまろびつ、私は躓くように前のめりになって5歩程歩いては、地面に潰れるの繰り返し。痛い。いたい。どうしよう……凄く、痛い。


「うっ……痛…」

強く体を打った時に、打撲でもしたんだろうか。
体に走る軋むような痛みは一向に引く気配を見せず、私の口からは情けない声がこぼれる。出口は、一体何処なんだろう。並盛は、どっちの方向にある?
あまりのふがいなさに、私の瞳からは飽きることなく涙が零れ落ちる。全く、最近は涙腺が弱すぎるみたいだ。

痛みにうずくまる私の足首に、ふと何か暖かいものが触れる。舌打ちのような音がしたかと思えば、「泣くんじゃねーびょん」と、恨めしげな声が、耳に届いた。
慌てて振り向くと、そこには金色の毛。自嘲気味にゆがめられた口からは、長すぎる犬歯が覗いている。


「犬…さん」

「名前で呼ぶらっつーの。俺はお前が嫌いなんら」


そういいながら、彼は私の足首から手を離し、ゆっくりと上半身を起こす。
棘つきのトンファーにやられたのか、彼の腹部は制服と共にザックリと切り裂かれ、血がにじんでいる。息が荒く、思わず触れた手は僅かに冷たい。握ろうとすると、アッサリと手を振り払われた。


「あの、大丈夫…なわけ、無いですよね。傷…」
「うるへえ…テメエ、俺に気を使うんらら、さっさと逃げちまえっつーの」

「……え?、でも、」
「いったらろ。俺は、テメーが嫌いなんら。俺らの全部をぶっ壊したのは、ローらスイーらー(ロータスイーター)のテメーらなんらから」


荒い息を整えつつも、何とか自らの調子を取り戻したらしい彼は辺りを見回すと、非常階段の下に見える制服の元に、這い寄る。
私は手を貸すことも忘れ、ただ、彼の言葉を理解することも出来ず、立ちすくむ。彼らというのはきっと、千種と犬、そして六道骸たちのことをさすのだろう。ソレは、分かる。

けど、全てを壊した…?


私は呆然としている間に、犬は千種を起こし、腕を抱えて立ち上がる。
千種の空ろな瞳が私と重なる。無表情な瞳の奥に、僅かに戸惑うような、そんな色が見えたのは、気のせいだろうか。


「全てを、壊したって…?」
「……昔、僕らがいたマフィアのファミリーは特殊弾を作ってた」

私の呟きに答えたのは、千種だった。


「憑依弾。だけどそれは一部の人間にのみ使用されるもので、僕たちのファミリー以外は知るはずも無い、絶対機密」

「…ひょうい、だん……」

「人を支配する。支配された人間は、支配されたことに気づけずに操られる、弾丸のこと。…だから、周囲が分かるはずがなかった。それを、」
「ボンゴレについてたローらスイーらーが、禁止するようにいったんらびょん…っ。だから俺らは、」

「……人体実験の、モルモットにされた。骸様が何故君を使う気になったのかは知らないけど、僕らは君らを許せない」



冷え切った口調で、柿本千種はゆっくりと、言葉をつむぐ。
だけど、その表情は一向に人を憎むような顔には見えず、寧ろ私に同情するような、そんな表情を浮かべていた。
千種は犬の手を離れると、私の手首を掴む。ぐ、と上に持ち上げられ、そのまま引きずられるようにして、立ち上がらせられる。彼の腹部からは血の雫がはたはたと零れ落ちた。


「出口は、あっちだ。めんどくさいから、送らないよ」

「……なん、で……?」


二本足で立った私は、千種と犬を交互に見て、呆然と呟く。
何で逃がすのだろう。何で憎いといいながら、私を助けてくれる?それも、六道骸の意志に、逆らってまで。
千種は目を伏せると、めんどくさい、とだけ、ポツリと呟く。犬に限っては、黙ったまま、私を睨みつけるだけだ。千種が手を離すと、黙っていた犬は「早く行けびょん!」と、私を急かすように怒鳴りつける。
彼らの傷を見ると自分の傷なんかたいしたこと無いように思えて、私は一生懸命足を動かし、千種のさした方向へと歩く。


「強いて言うのなら、同じ、だから」


風に乗って、千種の声が響いた気がしたけど、私の足は止まらない。
何故だか分からないまま、私は頬をぐしょぐしょにしながら泣きじゃくっていた。何が悲しいのだろう。何が痛いんだろう。――痛いのは私じゃなく、犬や千種、それに六道骸なはずなのに。それに、私が傷つけたわけでもないのに。



一瞬でも、思ってしまった。

もしかしたら、この世界を変えることが出来るかもしれないって。
雲雀恭弥に愛されたり、どっかの最強夢の主人公みたいに、最高の未来を自分で切り開くことが出来るのかもしれないと。

こんなに厳しい『夢物語』のような『現実』でも、いつか、いつか。幸せになれるかもしれないって。
夢小説みたいに。最後は絶対に、幸せになれるって、思っていた。

――だけど、驕りだった。



昔、ボンゴレにいた私と同じ世界の人は、ただボンゴレの人が死ぬのを食い止めたかっただけなんだろう。
守りたかったから。死なせたくなかったから。だから、禁止にしたんだろう。駄目だって、危険だって。

だけど、それは結果的に他の人を殺す結果にしかならなかった。
ボンゴレの多くの人を救えたのかもしれない。でも多くの子どもたちを、人体実験に使うような結果をも生んでしまった。


――だから、最善の策は。


「う、あ……」


見えてきた門が涙で歪んだけど、私は何とか門をこじ開け、だだっ広い道に出る。
漫画の様子だと、多分数時間歩けば着くんだろう。私は人通りどころか、車すら通らない道の真ん中を、おぼろげな足取りで歩く。



ずきずきと、手の甲が痛む。

腰も痛いし、衝撃で腕の傷も、なんだか少し開いてしまったみたいだった。


千種や犬たちの思いを無駄にしたくなくて。

雲雀恭弥の怪我を無駄にしたくなくて。

私は喧嘩に負けた子どものように泣きじゃくりながら、いつ着くかわからない雲雀恭弥のマンションへと、一歩ずつ足を進める。




『死ぬしか、無い』

心の中で、私が嘲笑うように言った。
(08/10/26)


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