旧式Mono | ナノ

(16/63)

ぽかぽか、暖かい。
布団から出るのがとても苦痛。
今日はランニングやめちゃおうか。
ダイエットは…明日から。
お母さん、朝ごはん作ってるんだろうな。朝は食欲ないって知ってるのに…



「ん、」


瞼を押し上げると、そこは当たり前のように数年間見続けた自分の部屋の風景ではなかった。夢を見ていたのか、現実と夢が織り交ざって混乱する。そうだ、今はずっと夢だと思っていた世界が現実で、現実だと思っていたものが夢になってしまったんだった。

私は重い目蓋を何度もこすると、はらはらと固い目やにが白い布団の上に落ちた。擦り方を失敗して思わず目の中に入ってしまい、私は涙目になりながら爪を使って目の中のものを取る。視界が歪んで、窓からこぼれる朝日に何故だか泣きたくなった。


…やっぱり習慣は抜けないな。


私は秋の寒さに耐え切れず、掛け布団を引き寄せて丸くなる。目蓋を閉じると視界が暗転したけれど、朝日の光がちかちかと目の裏を焼き付けた。正直、一瞬でもここが私の居た…いや、私のいるべき場所(へや)だと思ってしまったのが、恥ずかしい。
ここの世界に来て一体どれだけの日がたったというのだろう。少なくとも半月以上は立ったのに、私は未だに向こうの世界の習慣が抜けなかった。



私は重い目蓋を押し上げて、布団の中からは出ずに向きを変える。
襖一つ隔てた向うからは音がしていて、もう彼がおきていることが何となく分かった。壁にかけられた黒い時計は8時を指していて、今日は学校はないんだなとぼんやりと思う。

私は布団から抜け出して立ち上がると、近くに灰色のカーディガンが置いてあるのに気づいた。まるで着ろ、と言われているようなそれを持ち上げて、とりあえず袖を通す。彼も元々ぶかぶかに着ているのか、私が着るとかなり服に着られてしまう。袖口はかなりあまってしまうし、裾に至っては腿の半分ぐらいまでの場所まできてしまっていた。
私は少し袖を捲り上げて、自分が寝ていた布団をたたむ。そして部屋の隅に寄せてから、ゆっくりとリビングにつながる襖を開けた。


「遅い」


私が視界に黒いものを確認した瞬間に、冬間近の冷え切った朝の寒さに拍車をかけるような、冷たい声が響く。
声がしたほうを見れば、雲雀恭弥が新聞を読んでいた。やっぱり今日は、休日だったらしい。彼は制服を着ているけれど、学校があるならこんなに流暢にしている時間ではないはずだし。


「すみません。…あの、昨日はいろいろと有難うございました」

言おういおうと思っていた言葉をようやく口にして、私は頭を下げる。
助けたつもりでもないだろうし、彼に害が及ぶから風呂に入れたり手当てをしてくれただけなのは分かっているけど。それでも、私にしてくれたという事実は変わらない。

私は素直に頭を下げる。真意が伝わらなかったのかあえて無視したのか、彼は小さく「次寝坊しら咬み殺すから」とだけ返して目を逸らした。
お礼を言ったら言ったで不機嫌になってしまうかと思っていたけど、そんなことはないらしくて。彼は相変わらず無表情で新聞に目を落としているから、私は少しだけほっとした。
緊張から解かれて、少しだけ表情が緩んだ気がした。私はゆっくりと襖を閉めると、辺りを少し見回す。


「ねえ」
「…は、はい」
「そこに立たれると目障りなんだけど。咬み殺されたいの?」


彼はそういうと、視線を向かい側のソファーに移して、すぐに新聞に目を落とす。座れ、ということだろうか。
私はゆっくりと余り物音を立てないようにソファーに座っても何も言われず、ああ正解だったんだと心の中で安堵する。この人といると嫌な意味で緊張しっぱなしで、少しだけ疲れる。

ソファーに座った私は昨日同様何もすることがなく、彼が見ている新聞をぼうっと見つめる。よくよくみればそれは朝刊ではなく【並盛新聞】というごく一部の地域による、一部の地域のための新聞だった。
正直、意外だと思ってしまう。同時に、本当に並盛が好きなんだと改めて実感されられる。こんな一部の主婦しか読まないようなものでも、並盛関係ならきちんと目を通すんだ。



私の視線に気づいたのか、彼は訝しげな表情を浮かべて私を見た。
迫力、と言うよりはその表情に一片の恐怖を感じ、私は思わず身をすくませる。
彼はそんな私の反応にイラついたように眉間にしわを深くすると、読んでいた新聞をたたむ。そして私の方に手を伸ばし、何かを掴み取ったかと思うと、その腕を振り上げる。
反射的に腕を胸の前で組んでブロックした私の上から、ピ、という機械音が小さく音を立てた。ブオオオ、と低い稼動音がしたかと思うと、僅かな風が私の長く伸ばした髪を揺らした。


「何やってるの」
「……いえ、何も…」


私は胸の前で組んだ腕を下ろして、ホッと息をつく。
なんだか最近痛い目にしかあっていないから、いちいちの反応にビクビクしてしまう。
正直怯えてばかりと言うのも性に合わないし、これじゃあ悲劇のヒロインぶっている少女みたいで気持ち悪いとも思うんだけど、どうにも身に付いた恐怖は簡単には忘れてはくれないらしい。

元々私はそんな女の子らしい女の子、と言うわけじゃない。どちらかと言えば男っぽい、サバサバした性格をしているというのが周りの評価だったはずなのに。



早く家に帰りたいと思う。
こんな痛々しい現実なのだとしたら、文章上で「雲雀さんかっこいい!」とか言っていたほうが数倍幸せだ。もしもとの世界に戻ったら、絶対にこんな凄惨な物語は読んでやるものかと思う。特にトリップなんて、中二病を思わせる初っ端から愛し合う設定の奴しか読んでやるものか。若しくは、初対面で『応接室にきなよ』と言われ告白されるコメディー的な奴しか絶対に読んでやらない。


ふう、と息をつく私に、彼はキッチンのほうへと行くと、しばらくそこでカチャカチャと何かをする動作をする。ガスコンロの火がつく音。何かがふつふつと沸騰する音。
何か作っているらしいことがわかり、私は少し気になり彼のほうへと歩み寄る。彼は僅かに私を見上げると、何かが乗った盆を突きつけた。昨日も嗅いだミルクの匂いが、ふわりと漂う。

ミルク粥を、どうやら彼は私の朝食に作ってくれたらしい。……ああ、明日は雪を通り越して、遅ればせながらのノストラダムスの世界の破滅だ。『あの雲雀恭弥』が、私相手に朝食を作るなんて。


「食べれるでしょ。朝食」


ええ、まあ…、と受け取ったものの、どう思ったらいいか分からない。そもそも私は彼に生きるうえで必要最低限程度の食料、しかも菓子パン程度しか与えられていなかったんだ。いきなりこんな料理を手渡されても、食べてもいいのかと躊躇するのも無理はないと思う。

途方にくれた私を放置して、彼は再びソファーに腰掛けると新聞を開いて目を通し始める。
流し台を見るとそこには彼の朝食の食器と思われるものが水に浸してあって、彼はもう朝食を済ませてしまったことが分かった。とすればこの食事は正真正銘私宛、ということになってしまう。――いったいどういう心境の変化かは分からないけど、彼は私を本格的に生かすことに決めたらしい。真意は、分からないままだけど。



「いただき、ます」

私はとりあえずソファーの前に戻ると、小さく手を合わせてミルク粥をいただくことにした。
ホットミルクに続いて、ミルク粥。本当に私を黒猫のジジか何かと勘違いしているんじゃないかと疑いたくなる。『食べれない』と聞かされて私の胃を慮ってくれる……訳はなさそうだし。確実に。


牛乳でも余らせているんだろうかと、あまりに豹変した言動に妙に勘ぐってしまう。まあ、うまい棒を水で膨らませながら生きるよりかはぜんぜん幸せだし、全然いいんだけど。第一印象が第一印象だけに、怖いというか、裏がありそうで恐ろしい。

ミルク粥を頬張りながら、私は賞味期限切れでお腹を下しませんように、とそっと心の中で祈る。だけどミルク粥は美味しくて、少しで止めておこうと思ったのに後一口、後一口と『止められない止まらない』のスナック菓子状態になってしまって。気がつけば、一粒も米粒は残されていなかった。


「美味しい、です」

ふいに彼と目が合ったので、私は彼にそう返す。彼は「そう」と呟き、それきりこちらを向かなくなる。求めていた答えを返せたんだろうか。彼は言葉も表情も少ないから、何が言いたいのかいまいち掴み辛い。

私は結局最後の一口まで平らげると、まだ暖かさの残る器を持って、流し台に近づく。クイ、と取っ手を捻ると、温かいお湯がすぐに出た。ついでに放置された彼が食べた皿もついでに洗って、設置されている乾燥棚のような場所に置く。タオル引いてあるし、間違いじゃない…はずだ。
彼はその間に自室に戻って何かの紙袋を持って戻ってくると、ソレを私に押し付ける。…何が言いたいのか分からなかったけれど、とりあえずその袋を受け取った。



押し付けられた袋の中身を取り出すと、中には黒いセーラー服が入っていた。赤いラインに赤いリボン、そして何故か短めのスカートに白い無地のソックス。

思わず思考が停止する私を放置して、彼は持ってきていた腕章を自分の学ランの上に付ける。……えっと。これは?と一向に動こうとしない私に彼は一瞥をくれると、一言だけ呟く。
私は、ああ、これが雲雀恭弥と関わる夢小説の中でよく見られるシュチエーションのひとつ、『セーラー服を夢主に着せる』という行動なのかとぼんやりと思いながら。小さくため息を吐き出した。


もちろん、“出かけるよ”という、唐突過ぎる言葉を吐き出す雲雀恭弥には聞こえないように。
(08/09/26)


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