旧式Mono | ナノ

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程なくして、偵察が終わってきたらしい六道骸は、戻ってくるやいなや私に掴みかかる。
どうしよう。どうしよう。と、戸惑っていた私はすぐには彼の行動を理解することが出来ず、気が付いた時には静かな怒りの念を送られていた。
赤い瞳が爛々と輝き、瞬き一つ分の僅かな時間の間に動向が三の文字へ変化し、私の足元に何かが絡みついた。ごつごつした鱗の感覚が、腿の付け根のほうへと這い上がる。

私の記憶力は悪いほうではないけれど、決していいほうというわけでもない。
だから三という数字が一体『何道』をあらわすのかは全く分からなかったが、とりあえずこの場合は、あの毒蛇だと考えていいだろう。
殺さないといったくせに、随分と急な心変わりだ。そう思いながらも、私は冷静に彼を見つめ返せていた自分に、少しだけ驚く。殺されかけることに慣れてしまったのか。それとも、何処と無く六道骸から『殺す』オーラが感じないせいだろうか。蛇はしばらく私の腰周りに巻きついていたけれど、私の予想通りすぐに霧のように掻き消えた。後に残ったのは、私と骸さんだけだった。


「貴女を匿っていたのが雲雀恭弥とは、驚きましたよ」


皮肉そうに聞こえる一方、怒気を含んだその言葉の真意を、私は推し量ることが出来ない。
彼が何に対して怒っているのかが理解できずに、「……そう、ですか」とポツリと呟くと、あなたも喰えない人ですね、と彼は皮肉げに嗤ってみせる。
私はそんな彼から目をそらして、うつむく。人違いだったらいいのにと思っていたけど、どうやら乗り込んできたのは雲雀恭弥らしい。少しずつずれていく原作との時間差は、一体どれほどの影響を与えるのだろうか。考えようとするのに、うまくいかなくて、私は下唇を噛み締めた。


居なければ、いいのかもしれない。いっそ私が死んでしまえば、一番のハッピーエンドなんだろう。

だけどそんなことをしたところで、恐らく私ではない、別の少女が白蘭によってこの世界に送り込まれる。只それだけなのだとしたら、自殺などしても其れかはなり無意味だ。
私が世界から消えるだけで、私の好きな物語は確実に壊されていく。――そんなの、意味の無い、ただの犬死にだ。



「…私は、骸さんの考えていることが分かりません。何に怒っているのかも、……如何して私を説得しようとしたのかも」

「クフフ。何を言っているのやら。第一、其れは貴方には関係の無いことですよ」


彼はそういって笑うけれど、私から目をそらしたままで、私の瞳を見ようともしない。どうしようもない、違和感を感じた。
言うべきことは他にも色々あったし、私はこの場から逃げるべきなのに。

気づけば、私は胸倉をつかんでいる彼の手の腕に自分の手を重ねていた。どうしてだろうか。六道骸の顔が、痛がるような、悲しそうな――そんな顔に、見えた。あるいは、気のせいかもしれないけれど。


「……何かあったんですか」
「何のことですか」

「……辛そう、だったので」
「貴方を心配はすれど、心配される覚えはありません。それに僕は辛くはないですよ。雲雀恭弥の攻略法は、知っていますしね」


彼はそうきっぱりと言い切ると、何かに耐えるように目を閉じる。一瞬しわのよった眉間を、私は見逃したりはしなかった。
何かあったんですか、と、何度も執拗に尋ねる私に、彼は苦笑を漏らす。零したため息は疲れていて、そこには六道骸特有の余裕は感じられなかった。
訝しげに彼を見れば、彼はふわりと微笑み、私の耳に唇を寄せる。彼の呼吸のたびに耳に息がかかり、私は気持ち悪さに顔をゆがめる。


「バタフライ効果、というのを、貴方はご存知ですか」

唐突な話題に、私は首を横に振る。彼はそうですか、と微笑むと、静かに口を開く。


「僅かな行動や存在―例えば蝶が一度羽ばたけば、どこかで災害が起こるという例えのことを指します。実際起こるわけでもないのですが…そうですね、日本風に言えば――ちりも積もれば山となる。どんなに小さな因子でも、時が過ぎれば大きく膨らんでしまう」

「…私のこと、ですか」

「クフフ、僕はそんなこと言っていませんよ?よほど、気にしているんですねえ。雲雀恭弥のところに居ることで、あなたが因子になることを」

「…それは」

「ないと、言い切れないでしょう?」


喰えない笑みでそういう彼に、私は思わず言葉を失う。嵌められた、らしい。私は自分でも気にしていないところで、私は雲雀恭弥のところに居座るのを気にしていた。……本当、に?


嗚呼違う。気にしたことなんて無い。私はそんなことを恐れていたんじゃない。ただ、怖かっただけだ。……でも、何が?
自分が悪者になってしまうことが?暴力を振られることが?殺されてしまうことが?――私は一体何に一番、怯えていた?


「……あ、れ?」


駄目。駄目。違う。何か、違う。


「其れ程、彼が大切なのですか」
「……違う」

「では、僕と一緒にこの世界を壊してしまえばいい。必要の無い人間なら、何故貴女はそれを拒む必要はないでしょう?」
「わっ、私は、この世界を」

「貴女には関係の無い世界でしょう?その世界に住む人間――つまり、彼やその他の人間が大切だから、執着するのではないのですか?」
「違う」

「では何故?」
「それ、は…」

「クフフ、答えられないようですねえ。やはり、この世界の進行を握っているのは、彼か…もしくは、ボンゴ…」
「違うっ!」


思わず声を荒げた私に、彼はやはり知っていたのですね、ボンゴレのことを。と、不敵に嗤う。……駄目だ、この人と話していると、私が何を思っているのか分からなくなる。
ガリガリと空回りする私の頭は、すでにショート寸前だ。いまなら、壊れてしまうフゥ太の気持ちが、凄く分かる。


怖い。


まるで暗闇で、自分さえ見えない闇の中に居ると、立っているのに本当に立っているのか怪しくなるように。
暗闇の中進んでも進んでも景色が変わらないとき、自分は歩いていないんじゃないかと思うように。
自分が自分だと信じれない。自分の今の考えが、六道骸の影響を受けていない、純粋な自分の考えだと、信じられない。


「クフフフフ…どうかしたんですか、顔色が悪いようですが?」
「っ、」


私は彼を押しのけ、縛られた足を引きずって、彼と距離をとる。
外に出たら出たで、すぐに千種たちに見つかってしまう。――どうしたら、どうしたら……逃げれる、のだろう。出来れば、綱たちが来る前に。


「クハハ、まるで芋虫みたいですね。起こしてあげましょう。…もう、ここを離れましょうか。嫌だといっても、きてもらいますが」


白い指先が、私に向かって伸ばされる。
私は後ずさりをしたけど、その距離はあっけなくつめられてしまい、私の最後の抵抗は意味を成さなくなってしまった。


ああ……もう、駄目。


そう思った瞬間、伸ばされた手がピクリと止まる。
その刹那、私の目前には何かが空を掻くように回転し、六道骸の指先を器用に掠めて、放物線を描きながら奥のソファーの手前側へと落ちていく。
赤い血を滴らせた指先はゆっくりと引っ込められ、彼は「おやおや」と赤い液体を舌先で舐め取る。その瞬間、グッと後ろに引き寄せられたかと思えば、後ろから首根っこを掴まれる。


まるで――猫でも、扱う様に。



「悪戯の首謀者を探していたら、また探してる猫を見つけるなんてね」


振り向く間もなく、彼の声が耳をくすぐる。
懐かしい、少し暖かめの体温が、私の首筋に触れていた。
(08/10/15)


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