旧式Mono | ナノ

(18/63)

どうやら昨日の風紀委員の彼は、ユージさんというらしい。

お互い今更のように自己紹介をした後、彼の好意により髪をそろえてから、そのお返しに安いデパートの食品売り場で食糧を買いに行った。

元々食料の買い出しは風紀委員の勤め(という名の雑務)だったらしく、ユージさんが今週の当番なんだそうだ。さすがにそんな重たいものを松葉杖をついている彼に押し付けるのはかわいそうで、私は彼とは不釣合いな買い物へついていくこととなった。
その間彼は私をチラチラと見て、本当によかったのかだとか何度も聞いてきたけど、私は何度もソレに頷くことしかできなかった。床屋といっても中学生にはいたい出費をさせてしまったんだ。これを手伝うのは、自然の流れだと思う。


少しだけ短くなった髪はやけにスースーして、秋の冷たい風がやけに気持ちよかった。髪型がショートカットになったからって、もともと愛着を持っていないのだから気にもならない。
寧ろ切ったほうが、この見慣れない顔にも親近感が湧くような気がする。アニメ調の顔は、いつまでたっても慣れる事はない。


彼の言葉を適当に流しつつ、二人で食品売り場を歩く。行きかう主婦たちが異質なものを見るかのような視線を送ってくるけど、私はソレに耐えつつ買い物かごをもっていた。
彼は慣れた手つきで特売品や、おそらく彼の上司が好むだろう魚類、野菜の類をぽんぽんかごに突っ込んでいく。凄いとは思うけど……流石に少し重い。


会計を済ませる頃には少し打ち解けて、何とか会話のキャッチボールが出来るようになっていた。
私はユージさんの話(風紀委員の話が大半だった)を聞きながら雲雀恭弥の部屋に戻り、冷蔵庫の中に食材を入れる。ユージサンはすぐに帰ってしまったため、私は一人ぼっちになった。……マンションの外にいる、2倍に増えた風紀委員の見張りを除けば、の話なんだけど。


カチ、コチ。と、秒針が進む


手持ち無沙汰な私は日向ぼっこをしていたけれど、次第にソレも飽きてしまい、私は意を決して立ち上がる。

おそらく帰宅時間が遅い彼に、居候の身としては何か作らなければと思い立ち、台所に立って数時間。
特売だった秋の味覚と言っていいサンマを塩焼きにし、同じく特売だったなめこの味噌汁、ほうれん草のお浸し云々を『製作』。
だけど私は、特に料理が得意!…というわけではない。母親の手伝い程度しかやっていなかったためかやたら時間がかかってしまい、出来たのは7時半くらいだった。


そしてタイミングよく8時頃に帰宅した雲雀恭弥は、部屋に入るなり料理に目をやり、私を見る。そして開口一番に「また変えたの」と訝しげな顔をして、苦虫を噛み潰したような顔をされてしまった。雲雀恭弥は、本当に訳が分からないと改めて思う。彼は基本的に主語がなかった。それは、会話では致命的だと彼を見ていてはじめて気づく。主語は、大切だ。

それより料理のことについてはノーコメントなのだろうか。そう思いながら彼を見ても、彼はまだ私を見ていた。彼の視線の先に気づき、私は彼の省略した主語をようやく理解する。そういえば、私は髪を切っていた。……いやでも、髪より料理の方が彼に関係あるような気もするけれど。


「……切りました」


質問とも呟きともつかない言葉にどう答えていいかわからず、私は少し迷って、ありのままの事実を彼に言ってみる。

頭の上の方から短く、襟足ももみ上げも短い。向こうの世界で先生にばれない程度の明るさで染めていなければ、かなり幼く見える髪形だろう。まあこんな中学生の制服を着ているんだから、中学生に見えたほうがいいんだけど。
言葉を濁した私に、彼はゆっくり手を伸ばす。思わず身を引いた私の頭皮に触れたのは、冷たすぎる指先だった。


髪を切って一番最初に思ったのは、自分の首の傷の多さだった。確かに銃弾が掠めたりナイフを突きつけられたりしていたけど。床屋の人もユージさんも、私自身も驚くほど私の首は汚かった。極めつけは、トンファーで付けられた紫色の痣だったけど。

彼の冷たい指先にゾクッと冷たいものが首筋に走り、思わず後退して彼の指から逃れる。離れた指先に彼は目を落とすと、ふうんと小さく呟いてすぐに引っ込めた。
恐怖に近いものを感じ、離れたことにより安堵した私に彼は不機嫌そうに鋭い視線を送ると、蓋をしてあった味噌汁の鍋の蓋を取る。かぽ、という間抜けな音ともに、鍋の中に閉じこもっていた味噌の匂いが、湯気とともにふわりと宙を漂う。彼は鍋の中を見つめて、近くの受け皿においてあったお玉で少し掬い、口に流し込んだ。



僅かな静寂の後、彼はゆっくり振り向く。


「あの、お口に会いませんでしたか…?」と恐る恐る聞く私に彼は答えずに、短く「何これ」と吐き捨てる。


「あの、なめこです。寒いですし、いいかと思ったんですが……その、不味いなら止めますが、」
「……いいよ。もったいない」


彼はそう小さく零すと、お玉を受け皿に戻し、カチッとコンロに火を点ける。ガスの音と共にふつふつと底の部分から気泡が上に上がる音がする。…粘り気のある分、冷めるのも遅いみたいだった。

私は慌ててお茶の準備をしようとするけれど、すぐに台所を追い出されてしまう。「君は座ってなよ」と鋭い視線で釘を刺されてしまえば、私はもう恐怖を感じた重い心を引きずって座っているしかない。
冬に消えきった体を抱えて家に帰った時に母さんが温めてくれたあの味噌汁を思い出して、思わずため息をつく。こんなことなら、作らなければよかった。



ソファーの上でひざを抱えた私は、二回目のため息を零す。不味いと言われたショックさよりも、後の制裁の方に憂鬱さを感じる。そしてほんの少し、食材に申し訳なく思う。
これでもしあの味噌汁と焼き魚が捨てられて新しいメニューを作られたら、二度手間もいいとこだ。さすがに申し訳なさ過ぎる。というか、彼と秋刀魚に合わす顔が無い。

どうしたらいいのだろうか、という自問自答をした時に、急に台所から音が消える。トントン、と近づく足音に、私は身を硬くさせる。食材を無駄にしたと怒られる。そう思った瞬間、ギュっと言う音とともに私の体は右に傾き、乱切り頭に何か暖かいものが触れた。


……?

俯けていた顔を上げると、目の前は真っ黒。どこかで嗅いだことのある匂いが鼻先を掠めたかと思うと、「邪魔」と上から声がかけられる。

顔を上げれば、すぐ隣には雲雀恭弥。反射的に体を離せば、彼は鬱陶しそうな表情を浮かべて私の前に切り開かれた秋刀魚とすだち、ご飯に味噌汁、ほうれん草の胡麻和えのお浸しが並べられる。
秋刀魚を切り開いた覚えはなくて、私は思わず彼を見返すけど、彼は何も言わずに立ち上がった。そして私の向かい側のソファーに腰掛けると、いつの間に配膳したのか。私と同じメニューの夕飯が、並んでいる。



「あの…」
「君さ、秋刀魚は遠火で焼くものだって知らないの」


彼の皿を下げようとした私の手をパンッとはじきながら、彼は睨むように細めた目で、私を一瞥する。
いや、元々これが彼の普通の目なのかもしれないけど、ソレはあまりにも鋭利で冷たいもので、私は思わず視界を歪ませる。…泣くつもりなんて無いのに。と必死に震える唇を噛み締めて、私はこみ上げてくる恐怖に耐える。嫌なら食べなきゃいいのに。と、心の奥の私が強がった。


「もったいないのなら、わ、私が食べます。だから、」
「…」

「あの、」
「近火で焼くとおいしくないのも知らないなんて。君、料理したこと無いでしょ」

「…その、」
「その上常識も無い」

「……すみません」
「まあこれは、食べれないこともないけど」


彼はそういって、なめこの味噌汁をすする。……その表情はいつもと同じ無表情で、それは少しも美味しそうに見えない。
ズズズ、とすする彼を見ていると、さっきの台詞が自分の幻聴だったようにさえ思える。……今のは褒められた、のだろうか。半ば信じれないけど、とりあえずお礼を言う。彼は何も言わずに、黙々と食事をすすめていってしまい、私は慌てて彼に倣って味噌汁に口をつける。


「っ、ぁち、」

ねっとりとした熱い液体が舌先に絡みつき、私は思わず体を振るわせる。鈍い痛みが下に走り、息をするたびにヒリヒリと痛みが走る。私の異変に気づいたのか、彼は顔を上げる。

「……猫みたいだね、本当に」

彼は意味不明な言葉を零すと、手を伸ばす。
反射的に身を引いたためか、彼の指先は頬には届かず鼻先をかすめた。しまった、思わず避けてしまった。自分の反射に驚いていると、彼は少しだけ目を細めて表情を一転させる。無表情な顔に、唯一灯す皮肉さが滲み出した。



「そういえば、面白いことが分かったよ」唐突に、彼は言う。


「君の事を調べていたけど、君はこの町――いや、日本の何処にも“存在しえない”人間なんだね」


唐突に切り出された核心を突くような話題に、私は思わず噎せ返る。分かり易すぎる私の動揺を、彼は馬鹿にするように笑う。いや、笑ってはいない。彼は不機嫌そうだった。度合いで言えば、多分『すごく』不機嫌そうだった。


「君が逃げてる間に、名前は携帯のロックを解いて調べさせてもらったよ。苗字 ナマエ」


彼はそういいながら、私の着ていた制服の胸ポケットから動くことのない携帯を取り出す。思わず身を乗り出したが、間に合わずに爪先が掠めただけだった。

息を飲む私に、今度は彼のほうが身を乗り出す。ローテーブルを跨いで、彼は私の座っているソファーの横に着地すると、私の胸倉を持ち上げる。セーラー服を着ているせいか、服がずれる。腹部分が露出しているとどこか客観的にそう思いながら、私は必死に言葉を捜した。



ばれたのだろうか。私がこの世界の住人じゃないことが。小動物に似た何かではなく、『この上なく怪しい人物』だということが。……咬み殺すに値する、人間だということが。
誤魔化せ、誤魔化せ、誤魔化せ。脳は必死にそう命令しているのに、私の唇は肝心な時に開かない。というか、頭が真っ白だった。殺される。それだけが、私の体を支配していた。


彼は私の頭を引き寄せて、表情に色をつけないまま私にさげすむような視線を浴びせる。
殺される、と目を瞑った私に、彼は言葉を零す。瞬間、私はどうしたらいいか分からなくなって、途方にくれるしかなくなった。


「10年前に死んだ君が、何故ここにいるの?」
(08/10/02)


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