旧式Mono | ナノ

(26/63)

本当は、少しだけ思っていた。
何で私だけが、どうしてこんな風にトリップしているんだろうって。


夜になると柿本千種と犬(あれ、苗字なんだっけ…)が帰ってきたけど、私に危害を加えるつもりは無いようだった。
千種は紙面どおり面倒くさそうに、私の分のお菓子を渡し。犬は「弱い奴にやるもんはねーびょん」と口では言うものの、私の分の水をくれた。どうやら、本当に殺す気はないみたいだった。……そういえば、守る立場だって、六道骸も言ってたっけな。と、自分を納得させる。



私は後ろに縛られた手を千種が前にしてくれたので、とりあえずコンビニの100円コーナーに売っていそうな花形の染みチョコを頂く。意外と満腹感を覚えながらも、やはりいつものように幸せな気分のようにはなれないんだとぼんやりと思った。私の神経は、そこまで図太くないらしい。

夜の帳が落ち、割れた窓の外からは月明かりが零れだしていた。今、何時なんだろう。時間を気にするたびに、「雲雀恭弥怒ってるだろうなあ…」と思わずにはいられない。現に約束の電話の時間は、とっくの昔に過ぎているんだ。
逃げたら殺す。と宣言されている以上、攫われたとはいえ事実上彼から逃げ(させられ)たのだから、十分殺す対象に入っているはず。今度こそ命はないだろうとため息をついた。


表情を曇らせる私に、犬が「文句があるなら食うなびょん!」と怒ってくる。「そんなんじゃないよ…」と私は彼に伝えると、空っぽの袋を彼の前で握りつぶした。



深夜と呼べるほど時間がたった頃には、犬と千種は各々ねぐらとしている場所へ行ってしまい私はソファーで寝ている骸と二人だけになってしまった。
六道骸と二人というのは、思ったより居心地が悪い。当の本人は私が逃げないと思っているのかソファーで小さな寝息を立てているが、私はいまいちね付けなかった。顔を上げて彼を見ると、端正すぎる穏やかな顔が長い前髪に見え隠れしている。こうしていれば怖くないのに、と雲雀恭弥のときと同じような事を思っていた。

体をよじり、六道骸と距離をとる。自由の聞かない体を何とか動かしながら、破れたカーテンのところまで移動する。空は秋の色にすっかりと染まっていて、夏の其れよりもかすんだ色をしていた。並盛は遠いんだろうな。何となく思うと、背後でクスリと含み笑いをするが響いた。

「眠れませんか?」


気が付けば横に骸が立っていて、彼の黒曜の学ランを私の上にかぶせる。イタリア育ちの彼にとっては、こういうことも普通なんだろうか。

体を動かして其れを振り落とすと、彼は少し目を見開きクフフと微笑む。どうやら予想の範囲内だったらしい。彼は落ちた制服を拾うと、綺麗な動作で肩にかけた。胡散臭い笑みが月明かりに照らされ、その不気味さが深みを増す。精悍だと思った顔は、すっかりその色を失っていた。

ふいと露骨に顔を逸らす私に彼は笑うと、私の体を持ち上げ窓枠に座らせる。少しだけ楽になったけれど、お礼を言う気にはなれなかった。だって、そもそも自由をなくしたのは六道骸だ。


「あなたは、この世界に来てどれぐらいですか」私の横に腰掛けながら、彼は微笑をたたえながら問いかける。綺麗だと思った。元の世界では絶対にお目にかかれない、漫画ならではの綺麗さに私は目を細める。ここがREBORNの世界なんだと、こんな時なのに強く実感させられた。

「……1ヵ月、以上くらい…」

無視してもしょうがないので正直に答えると、彼は少しだけ驚いた顔をした。「くらい」といったのは、寝たきりになったりと日付感覚をなくすような生活をしているからだ。雲雀恭弥の家にはカレンダーがないから、大体の日付すら分からない。私にあるのは曜日感覚だけだ。

驚いた顔をした彼は何度か目を瞬かせ、その瞳をすっと細める。赤い瞳が色味を増して、無気味なほどに爛々と輝いた。一瞬、呼吸を忘れる。


「それなら、あなたはよほど守られていたのですね」
「…え?」

「僕の聞いたロータスイーターは、平均寿命は長くて1ヵ月。大抵一週間くらいで死んでますよ」
「……」

「よほど強い人間の元に居たようですね、あなたは」


優しげな雰囲気に、何処と無く違和感を感じる。優しげな雰囲気は彼の穏やかな表情に驚くほど一致して、思わず肯定しそうになった。だけどよく考えてみる。彼は、誰彼かまわず優しく振舞える人間だった? いや、違う。

違和感の現実に気づいて、私は露骨に顔をしかめた。ようやく気づいた。今の彼の笑顔はあまりにも『自然』すぎた。其れはどこか、登場時にツナを騙したような白々しさを髣髴とさせる。別に骸が自然に笑うことを否定はしない。でもこの『黒曜編序盤』においてのその笑顔は、明らかに何かを隠すような顔だ。



「誘導尋問ですか、骸さん」
睨むように問い返すと、彼は「おや」と大げさな動作で驚いて見せながら破顔する。其れは私のよく知る、胡散臭い笑みだった。


「クフフ。その返しは肯定しているようなものですよ?ロータスイーター」
「…」
「ですがあなたが気づくとは、意外です。さすが…というべきですかね」


この人が綱から情報を聞き出す際の雰囲気に似ていた…なんて言えるはずも無い。

カンニングした答えを褒められて気まずくなり、再び顔を逸らし彼から逃げる。この人の眼を見ていると、全てを見透かされそうで怖くなるのだ。カンニングしたと分かったら、彼は来たる綱吉にどんな言葉をかけるだろう。どんな演技をするのだろう。

そういえば、明日か明後日ぐらいに、雲雀恭弥がここに乗り込んでくるんだっけ。私はぼんやり考えながら、彼を見る。目を細めて月を見上げる彼はどこかピリピリとしていて、隙なんて無いような気がした。逃げれない。でも、逃げなくてはいけない。もし其れまでに脱出できなければ、物語が壊れるだろう。壊れたら…なんて、考えたくも無い。



確か朝方だった、と思う。

綱の登校から雲雀恭弥の携帯に電話、笹川の病院…のあと直ぐだったから、たしか同じ日の朝のはずだ。
多分時間的に10時ぐらいなのかな。そう思うと、どうしてもそれまでに逃げる必要が出てくる。だけど逃げたら逃げたで、私は確実に殺されるだろう。寧ろつかまっていた方が、雲雀恭弥に対し言い訳できるような気もする。


悩む私に彼はふっと微笑むと、私の胸倉を掴んで引き寄せる。息をかかるほどの距離に、彼の瞳に映った私は驚いた表情をしていた。


「貴女は、その人を大切に思っているのですね」
「…なんで、そう思うんですか」

「今のあなたは、とても寂しそうなので」
「…気のせいですよ」


大切に、思っているのだろうか。
なんだかんだ、私にきちんとした生活を与えてくれている雲雀恭弥。
服もくれたし、朝は(トンファーで)起こしてくれるし、朝食も作ってくれる。…でも、大切とかそんな感情ではないような気がする。私と彼の間にあるのは……主と家畜の関係だろう。というか、雲雀恭弥にもそうとしか思われていないような気がする。


顔をしかめる私に、彼は気づいていないのは幸せな証拠ですよと微笑む。
そんなんじゃないと言おうとすると、彼の『ニッコリ』とした笑顔に黙殺された。…なんだ、そのソレと分かる作り笑いは。



「皮肉ですね。あなたはその大好きな人を、壊すことしか出来ないのですから」



壊すという単語に、私は思わず反応する。――私が恐れていることの一つだと知っているように、彼は私の反応を見て薄く微笑んだ。


「ロータスイーターはその存在だけで、必然を変えてしまう。もし僕らの顛末(テンマツ)を貴女が知っていたとしても、貴女が関わった以上同じ未来にはなりえない。貴女という存在は、貴女の必然を壊すことしか出来ない」

「…そんなこと、」

「あなたの知る人の性格や人格が変わったと感じることはありませんか?知っている『お話』と今いる現実と食い違っている…そう思ったことはありませんか」

「…そんな」

「絶対に無い……と言い切れるんですか?本当に?」


物腰が柔らかい割にははっきりとした物言いに、私は答える術を失っていた。だってそんなこと、証明できるはずも無い。だって思い出せば思い出すほど、私は自然に『原作からそれている現実』を目の当たりにしているのだ。

口車に乗っちゃ駄目だ。そう思うのに、私は否定の言葉を口に出来ない。一瞬脳裏に浮かんだ、小刻みに震える体とがらんどうの瞳に涙が零れる。



今頃になって、気づく。黒曜編で襲われる風紀委員は、病院送りされたあげく歯を抜かれる。でも、『死なない』のだ。なのに風紀委員は死んだ。私に笑いかけてくれたシュンさんは、苦しそうな顔をして死んでしまった。『逃げろ』と、自分が死ぬ原因となった元凶に呟きながら。


「……い、やだ」


考えなかったわけじゃない。
紙面で繰り広げられる『物語』『キャラクター』と自分の命を天秤にかける。只それだけなのだとしたら、私は一瞬だって迷わず自分を選べただろう。だけど悲しいことに、この世界は私がいた場所と同じように生きていた。

雲雀恭弥に認められないことを嘆く風紀委員、恐怖で震えながら私を風紀委員から守ってくれたおばさん。皆々、生きていた。幸せに歓喜したり苦痛に喘いだりしなから、彼らは生きていた。流れいるのはインクの血ではなく、私と同じ赤い血だった。



このことを念頭に置くと、『物語が壊れる』という単純な言葉は重さを変える。
物語が壊れて死ななくてもいい人が死ぬという事は、私がその人を殺したという意味に直結する。現にシュンさんは、私のせいで死んでいるのだ。この先々事が起こらないという保障はどこにも無い。

そもそも、私は白蘭率いるミルフィオーレが『勝利』するためにここに送り込まれているのだ。彼らの勝利は全滅を意味すると考えれば、つまりボンゴレが文字通り『全滅』することになる。其れはつまり、全員死ぬということだ。他でもない、私のせいで。




押し黙ってしまった私の満足したのか、彼は貼り付けたような優しい笑みを解く。私は既に、彼の言葉に手繰り寄せられ術中にはまっていた。
罪悪感から零れ落ちた私の涙を、彼の冷たい指先が拾う。彼は涙の滴る指先を自身の舌で舐め取ると私を手繰り寄せ、左耳に甘く囁いた。



「僕と、来ませんか?」


僕が、この世界から隠してあげますよ。
彼はそういって甘美な誘惑の言葉を、私の中にそっと落とした。
(08/10/13)


戻る?進む
目次



--------
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -