旧式Mono | ナノ

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私が雲雀恭弥に動けることが知られて以来、草壁さんは姿を見せなくなった。

だから私の食料源は、日に一回ぐらい、まるで家に住人がいることを思い出したように与えられる菓子パン。
酷いときには2日丸々もらえないときもあるから、私はその菓子パンはどれだけおなかがすいていても一気に食べないようにしている。
別に、雲雀恭弥が外出中に冷蔵庫を物色できることには出来る。だけどそんなことしたら死刑直行になりそうだから、そんなことしない。ただ水道水だけは命の水としていただいているけれど、まあそのくらいは許してもらえる……はず。多分。
草壁さんがいた時は雲雀恭弥がいない時間を教えて貰ってお風呂を借りることも出来たけど、今はいつ帰ってくるかも分からないから中々入れない。
とりあえず日中はこっそり私がいる和室から出て、ベランダとかリビングとかでこっそり日向ぼっこをしている。それ以外にやることが無いだけなんだけど。
一度逃げようとしたら、痛めつけられた上に玄関の外とマンションの入り口に見張りの風紀委員が置かれてしまった為、今は逃げることも出来ない。


はあ、とため息をつこうとするけど、虚しくなるだけだから止めた。
こんな生活を二週間も続けていれば、外にある電柱を数えるのにも飽きたし、外を眺めるのも飽きてきた。日々があまりにも単調で長く感じ、私は次第に『夢落ちだったらいいのに』という俄(ニワ)かの期待すらもかき消してしまう。
例えば、ランニングで疲れて寝てしまって。ふとめがさめたら最初の神社の木の下にいました――なんて。そんなべたな展開、小学生の夢小説家でも書かないよなあ。なんだかおかしくて、いっそ笑ってしまう。
向こうの世界……という台詞自体がすでに頭おかしい人になったみたいで嫌だけど。でも、向こうの、私の世界の人たちは元気だろうか。…なんて、考えたって帰れるわけじゃないんだけど。


そういえば、未来編の最初でリボーンが言ってたっけ。
過去からきたばかりの綱に、『お前がここにいる以上、ここがお前の現実だぞ』みたいなこと。……漫画に教わるなんてなと、少し笑ってしまうけど。

「頑張、きゃ」
頑張らなきゃ、いけない。


ここが私の現実なのだとしたら。私はここで暮らさなきゃいけないのなら。死にたくないのなら、死ぬのが怖いのなら、頑張って生きなければいけない。
私は立ち上がって、近くに丁寧にたたまれた自分の服を抱きしめる。
今私が来ているのは、旅館の浴衣みたいな簡素なものだ。草壁さんのものか雲雀恭弥のものか分からなかったけど、多分後者だろう。
私は帯紐を緩めて、浴衣を床に落とす。そして並盛中学の制服を身に着けて、立ち上がる。


準備運動がてら屈伸や伸脚をすると、しばらく運動していなかったせいかコキコキと凄い音がする。僅かに痛みは走るけど、動けないほどじゃない。
私は少しほぐれた体を引きずって、リビングへと出る。今日は平日だから、雲雀恭弥は夕方まで帰ってこない…はず、だ。
私はリビングを通ってベランダまで行き、私は身を乗り出す。強い風に、私の髪はバサバサと舞い上がった。


脱走計画。

そんなものを考えるようになったのは、彼が私を匿う理由を教えてくれたあの時からだったかな。
とりあえずしゃべれるようになるまでは匿い、声が出たらまた私に「どうして雲雀恭弥の家にいたか」というのを詰問されるのだろう。
だけど私はその答えを持ち合わせていない。…というか、『遙か彼方他の世界からトリップしてきました』なんていったら瞬殺される。…でもだからと言って黙秘権はないので、当然最初この場所に来た時みたいな『制裁』をくらうだろう。――だけど、私も痛いのは嫌だし、怪我をしたくない。雲雀恭弥が怖いから一緒に居たくない、と言うのも一理ある。

ベランダに出た瞬間、一瞬携帯のことが頭に浮かんだ。だけど『メモリーに入っている人間には通じない』ということを思い出して、素直に諦める。
ああ、そういや消せない元彼のメールとかあったし。まあいい機会、なのかな。なんて、プラス思考に考えて未練を振り払った。


私はベランダに出ると、とりあえず床を見る。まずマンション(に住んだことはないけど)、以前テレビで下の階に降りれる穴があるマンションがあると言うのを見たことがある。
と言うことでそれで下にいければ第一関門突破なのだけど、残念ながら雲雀恭弥の部屋のベランダにはないみたいだった。
ここにもあったらいいんだけどなあ、とか、甘く考えすぎてたか。と、ため息をつきたい気持ちで横のベランダに目を移す。横に部屋に行ったからってどうとか言うわけじゃないけど、とにかく突破口は見つからないにしろ様子を見るだけでも収穫になる。
私はベランダの上に足をかけて、下を見る。恐怖を覚えたら負けだな…と思いながら、一気にベランダの壁を蹴り上げた。
一瞬の浮遊感が体を包んで、そのまま隣のベランダの床にベシャ、と尻餅をつく。…痛。いまだに掠れた様な声しか出ないから、心の中で呟いた。


横のベランダに飛び移ると、コンクリートの床に四角い栓の上に、非常用はしご、と書かれていた。

――あったよ、本当に。

なんてご都合主義な世界なんだろう、この世界は。と思いつつ、私はその栓の取っ手部分に手をかける。
こうやって下に下りていって、二階部分になったら端っこの草むらに飛び降りればいい。二階なら骨折もしないし、下が芝生なら捻挫も免れそうだ。

なんか最近痛いこと続いていたから、怪我について凄く凄く耐性がついた気がする。まあ、それはそれでこうやって逃げ出せるからいいんだけど。

私は非常用はしごを下に降ろすと、それに足をかける。
リアル鬼ごっこという単語を思い出して、私は背筋に凍るような恐怖を感じながら、そのペースを速めた。
(08/09/23)


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