旧式Mono | ナノ

(9/63)

空は暗い藍色に塗りつぶされて、満月がとても綺麗だった。きらきら光る星がやけにまぶしくて、私は目を細める。


湿っぽい穴蔵から抜け出して、私は泥だらけになった体をぐんと伸ばしながら、こらえきれずにため息を零す。
外の空気は澄んでいて…というか、冬を思わせる秋独特の冷たい夜風に当たりながら、私は後悔していた。
試験前日すら勉強せず、当日にも『勘で行く!』と言って赤点を取るっても反省しない私だったけど。反省を通り越して猛省、というのを、この年になって初めて経験していた。



マンションからうまく抜け出せた私は、とりあえず来るか来ないか分からない追っ手に見つからない場所を探すことにした。
大体この町にも、この町以外でも――それ以前にこの世界に、私を暖かく迎え入れてくれる温かい家庭も家族もいない。加えて一文無しとあっては、その辺の野宿できる場所に野宿するしかない。
だけど、いくら漫画の世界内だといったって、こんな制服の女が道端に横たわってたら間違いなく通報される。通報されたら必然的に捕まるし、(この世界に)親も言えもない私は確実にあるはずもない身分を調べられる。
もし18歳ということを言ったとしても、身分証明できるものは生憎持ち合わせていない。しかも認められたとしても、じゃあなぜ制服を着ているんだ?ということにもなるし、卒業記録にない私は逮捕されかねない。
それは――ちょっと、いやかなりまずい。


だいたい、雲雀恭弥に屈服しっぱなしの並盛のことだ。
並中の制服を着た不良少女=私だと思い、絶対引き取りに来る。そして以前逃亡しかけたときのように、意識がなくなるまで殴られるに決まってる。下手をしたら今度こそ殺される。それじゃあ逃亡した意味が無いし、そんなの本末転倒だ。私は雲雀恭弥から逃げるために、あの恐怖から逃れるために、あそこを逃げ出してきたのだから。

だから私は、警察にも地域住民にも、もちろん追っ手である風紀委員にも見つかるわけにはいかないのである。
というわけで完全に追い詰められた私は、とりあえず無銭でも生き残れそうな場所――森を目指すことにした。
だけど並盛町が都会なのか、私が住んでいた場所が田舎なのか。いくら歩いても森らしい森は見つからなかった。



ということで、一番雰囲気的に近い並盛神社に来て数時間。私はまずあまりの食料の無さに唖然とした。
普通林と言えど食べれる草とかは沢山生えているはずなのに。なぜか綺麗に整備されすぎていて、驚いた。ここの掃除の人はよほどの綺麗好きに違いない。


私はとりあえず寝床だけの確保をしようかと思ったけど、手ごろな茂みは見つからなかった。そして数時間悩んだ末、私は年頃の女の子が一晩を明かす場所とは明らかに不釣合いな――神社の境内の下へと潜り込んだのである。
土は暖かく、湿気はあるがまあそこは我慢と言う形で何とかなりそうだったけど。どうにも、秋の夜の肌寒さは超えられないような気がしていた。冬までここの神社に住む気はさらさらない。だけど先のことを見越していかなければ、本当に死にかねない。
というわけで、私は穴を掘ることにした。人が一人寝れる大きな穴を掘れば、少しは温かいだろうと踏んだのだ。立てるはずもない神社の境内の下だから、体勢的にはかなりきつい。だけど、寒さには代えられないのだ。

とりあえず掘る道具として、バチが当たりませんようにと祈りながらその辺に放置してあったステンレス製の大きいチリトリを借りた。
時間が無くて新聞紙の調達にはいけないけれど、新聞は近くに捨ててあったグチャグチャのビニール袋で代用できそうだった。まずは袋を切り開いてから、重石をつけて乾燥させる。ビニールは敷布団代わりだ。掛け布団にしてもいいんだけど、しばらく洗濯ができない服を汚すわけにはいかない。
準備を整え、今度はステンレス製のチリトリを装備し穴を掘る作業に戻る。湿っぽい土はわりと掘りやすく、ステンレス製のチリトリでも割とすんなり掘ることができた。



そして、今に至る。


ずっとしゃがむような格好をしていたせいか、腰辺りが凄く痛い。ふん、と勢いをつけて体をひねると、気持ちがいいくらいゴキゴキと鳴った。
……凄く、すごく疲れた。私は息をつく。朝の4キロマラソンをしている私だけど、あれは主に足の強化だ。決して、穴を掘るための腕の力をつけるためじゃない。明日は肩こりと腰痛に悩まされそうだなあ、と思いながら、ため息を零す。あまりの空気の冷たさに、吐く息が少しだけ震えた。
見るも無残な形になったステンレス製のチリトリを、とりあえず元の場所に戻してから、私は空を見上げる。
今は何時かは分からないけれど、暗くなって相当な時間が立ったような気がする。本当は今から下にあるゴミ捨て場に行って18歳女子にあるまじき、ごみ漁りをしようと、思ってたんだけど。

『……止めたほうがいいかな』

この世界の警察がどれほどの権力と効力を所持しているのかは知らないが(そもそも雲雀恭弥が捕まっていない時点で色々おかしいし)とりあえずは常識的に考えて、この時間中学生がうろつけば必ず補導されるだろう。
近所の住人にごみをあさっている場面を見られれば通報されるし。ここは、夜に横着な人間がごみを捨てるのを待って、早朝に行くべきだろう。私はとりあえず布団代わりに、休憩がてら集めていた枯葉を穴の中に運んでから、その上にビニール袋を乗せる。――とりあえず、形にはなった。


「……はあ」
いつまで、こんな生活が続くんだろう。

私は脳裏に思い浮かんだ、ぬいぐるみや漫画が転がった暖かいベットのイメージをかき消すと、小さな穴の中に丸まるようにして寝転がる。
しょうがない、これが現実なんだ。そう言い聞かせるのに、なぜか今日の夜ご飯は何だったのだろうかと、ソレばかりを考えてしまっていて。
動くことで酷くなってしまった空腹に、胃にビチビチとするような痛みを感じながらも、私は半ば強制的に目を閉じた。だけど、腹痛を感じながら易々と眠れるはずも無く。私はむしろパッチリしてしまった目をこすりながら、ふと向こうの世界のことを夢見てしまう。
そういえば、向こうのリボーントリップ夢って、ほとんど綱とか山本とか、優しい人と出会うことから始まっていて、凄く楽しいものだったような気がする。
私のいきつけのトリップ夢では雲雀恭弥と出会うけれど、少なくとも『咬み殺される』という場面から始まる夢なんて、そうそうない気がした。大体が異世界から来た主人公に呆気にとられて、それとない優しさで、そこはかとなく原作の雰囲気を無視して恋に落ちてく、みたいな?

――事実は小説よりも奇なり、か。

トリップと言うあまりの現実離れした話なら、恋愛フラグの一つでも用意してくれればいいのに。
もしこれが作られた話なのだとしたら、神という作者は確実にサディストだろう。需要がない、こんな痛いだけの物語。閲覧数だって、伸び悩むに決まってる。気を紛らわすためにハハハ、と、無理やり笑ってみれば、何故だか目からは生暖かい雫が零れ落ちた。舌先で舐めとってみると、酷くしょっぱい。空腹の腹が塩分にきゅんと収縮して、唾液が乾ききった口の中を潤した。


「っ……」


思わずこぼれた嗚咽に、私は誰がいるわけでもないの唇を噛み、声を殺した。
だけど続けざまに零れ落ちる涙は堪えようが無くて、私は誰かに見られるのを恐れているように両手で頭を抱えた。湿った暖かい息が、私の口からこぼれる。
私の二酸化炭素は、体の下のビニール袋にあたる。それは結露となって小さい水滴を作って、こぼれた涙と交じり合った。悲しいわけじゃないのに。私はあそこから逃げたくてここまで逃げてきたはずなのに。何故だかとても、寂しさを感じていた。恐怖の対象と一緒でいるより、一人でいることのほうが心細いような気さえした。

――寒さのせいだ、きっと。

私はそう結論付けて、涙が零れ落ちる目に蓋をするように瞼を伏せる。
ゆっくりと落ちてくる黒い黒い闇の世界の中で、私は脳裏に浮かぼうとする雲雀恭弥の姿をかき消した。
(08/09/24)


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