旧式Mono | ナノ

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神社生活も3日目を過ぎ、一日3本と決めていたうまい棒もとうとう残すところ後一本。
バイトの求人情報誌で金を稼ごうとしたものの、まず電話をかけるお金が無いことに気づいたのはバイトにめぼしをつけたあとだった。

日に日になぜか増す風紀委員に怯えながらも、10円を拾ってかけてはみたものの、一分で成立するはずも無く、あっけなくタイムオーバー。
20円を貯めてかけてみたけど女は要らないとあしらわれたり、身元不明はちょっと…と断られたり。そんな感じで、私は一日分の食料をパーにした。
日に日にスリム(と言う名のただのやつれていくだけの状態)になっていく自分の体に絶望感を覚えつつ、空腹はとりあえず水で誤魔化した。神社でよかったと思うのは、水があるということだけかもしれない。


意識が朦朧としてくる時はいつもお世話になっているし、深夜には体を洗うのにも(と言っても拾い物のタオルで拭くだけなんだけど)有り難く使用させていただいている。
さい銭泥棒でもすれば、一気にうまい棒生活から菓子パン生活にいけなくもないんだけど。これ以上神様に見放されたら生きられない気もしたので、それだけは手をださなかった。万引きは、ちょっと考えちゃったけど。


とりあえず、林の中で拾った50円玉を握り締めつつ、私は今日も神社の階段をくだる。



私の外出時間は、基本的に深夜か正午。それ以外は穴で寝るか、拾った雑誌か漫画を読むようにしている。
驚いたことに、こちらの世界の漫画、と言うのはいわゆる私の世界でいう写真、と同じ感じだった。こちらの情報が向こうに流れるのと同様に、向こうの世界もこちらに来ているらしかった。
この前うっかり拾った漫画はどうやら大人の女性向けの年齢指定漫画だったらしく、エロ本以上の威力があり私の中ではすでにトラウマだ。
ため息をつきながら、私は歩きなれた正午の道を歩く。正直自分から異臭がしそうなきもするが、店員の迷惑顔にもそろそろなれた。…って、なんか凄い悲しいけれど。


「はあ…」

ため息一つついて、早足で最寄の(と言ってもお金があるときにしか行かない)コンビニに急ぐ。
いくら真昼間とはいえ、油断している時に限って風紀委員に見つかったりするんだ。例えば――



「おい、そこの並中生」

――――こんな風に



条件反射で振り向いたのがいけなかった。
私は振り向くと、視界は真っ黒な学ラン。少し視線を上に持っていけばガタイがよすぎる綺麗な逆三角な美しい体系。更に上に行けば、芸術的なほどに輝くリーゼント。
やばい、と私の中で警鐘がなると同時に、彼はでかすぎる体で私の逃げ道をふさぐ。眉間にしわを寄せた彼は、さしずめ昭和時代のヤンキーだ。特攻服であるはずのボンタンをはき、酷い目付きで見下ろしている。

しかし彼がただのヤンキーでないことは、一目瞭然だった。何故なら、彼の左腕の腕章には見覚えのある配色で風紀委員と刺繍されていたからだ。


「こんな時間に、何をしている。サボりは、風紀委員の権限を持って厳重に処罰する」

じゃあお前も何やってんだよ並中生。


――などと突っ込んでいる場合ではない。どうやら彼は、運よく私を探している人物とは思わず『サボり生』だと思ってくれたらしい。
ちなみに、風紀委員が雲雀恭弥の家から逃げ出した女を追っているという情報は、近所のおばちゃんの井戸端会議からすでに情報収集済みだ。
向こうの世界でランニングしていたときもそうだったけど、ケバくない私はどうやらご年配のお方が親しみやすいような顔をしているらしい。
『貴女もそういう女の子を見たらきちんと報告したほうがいいわよ?』というおばちゃんの言葉に、私は苦笑いしか返せなかった。ごめんおばちゃん、其れはきっと私だと言える訳もない。

これでも、少しは気を使っていたつもりだった。
少しでも外見的な特徴をごまかすために、大学生までは絶対に切らないと決めていた長い髪を切った。でも捨てられていた切れにくいかみそりで切ったせいで、何度も首に切り傷を作ったりしてしまったし、襟足が無残なまでに不ぞろいだけど。それでも、女の一番の特徴である髪は変えた。制服しか持っていないということが、難点だったけれど。


「あ、の……」

未だ掠れ声しか出ない私に、風紀委員は訝しげな顔をする。
あのおばちゃんみたく、風邪を引いているのだと勘違いしてくれればいいんだけどな…と淡い期待を抱く。だけど私のその甘い考えは、すぐに打ち砕かれた。


「お前、生徒手帳を見せろ」
「っ、!」

しまった。明らかに動揺してしまった。そう思ったときにはもう遅かった。
彼は私の手首を鷲掴むと、思いきりひねりあげる。思わず掠れかかった悲鳴を上げる私に、彼は右の拳で私の頬を殴った。……久しぶりの暴力だった。


「本物の並中生は今、生徒手帳を持たぬ生徒に対しては容赦しないという警告が出ている。忘れたとは言わせない」

「そ……れ、は…」

「日本の何処にも存在するはずの無い女。声の出ない、生徒手帳の持たぬ女。声のかすれた女。髪は長く…はないが。お前は、捜索中の女に似すぎている。いや、本人と言うべきか」


彼はそういって、再び私の右頬を執拗に殴る。道を行きかう住人はちらりとこちらに目をやるが、すぐにテレビを見るような目になって、ふとそらされる。ああそうだ、これが世の中と言うものだ。皮肉げにそう思うと、なんだか少しおかしかった。
昔、電車内で女の人が男に暴行を受けられていたとき、周りにいた乗客たちはすべて見てみぬ振りをしていたと言う事件があったのを思い出す。今も、ソレと同じだ。自分が被害をこうむりたくないから。どうにも出来ないから。自分は無力だから。弱いから。何もしない。私はその気持ちが分かるから、彼らに対して皮肉は浮かばなかった。だって、何も出来ないから。弱いから。だから、しょうがないじゃないか。
5回目の拳を受けたとき、私はとうとう口の中を噛み切り、口から血を吐いた。殴ってくる風紀委員の顔は、何故だか憎悪に燃えていた。



「べつに、簡単だ。お前を委員長に出せばいい。そうすれば、俺は委員長に認められる」


何故だか、私にはこの人が泣いている様に見えた。苦しそうに見えた。傷つけられている側なのに、何故だか傷つけているような気分にさせられる。

彼は自分に言い聞かせるように同じ言葉を呟き続けていたが、痛むようにギュッと目を瞑って沈黙する。開いた時には、もうその瞳から迷いは消えていた。背筋に悪寒が走る。とても嫌な予感がした。
暴れだした私を、彼は容赦なく殴りつける。その瞳に私はとても見覚えがあった。赤く燃える憎悪の感情。閃いた殺意に、私はおもわず引きつった悲鳴を漏らす。


「だけど、俺はお前を委員長に差し出す気はない。お前なんか…っ!俺たちがどれほど身を呈しても、駒程度にしか扱われたことが無かったんだ!だが何故お前は、捜索されているんだ?!たった数日だったのに、お前は何故殺されない?!消されたあいつのように……何故お前も、消され無いんだ!」


早口で、大声で。そしてとても、悲しいまでに怒気をこめた彼の言葉は、あたりの緊迫した空気を振るわせた。
彼の言葉に息を飲んだ私を、彼は睨む。そして何のためらいもなく懐から刃物を取り出すや否や、銀色の閃光が走り、私の腕から、血が滴った。


「殺してやる。委員長が殺さぬというのなら、俺がお前を殺してやる!」

悲痛な叫びが、穏やかな町並みに響く。


そうか、彼をどうしようもなく苦しめていたのは、他ならぬ私だったのかと。そんなことを思ったら、こんな状況だというのに視界が歪む。



彼が刃物を振り上げたその瞬間。
私と彼の瞳から、同時に涙が零れ落ちた。
(08/09/24)


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