旧式Mono | ナノ

(23/63)

雲雀恭弥が熱を出したあの日から、私の生活スペースは何故か少しずつ広くなりだした。



Monochrome
→03:与えられた価値


和室とリビングとお風呂、トイレ等の雲雀恭弥の自室を除く室内。それが今までの私に許された行動範囲だった。だけどフロアを許されたことから始まって、今では並盛の町を風紀委員同伴という条件でなら自由に歩いていい事になっていた。

ただ彼が帰ってくる前に戻らなければいけないから、門限は最大で6時半。それでも、部屋の中に飽きていた私には十分すぎた。


時折遠くの空から爆発音が聞こえてきたりして、「ランボが悪戯してるのかな」と思いをはせる余裕も出てきた。実際目の前で爆発が起こったら驚くだろうけど、なんだかんだ無害そうだから一回見てみたいなと思ったりしていた。



私を見張る役は日々変わるけど、その半分くらいは仲良くなった風紀委員のユージさんで、案外気兼ねなく外出を楽しむことができた。

後の4割の人は、最初は凄く怖かったけど最近になって話してくれる人が増えてきた。もちろん怖い人もいるけど、基本的には雲雀恭弥の部下とは思えない程いい人達だと思った。

小動物には甘い彼らの主同様、彼らも弱いものには甘いのかもしれない。毎日ではないけど、たまに飴をくれたりジュースをくれたりと言う人が少なくないのだ。ちなみに今日の人はユージさんに次いで優しい人で、来るなり棒つき飴をくれた。小学生とでも思われているんだろうか。高校生なんだけど。



ビニールを剥いて口の中で転がすと、今日の見張り担当のシュンさんはクシャリと私の頭を撫でる。お兄ちゃんみたいだなあとぼんやりと思った。

今居る場所は、並盛神社の裏手にある、並盛第一公園の土手の部分。冬に差し掛かった秋にしては暖かさの残る日差しの下で日向ぼっこをするのが、最近の私の日課だった。


カラコロと飴を口の中で転がしながら、私は崩れかかった制服のリボンを結びなおす。
雲雀恭弥さんは如何して並中の制服を着せるんだろうと、委員の人に話した事がある。そう聞くと大体の人は決まって、「風紀委員と分かれば襲われることも少ないからな。委員長なりの配慮だろう」と笑った。事実はどうあれ、風紀委員の人は旧服姿をそう解釈しているらしい。

私はといえば、逃げたときに探しやすいように施す『首輪』のような物だと思っていた。ブレザー地域でのセーラーは、其れぐらい目立つのだ。


だから、委員長にしては珍しい行動だぞと言われる旅に私は苦笑してしまう。たしかに彼は少し優しくなった。だけど、当たり前のように殴られる毎日は変わっていない。…確かに意識を失うまでの暴力は、徐々に減ってはいるけど。


「寒くはないか?」
「はい、大丈夫です。…あの、ありがとうございます」
「ハハ、礼なんて言ってくれるな。お前に風邪を引かれたら、委員長に怒られるのは俺なんだ」


彼は冗談を言うような軽さでそういうと、豪快に笑う。つられるように微笑むと、彼は「いい笑顔で笑えるようになってきたじゃねーか」と、また更に笑みを深くする。

最初に笑ってくれたユージさんの顔を見たときに思ったけど、強面揃いの風紀委員の人たちは、何故かクシャリ、と潰れるように笑う人が多い気がする。それなりに迫力はあるものの、雲雀恭弥のあの表情の変化の乏しさを見て生活している私にとっては眩しいぐらいだった。
私が笑えるようになったのは貴方たちのおかげですよ。なんて、気恥ずかしくていえない。私は少し考えて、空を見上げながら言葉を選んだ。



「でも、本当に優しいですよね。シュンさんもですけど、風紀の皆さんは」
「ハハ、んなこと言うのは並盛引っ繰り返したってお前だけだろうな」


彼は誤魔化すようにそういって笑うと、立ち上がって私に手を差し出す。もう帰るぞ、という合図だ。
最近、並盛学区は物騒になっているらしく、何人か襲われているらしい。そんなことを、雲雀恭弥ご愛読の地域新聞で見た。
私を(事実上)助ける際に咬み殺した、隣町の中学生が徒党を組んで風紀委員に喧嘩を売っているのだろうと、ユージさんが教えてくれた。


このセーラー服は風紀委員の腕章みたいなもので、並盛を歩く際には色々優遇される。だから着せているらしいけど、この事件はそうは行かないらしい。
寧ろこのセーラー服で徘徊するのは、サメの居る水槽に血まみれで入るくらい危険だと言われた。狙ってくださいといわんばかりの愚行。だからこそ、他校でも分かってしまう並盛という文字が見えないように、カーディガンを羽織らされているんだけど……。正直私は商店街の人に顔を覚えられてしまっているから、この制服でいるメリットがないような気がしてならない。

この事件のせいで6時までに帰ればよかったのが5時になり、更には草壁さんから確認電話がかかるようになってしまった。――もちろん、雲雀恭弥の支持の下、だ。ちなみにかかってくる電話に取らなければ、家に帰ってからはトンファー片手に――彼の言葉を借りるなら、じっくり『しつけ』られてしまう。



躊躇いなく彼の手を取ると、彼の腕の力で私は引っ張りあげられる。スカートに付いた草を払うと、視界の端で小鳥がこっちを見つめていた。可愛い。
こっちの世界の鳥や動物はなんとなくデフォルメがかかっていて、愛くるしくてたまらない。前にユージさんと散歩している時に野良猫が擦り寄ってきた時があったけど、あの時は本当にもって帰りたいと思った。
立ち上がった端からまたすぐに座り込んだ私を、シュンさんの声が急かす。その時丁度鳥は何かに怯えたように大空に舞い上がり、すぐに見えなくなった。


「あーあ…行っちゃった」
「苗字……そろそろ」
「あ、はい。ごめんなさ――」


いいながら振り返った私の視界の中に突然黒いものが横切って、思わず言葉が途切れる。どさりと重いものが地面にぶつかる音がした。

え、と下を向けば、苦悶の表情のまま固まる目と視線が合い、私は思わずしゃがみこんで彼の名前を呼ぶ。
彼は数回鯉のように口を動かした後、小さく「逃げ…ろ…」と呟いて動きを止めた。開いたままの唇から、唾液が零れ落ちる。驚いた表情のまま凍りついたように表情を動かさずに、空を見上げている。私は彼を起こそうと背中に手を回すと、硬いものが指先に触れた。


何だろう、これ。と握ってみれば、まるで何かの柄のようなものが、彼の左側の背中から生えていた。

言いようの無い違和感に私は思わず彼の体を支えることができなくなり、抱き起こす腕の力を弱める。
ごろん、と人形のように回転しながら地面に横たわった彼の後頭部にも、背中と同じように柄が生えていた。伸ばしかけた指先が、一瞬で凍りつく。
茶色くしおれ始めている秋の草の上に、シュンさんは赤色の絨毯を敷いていく。私は喉まででかかった悲鳴は恐怖に掻き消えて、引きつったような喉の音だけが響いた。


『マッカ、マッカ!』

突如響いた甲高い声に顔を上げれば、先ほど雀がいた場所に黄色の鳥が止まっていた。
横に長いくちばしに丸っこい体、長い尾っぽ。―――ああ、私はこの鳥を知っている。


「ウジュジュジュジュ!可愛らしいお嬢さんにしか用はありませんよ。ねえ、ジジ&ヂヂ」
「ギギャ!」
「ギギャギャギ……ギギ!」


振り向けば、目と鼻の先にたぷんとゆらぐ透明な液体が入ったボトルが差し出された。驚いて後ずさると、近すぎて見えなかった文字に焦点が合う。ご丁寧にそのボトルには、硫酸と書かれたシールが張られていた。なんてデジャブ。

言い知れぬ恐怖に逃げようとした私の首筋に、突然痛みにも似た鋭い熱を感じた。悲鳴を上げながら飛びのき、私は熱を感じた部分に触れる。しかしその頃にはもうすでに熱さは消えていて、白い円形状の蝋だけが私の首から指先に移った。
初めて聞く『彼ら』の金切り音のようなキーキー声に足が竦んだ。



しわがれた声の隙間には人間のものとは思えない笑い声…とも判別しがたい声が入り込む。
私の視界が彼らを捉えるその瞬間、私の後ろから左脇に何かが通ったかと思うと、私の物じゃない手が右の側頭部に触れ頭を固定する。同一のものの手にしては長すぎる気がするが、どうやらソレはたった一つの腕によって行われているらしかった。

着崩れたセーラー服の間に、熱い蝋が滑り落ちる。体感したことのない温度に、私は悲鳴を上げながら涙で視界をにじませた。


――何故、考えなかったのだろう。


私は知っていたはずだ。
風紀委員が襲われたら、それが『黒曜編』だと。



「いいですねえ、その表情。そそりますよお…!この町に呼ばれたと思えば貴女みたいに素敵な人と出会えて、私たちは本当に幸運ですねえ…!」
「や、いや……やめ、……っ、!」


暴れては見るものの、殺人鬼の双子(という設定だったはずの)ジジかヂ…ああもうどっちでもいい。とりあえず、あの一瞬でシャマルとイーピンにやられた骸骨頭の片割れは、私がどれだけ暴れようと離してはくれなかった。


忘れていた、といえば嘘になる。
リボーンの作中では綱吉、山本、獄寺を筆頭とするボンゴレファミリー。
続いてキャバッローネ、そしてヴァリアー、ミルフィオーレなど、私の世界に居れば世界の中心を担えるような『力』を持っている“マフィア”。そんな人たちばかりの視点から見ているから馬鹿みたいに弱く感じるけれど、こいつらは仮にも『凶悪殺人犯』なのだ。
一般市民をバッタバッタと襲い、殺めてきた殺人鬼。守ってくれる人間が居ない一介の高校生の私には、なんとも出来ない相手なんだ。



「いいですねえ…さあ、もっと驚いてくださいよ…ぐひっ、鼻血が出そうですねえ…!」


本数が増えたのか、私の首筋に落ちる蝋の量が突然増える。

口裂け女ならぬ口裂け男のバーズが、気持ち悪い笑みを浮かべて唾液をたらしながら私の制服の中に入っていく蝋を食い入るように見つめている。熱い、熱い。口を押さえられているため声にならない悲鳴を上げながら、その痛みに悶絶する。断続的に続けられるその痛みは、今まで感じてきたどんなものよりも執拗だった。

雲雀恭弥と過ごす中で随分と死ぬ恐怖を味あわされてきたけれど、死ぬことはない痛みの恐怖は初めてだった。殺して。一瞬よぎった言葉に、私は絶望する。


おかしくなる。
絶望を感じた私の表情を見て恍惚の表情を浮かべる中年男は、硫酸をかけて見ましょうかと唾液をぬぐいながらウットリする。
『ギギギ!』と妙な“音”を立てながら近づいてきた硫酸に、思わずきつく目をとじる。待ち受ける恐怖と痛みに、目の端から涙が零れ落ちた。


「うア゛っ…」

急に私の口を強く抑えていた手が緩み、隙間から短い悲鳴が零れ落ちた。鋭い痛みを刻み付けてはじわじわと広がって霧散していく痛みが、徐々になくなっていく。どうやら、蝋はどかされたらしい。

何が起こったのか分からず、私は涙でぐしゃぐしゃになった視界を持ち上げる。ぼんやりとした視界の中で、深緑色を見つけたような気がした。瞬間、息が止まる。



「これはまた、随分と楽しそうですねぇ」

その場の空気が凍りつく中で、馬鹿な子どもでも分かるほど不自然で胡散臭い笑い声だけが、重く響いた。
(08/10/10)


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