旧式Mono | ナノ

(25/63)

カビ臭く、ジメジメした匂いが虚ろにな世界を鮮明にしていく。

私が目を開けて最初に目に付いたのは、皮が剥がれ掛けた埃まみれのソファー。気が付けば私はそこに片頬を擦り付ける様に寝そべっていて、私が身じろぎするたびに、手首と腹に鈍い痛みが走る。六道骸といっても、初日(雲雀恭弥)ほど痛くしないんだなあ、と少しでも思ってしまった自分が恐ろしいと思った。痛いことが多すぎて、私はすっかり感覚が麻痺しているらしい。



後ろで組まされた手首の根元のほうに指を折れば、頑丈な縄のようなものが巻かれていた。きつい結び方に、私は息をつく。こんなのあったって無くたって、どうせ私は逃げる能力なんて無いのに。

尺取虫が這う時のように、おしりを後ろに引き、痛む腹に力を入れて上半身を起こす。腹部の痛みに涙ぐみつつ、何とかあたりの状況を確認出来る状態には持っていけた。



薄暗く誇りっぽい部屋、原形をとどめていない家具の残骸、放置されている菓子袋やジュース缶などのゴミ。割れた窓ガラスに、ズタズタのカーテン。……見たことがある気がするのは、きっと気のせいじゃない。

私の記憶が正しければ、ここは恐らく六道骸たちのアジト…というか、家だ。
黒曜ヘルシーランドだったか、確かそんな名前だったような気がする。その中の、あの一番部屋らしい部屋に私は居るみたいだった。
逃げなくちゃ。と、思うものの、足首も拘束されている上に、体全体が痛い。力なく背もたれに倒れこむと、胸への圧迫感に「う、」と小さくうめき声を零す。
僅かに、笑声が聞こえた気がした。



「無理をしないほうがいいですよ、ロータスイーター。…ああ、日本ですから翔び人と言った方がいいですかね」


背後から声がしたかと思えば、す、とつめたい指先が私の頬を撫でる。振り返らなくても分かる。六道骸だ。

不気味な笑い方でしばらく含み笑いをした彼は、ひらりと身を翻して、私の前へ、まるで舞台に登場するように躍り出る。演劇のような胡散臭さを漂わせた、大げさな動作なのに。何故か彼にはよく似合っていて、笑ってやることも出来なかった。
赤い瞳とかち合い、私は今度こそ逸らさないように真正面から彼を見つめる。彼は無理をしなくていいですよ、と小さく笑うと、あやすように私の頭を撫でた。


あまりの態度の豹変さに目を見開くと、彼はニッコリと微笑んで何かを取り出す。銀色に光る切っ先が私の視界に入った瞬間、私はソファーから落ちることも気にせずに、それとの距離をとった。
フォークのような、槍(確か、三叉槍とか名前が付いている奴)を弄ぶ彼は、私の反応に満足したように不敵に微笑む。


「やはり、君は正真正銘のロータスイーターという訳ですか。クッフッフッ…これは傑作です。まさか生きたものに会えるなんて、ね」


彼はそういいながら三叉槍を一旦引くと、私の頬をいとおしげに撫でる。
一見色っぽいシュチエーションに聞こえるそれは、目には見えな暗い雰囲気に飲み込まれそんなことを考える余裕さえ奪う。彼の表情は皮肉げに微笑まれていて、まるで目隠しをされているように先が読めず不安しか生み出さなかった。

なでる指先が首筋に移動し、ゾクッとした悪寒に鳥肌が立つ。ねっとりと這うような恐怖が彼の指先から伝わって、私は引き結んだ口の端からとうとう引きつるような悲鳴を漏らした。


「怯えることはないですよ。僕はあなたを殺したりはしません。……寧ろ、守らなければいけないと聞いてますよ、ロータスイーター」
「…ロータス、イータ……?」


私は必死に『ソレが何をさすのか』を伝えようとするけれど、私の声は震えるばかりで、しっかりと声にはなってくれない。だけど断片で理解できたのか、彼は私に向かって微笑むと、「ああ、どちらもこちらが勝手につけた名前でしたね」と、小さく呟いた。

彼は私の体を両腕で持ち上げると、しなやかな動作でソファーに戻す。ソレはあまりに速い動作で、思わず抵抗することも出来なかった。
六道骸は私の左側に腰掛けると、右ヒザだけをソファーの上に乗せ、体ごと私に向く。彼の瞳の六(ああ、一体どうなってんだこの目の瞳孔は)に挫けそうになりながらも、私は震えそうになるのを必死にこらえる。彼は、始終微笑んでいた。



「ロータスイーター自体の意味としては夢想家、ですかね。僕らの世界では、忽然と現れた人間がこの世界の顛末を法螺(ホラ)ぶいたことから、罵る言葉としても成立しています」
「……むそう…か…」

「当時は嘘だと思われていたそうですが、それは現実になり『予言』となった。それからロータスイーターが出現すると、手に入れようと戦争まで起こったそうです。まあ、すぐに死んでしまったようですけど」

彼はそういって、私の頬に再び手を伸ばす。


「とあるロータスイーターがこの世界は本になっていると言い、同じようで違う別世界があると言ったそうです。そのことから、別世界から飛翔してきた人間、つまり貴女みたいな人を、翔び人……とも言うようになったそうですよ」


分かりましたか?と、問われ、私は曖昧に頷く。

理解はしているものの、納得いく話ではない。……そもそも、如何して六道骸は、私が彼らの言う所で言う「ロータスイーター」だと分かったのだろう。目を見ないだけで、すぐにロータスイーターだと断定できるんだろうか。

疑問が疑問を呼び、私は釈然としないまま彼の言葉を反芻させる。反芻させて、吟味して…そして、気づく。もし私がここで認めてしまえば、利用されるのではないかということを。戦争が起こるくらいなのだから、取引材料にもなりかねないということを。
私は唇を引き結ぶと、意を決して彼をにらむ。彼は意外そうな表情で目を見開き、どうかしたんですか?と私の言葉を促す。


「人違い…です。私は、そんなの身に覚えがありませんし、そんな現実離れしたこと、信じる気にもなれません」
「おや、否定するんですか?」

「否定も何も、なんのことだか、サッパリ…」
「では、試してみますか?貴女が…この世界の人間だと」


彼はそういうと、おもむろに立ち上がって、近くに落ちていたヨーヨーのようなものを拾い上げる。側面に無数の穴があるヨーヨー。……見たことがあるきがするのは、柿本千種のものだからだろう。
恐怖を感じながらも、私は何とかソレを顔に出さないように、眉間にキュッとしわを寄せて、仏頂面を保つ。彼は、笑っている。


「何する気ですか」
「なに、簡単なことですよ。――先ほど、僕は言いましたよね。すぐに死んでしまうと。その理由は分かりますか?」


「…取り合いになるから?」
「クフフ…違います。この世界の人間は、どうやらロータスイーターの世界程には脆弱ではなく、死なないように出来ているそうですよ。多少の爆薬では火傷ですみますし、ロータスイーターでは致死量の毒でも、僕らは死なないように出来ているそうです。…だから」



彼はそういうと、胡散臭い晴れやかな笑顔を見せた。
『僕らは』という言葉がやけに皮肉げに聞こえたのは、最早気のせいなどではない。この人は、明らかに気づいている。私が…この世界の人間じゃ無いと。
私の一瞬の動揺に気づいたように、彼はヨーヨーの穴から一本の針を取り出す。毒針なことは、獄寺が証明していた。


「試して、みましょうか?」


ソレを喉元に突きつけられるのと同時に、等々私の顔は恐怖に引きつった。
彼は満足げに微笑むと、私の耳元に唇を寄せる。ゾクッと鳥肌が立った首筋に、彼の吐息がすり抜けた。


「貴女の敗因は、僕の名を呼んでしまったことですよ」
(08/10/13)


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