旧式Mono | ナノ

(24/63)

突然の乱入者の声に、私を取り押さえていた手は緩む。
私はその一瞬のうちに抜け出したものの、すでに体中から力という力は抜けていた。逃げようと思うのにあっけなく地面にへたり込んで、そのまま動けなくなる。
傾き出した日差しがあたりを赤く染め上げ、生命力に満ちていた秋の野花を翳らせていた。



まるで、世界から音が消えたような。
そんな、錯覚。


顔を上げることすら怖くて、私は怯えた動物のように地面に目を落とす。
さく、と音を立てて私の横に並んだ足は、モスグリーンの布をまとったすらりと伸びた綺麗な足。見覚えがありすぎて、私は上を向くことも声を出すこともできなかった。突然、目の前に白い手だ差し出される。だけど私は、それにうまく反応できない。


気持ち悪いとか変態とか、そんなことを思ってきた『クフフ』という特異な笑声は静かに響く。そこはかとなく醸し出される威圧感は、多分気のせいじゃない。現に、赤子の手をひねるように私を取り押さえていた双子とバーズは、その声を聞いたとたん怯えたように私の横にいる彼を遠ざけるように後退していた。

ああそうだ、この人はやはり強い人なんだ。今更のように実感し、今更のように後悔した。早く帰っておけばよかったと、震えながら横に転がっているシュンさんの体に触れた。『マッカ、マッカ』彼の頭に止まっている黄色い鳥が、囃し立てるように口ずさむ。



頭の中を駆け巡るのは、今まで読み続けてきた彼の『夢小説』。
何時も変態設定で、大抵雲雀恭弥と対になって登場し、その中で9割の確立で彼に負ける、というのがテンプレートになりつつある彼。シリアス担当というよりは、どちらかと言うと『ネタ』にされ易いキャラで、南国植物と散々なことを言われてきた、へたれキャラ。



……なのに。なんてこと。



勇気を出して顔を上げれば、不敵に微笑んだ六道骸のオッドアイ。
差し出された手はしなやかな動作で彼の横に戻り、彼は私に微笑みかける。ゾクッと、雲雀恭弥とは違う何かを感じ、体の芯から恐怖に凍りつく。先ほどのバーズや双子に与えられた恐怖の比じゃない。

似ているとすれば、やはり雲雀恭弥かもしれないが。それでも種類が違う。似てはいるが、完全に異なるものだ。
リボーンという漫画の中で例えるなら、Xグローブをつける前の荒々しい炎と、その後の静かな炎、という感じになるのだろうか。
あからさまな殺意をにじませ、爛々とした瞳を光らせながら本能のままに荒々しく狩るのが、雲雀恭弥だというのなら。静かな瞳で全てを見渡し、冷静且つ傲慢に物事を確実に則っていく。計算のなかで誤算が生じても冷静に狩るのが六道骸、という所かもしれない。


『危険人物』だということを知らせる警鐘が、私の中に鳴り響く。
彼はそんな私に微笑みかけると、手を引っ込めて今度はバーズに向き直った。……そうだ。今の私はこの物語の顛末を知る読者ではなく、ただの一般人。彼がかまうわけないのだと思うと、少し安心した。


「さて、バーズ。隠密だといったはずですが、聞きませんでしたか?」
「……ウギョギョ。六道さん、これはその」

「クフフ……貴方は早くボンゴレの仲間である人を見つけてきてください。勿論、貴方の趣味の範囲内でもかまいませんよ」


ボンゴレ、趣味。
京子ちゃんと、ハルのことだと、私は胸のうちで舌打ちをする。助かるとは分かっていても、女の子が狙われるのはいい気分はしない。

バーズ達がそそくさと退散する中で、六道骸と私だけが取り残される。彼は小さくため息を付いて、私と視線を合わせるようにしゃがみこんだ。
赤色の瞳と視線が絡んでしまい、私は慌てて目をそらす。操られることは無いと分かっていても、赤い瞳はそれだけで操られることへの恐怖を増幅させる。



「大丈夫ですか?」と登場初期の明るい演技声が響いたかと思うと、そむけた視線を強制的に合わせられる。思わず目を瞑って回避してしまった私に、彼はアハハと朗らかに笑った。なまじ本当の顔を知っているだけに、彼の好青年の演技は言いようのない恐怖を感じさせる。

「もう怖い人は行ってしまいましたよ」と微笑まれても、私は彼の目を見ることができなかった。正直、うかつだった。私は恐怖が先行する余り、彼の目の事情を知らないはずという基本的なことをすっかり失念していたのだ。
下を向き続ける私に、彼は「おや、嫌われてしまいましたかね」と朗らかに笑い……急に、私の髪の毛を上から鷲掴みにした。


「うっ、あ……」
「クフフ。何故目をそらすのですか?別に僕は、あなたをとって食いはしないですよ」

「……違、わた、そんなつもりじゃ…」
「その割には、僕の目を見ませんね。まるで僕の目に怯えているようです」


開いたもう片方の手でぎりぎりと顎辺りを締め上げられ、私の目じりからは涙が一筋滴る。どうして、こんなに痛いことばかり続くんだろう。

来る前は白蘭に脅され、来たら来たで早速雲雀恭弥にぶちのめされ。そして平和になったと思ったらこの有様だ。もしこれが夢小説というストーリーなのだとしたら、読者から苦情が来てもおかしくない。こんな痛いばかりの夢、迷惑すぎる。



痛みというより、自分の脆弱さに涙が出た。悔しかった。

元々私は来たかったわけじゃないのに。夢には見てたけど、こんな痛いばかりのものならいらなかったのに。
命乞いなんか絶対してやるかと思っていた意思は徐々に暗転し、まるでクレヨンで塗りつぶすかのように押しつぶされていく。私の涙を、彼の綺麗な指が掬い取った。彼は表情を変えず、相変わらず残酷なほどに無邪気な嗤いを浮かべていた。


「や、め…むく、ろ」


ふと、彼の手が一瞬緩む。私は涙でぐしょぐしょになった瞳で彼を見ると、彼は驚いたように目を見開いていた。
私は自分の過ちに…知るはずもない彼の名を口に出した事にも気づくことが出来ずに、私は動くことができなかった。その手が緩んでいるのにもかかわらず、私は完全に逃げるという選択肢を見失っていた。後悔しても、もう手遅れだった。


彼は驚いた顔をしまい、今度はまた、世界を見下しているような、自虐的にも攻撃的にも見える、なんともいえない微笑をにじませる。
身を引いた私に彼は微笑みかけると、顎に置いていた手をはずし、そのまま肘を後ろに引いて…思い切り、前に突き出した。


「あぐっ……つぅ…!」

「君がマフィアとは考えにくい。目の秘密も知っているみたいですし。……ロータス・イーター…と、考えたほうが、妥当ですかねえ」

「ふっ……っ、うあ……ぐぁっ、」


繰り返される腹部への衝撃に、私は一瞬意識を失いかける。
負けちゃ駄目だと何度も自分に言い聞かせながら、私は必死に彼の瞳を見ないように、彼の喉もとに目を落とし続ける。


「幻覚でも見せて夢と思わせようと思いましたが…面白いものを見つけたようですね」


彼はそう言って不適にと笑うと、立ち上がる。今度は膝を折り、体全体を使いながら体をひねる。
逃げなきゃ、と思ったときには、すでに遅い。六道骸は私の腹部を蹴り上げながら、本当におかしそうに、微笑んでいた。
(08/10/10)


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