旧式Mono | ナノ

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「……へえ、お前が雲雀恭弥か」


私に馬乗りになっている金髪少年は衣服を正し、立ち上がる。
彼が退いたことで体が月明かりに照らされ、とっさに引きちぎられたワイシャツをぎゅっと握りうずくまる。裸同然の格好に、今更のように羞恥を感じた。

「言い残すことはそれだけ?」と、聞いたこともないほど冷たい声が、私の耳に滑り込んでくる。思わず身を竦ませたけれど、どうやら私に向けられた言葉じゃないらしかった。
雲雀恭弥は男を一瞥した後、恐る恐る顔を上げた私と視線を絡ませる。瞬間に細められた目に、私の中に生まれた安堵感がそのまま恐怖に変わった。怖い。



彼は一瞬のうちに瞳に殺意のようなものを閃かせると、トンファーをひねるように持ち変えた。
金属音と共に、トンファーに一瞬のうちにウニの如く棘が生える。
再び垣間見た彼の瞳は完全に殺意に囚われていて、私は思わず出そうになった悲鳴を噛み殺した。



「最近風紀委員を襲ってるのは君たちか聞こうと思ったけど、いいや。交尾まがいな事をして風紀を乱す草食動物はぐちゃぐちゃに殺してあげるよ」

「なんのことだ、雲雀恭弥」
「もう君の声を聞くつもりはない」


たじろぐ金髪頭に黒い彼は死刑宣告まがいな台詞を静かに吐き捨てると、ゆっくりと棘だらけの仕込みトンファーを構える。

しかしさすが不良と言うべきか、先ほどやられたはずの男たちがトップを守るべく走りよった。あっけなく囲まれた雲雀恭弥は動じるわけでもなく、只ただ冷たい視線で不良たちを見る。私に向けられたわけではないのに、足が竦んだ。


助けてくれるという結果になりそうだから下手なことはいえないけど、その表情は彼の怒り具合が見え隠れしていてかなり怖い。おそらく彼らの次は私だろうと思うと、この隙に逃げたくなってしまう。
逃亡者に雲雀恭弥がどのような制裁を下すのか私は知らないが、容赦はしないというのは何となく分かる。原作での彼は『来るもの拒んで去るもの追わない』といった、典型的な一匹狼タイプだったはずで。こんな状況における雲雀恭弥がどんな行動に出るのか、私には予想もつかなかった。



そもそも私に切りつけた男の言ったように、彼は私を捜索する必要もなければ追いかける義理も無いはずなのだ。そこまでの憎しみか、若しくは自分の絶対領域への『侵入方法』の追求をしたいのか。どちらにしても、私にとってあまりいいものではないことは確かだ。



「じっとしていれば、死なずにすんだのに」

私が不良集団に思った事と同じことを彼は小さく呟くと、トンファーで確実に息の根を止めていく。いや、重傷を負わせているだけだと信じているけど、倒れた男らの体の痙攣の仕方は、いつか見たスズメと同じだった。私は思わず体を縮こまらせてうずくまる。人が死ぬのも、傷つくのも、見たくなかった。

だけどその瞬間、私は突然引っ張りあげられ、首にナイフを当てられる。そこは白蘭の銃弾が掠めたところで、固いかさぶたの上に刃物の刃が当たった。
痛みはないものの、一旦その刃物を横にひかれてしまえば終わりだ。私は動きを止め、とりあえず助けてくれそうな人物の名前を呼ぼうとする。だけど恐怖のためか、いつもより声がかすれてうまく言葉に出来ない。もう結構出るようになったのに、私の声は恐怖に負けてしまった。


「離し、」

私の声に彼はこちらを振り向く。そのついでに背後の男に止めを刺し、彼の周りを囲んでいた男は全ていなくなった。
ナイフを突きつけられている私を見て、彼は何のためらいも見せずに一歩踏み出す。牽制するように金髪男は刃物を突きつけるけれど、彼の足は止まらない。


「お前、こいつが傷ついても」
「かまわないよ。別に」


歩み寄ってきた雲雀恭弥に恐怖してか、彼の腕が一瞬ひるんだ。私はその隙に彼の拘束から間一髪逃れると、金髪男はすでに横に吹っ飛んでいた。私が自力で逃げていなければ、私が殴られていた位置にトンファーがあって、今更のように恐怖が走る。
運がいいね。と彼は私を見ないままポツリと呟いてから、金髪男に止めを刺した。ぐえ、と蛙が潰れるような音を発した男は、其れきり動かない。私は、目をそらした。
彼は返り血をぬぐうと、立ちすくむ私に視線を戻す。細められた目に私は生理的な恐怖に体を震わすと、彼は私の腕を強引に掴んだ。瞬間、痛みに私は身をかがめた。


ガリッという音と共に、生乾き状態だった腕のかさぶたがまくれる。雲雀恭弥はいったん腕を放して自身の指先に付着した血を見て、嫌そうに眉をひそめる。其れを木の幹でぬぐうと、今度は反対側の腕を掴んだ。


「帰るよ」


小さく呟かれた彼の声に、私は素直に頷くことができない。
先ほど金髪男に食らわせた一撃は、明らかに私共々『殺すつもり』で振りかざしたように見えた。ということはもしこの手をとったとしても、私は家に持ち帰られそこで殺されるという予感が否めない。死は私の私生活には関係ないものだったのに、いつの間にこんなに身近なものになってしまったのか。

戻りたくない。怖い。嫌だ。
ガタガタと震えだす私に彼は至極面倒くさそうな表情を向けると、腕を放した手をそのまま振りかぶる。
――殴られる!と、目をぎゅっと閉じた私は、全身に力を入れて、防御力を高める。案の定側頭部に鈍い痛みを感じて、私は嗚咽を零さないようにした唇をかみ締めた。しかし其れは思ったほどの痛みではなく、私は拍子抜けしてしまう。横に吹っ飛ぶほど殴られるかと思ったけれど、私の足の位置は動くことはなかった。


如何して、と彼を見上げると、彼は面倒くさそうに私を見下ろしていた。そして「風紀が乱れる」と小さくつぶやくと、自身の学ランを脱いで、私に投げてよこした。ばさ、と私の頭にかけられた其れを呆然と見つめると、彼はもう身を翻して歩き出していた。
この寒さの中、彼が学ランを汚い私に持たせるはずはない。だから着ろ、ということは何となく分かるけど、私がこれを着たら確実に学ランを泥や血で汚してしまうことになる。……彼は其れを、理解しているんだろうか。

私が動けずにいると、彼は心底面倒くさそうな表情で振り返る。そして「早くしないと、殺すよ」と冷たい声でつぶやく。恐怖に突き動かされるように慌てて傷の血に当たらない用に肩に学ランを羽織らせて、私は彼の後を追う。彼は私が走り出したのを見ると、すぐに背を向けてしまった。


「あ、の」
「うるさいよ。それに遅い」


彼はそういうや否や、私の傷ついた方の手首を引っつかむ。ずるずると引きずられるように引っ張られながら、私はこけつまろびつ階段を下る。肩にかけただけの学ランが落ちそうになって、私は掴まれていない方の手で首の部分を押さえなければいけなかった。
私は必死に上に風紀委員がいることを知らせるけど、彼は弱者には興味ないよ、と返しただけでその後は何も言わない。私も弱者ですよ、と彼に反論しそうだったが、いえる雰囲気でもなく口をつぐむ。だけど私が心配そうに上を見るのに気づいてか、彼は疎ましそうに表情を歪めながら、渋々口を開く。


「草壁哲也が対処する。君が口を出す事じゃないよ」

草壁さん、の名前が出るだけで、私は少しだけホッとした。彼なら仲間思いっぽいし、未来編では優しい一面もあったし。
ふ、と緩んだ私の表情がお気に召さなかったのか、不機嫌な表情で私の腕を掴む力を強くする。あまりの強さに息を呑むと、もっと強くされた。


彼はバイクの前で足を止めると、ポケットから簡素なキーホルダーのついていない簡素な鍵を取り出す。…なんだっけ、カタナ?と、私は以前ウィキなんとかのページに書かれていた情報を、なんとなく反芻させる。
確かアニメ版では殆ど消されていて、漫画でも一瞬しか映さない幻の雲雀恭弥のバイク。どこかの夢小説で雲雀に『バイクで送っていく』というシチュがあり初めて気付いてビックリしたから、なんとなく覚えている。
中学生が乗るものだから、スクーターの少しでかい版だろう。と、そう想像していたものよりも現実は大きく、排気量も相当ありそうだった。


「免、きょ……」

という私のつぶやきに「君には関係ない」と、曖昧な返事を返しながら、ブレーキをはずす。相当重いのか、ガシャン、という鈍く重い音が響いた。
見たところ明らかに排気量は400を超えていそうなバイク。というか、確実に超えているはずだ。ということは、これは原付と普通自動二輪を軽く通り越して、『大型自動二輪』ということになる。
……大型自動二輪の免許は、常識では18歳以上しか取れないはずだ。無免許、という言葉が浮かぶけど、そもそも彼が大人しく教習所に通う風景が思い浮かばずに、考えることを放棄した。私より年上なのか、年下なのか。そんなことはどうだっていい。知ったところで、私が楽になるわけでもないんだし。



走ってついて来いという無茶を言われるのか。縄で縛られてバイクで引きずられるのか。そんな嫌な想像をしながら、私は確実に迫りくる『死』を覚悟していた。もう、恐怖を感じすぎて可笑しくなってしまったのかもしれない。

だけど彼は縄を取り出すわけでもなくバイクにまたがる。
中々発進しない彼を呆然と見る私に、彼は不機嫌そうな目を向ける。そして小さく口を動かしたけど、私にはうまく理解ができなかった。『乗りなよ』なんて、有り得なさすぎて幻聴としか思えない。


立ちすくむ私に痺れを切らしたのか、彼は軽くアクセルをひねる。バイク独特の音を響かせながらある程度前進すると、50メートルぐらい先で急に方向転換し、私にまぶしいライトが当たる。
キキッという音と共に、バイクは私のすぐ横に止まった。そして彼は左手を伸ばしてぞんざいに私の手首を掴むと、後ろに放り投げた。


「うあっ」

思わず後ろ部分に座ってしまった私に、彼は「落ちても拾わないよ」とぞんざいに吐き捨てる。そして状況把握ができない私を放置し、容赦なくアクセルを握った。
あまりのスピードに思わずぎゅ、と彼の裾を握ってしまう。後ろから見た彼の背中は想像していたよりも大きく感じた。私は待ち構える恐怖がスピードへの恐怖に摩り替わるのを感じながら、私はとりあえず落ちないように彼にしがみついていた。

学ランの暖かさに涙がにじんだけれど、嗚咽だけはかみ殺した。一人より安心する様な気がして、私は自嘲する。

つり橋効果が成す錯覚だ。そう言い聞かせながらも、気付けば私は甘えるように彼にばれない程度にワイシャツのすそを握っていた。(08/09/24)


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