旧式Mono | ナノ

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おきては寝て。寝ては起きて、不定期に来る草壁さんにご飯を貰って。稀に様子を見る雲雀恭弥には寝た振りをする。
そんな毎日を繰り返して、一体何日がたったんだろう。


Monochrome
→02:崩壊から逃走


私のいる部屋は、時計はないけれど西側に窓があった。だから昼間は分からないけれど、夕方ぐらいなら何となく把握することができる。最初のうちは日付もきちんと数えていたのだけど、3回目の夕日を見てからは無駄なように思えて止めてしまった。帰る場所はないのに、○日もたったといちいち落ち込みたくなかったのだ。


体はようやく動けるようになってきたけれど、相変わらず声はかすれた音しか出ない。まあ最初と比べたら、よくはなったけれど。それでも、きちんとした会話はまだできそうになかった。…そもそも、会話どころかいまだ自分の名前さえ彼らに告げてはいない。私が彼らの名前を知っている手前少し気後れする。まあ、しょうがないものはしょうがないが。

未だ気だるい鈍痛が残る体を、壁を借りて立ち上がる。立ち上がってしまえば痛みはなんてことはなくて、私は窓の近くまで行きそこから町を見下ろした。


私のいた町でなければ、知っていそうな土地でもない。見知らぬ土地の見知らぬマンションの上階。
私はこの数日間ベットに寝たきりになっていたおかげで、ようやく私は彼らが本物……つまり漫画の登場人物であることを認めることが出来た。そして長い時間はかかったけれど…ようやく、この漫画調な姿にも慣れてきた。

一体どうやったのかは知らないけれど、最初にポスターだと思っていたのはやはり私の顔だったらしい。本当に背景に使われてそうな少女Bっぷりに、自分自身感心してしまうほどだ。
目はこの世界の仕様なのか、向こうの世界いにいたときよりかは明らかに大きくなっている。確かに元々釣り目気味な傾向ではあったものの、この世界では完璧な釣り目になっている。(このせいで、私はこの顔になれるのに時間がかかった)
この世界でいうなら、ハルちゃんの目に近いのだろうか。あんなにまつげ長くないけど。元々童顔だったためか、鏡に映した自分はどう考えても18には見えない。体の発育は受け継がれているけれど、足腰についていた脂肪は全てカットされていた。詐欺だろ。



「あ、い……ふ、ふぇ、」
やっぱり、思い通りに声は出ない。
私は顔をしかめて窓を開けると、その音に気づいたのか向こうの部屋から足音が近づいてくる。


この時間帯は草壁さんだろうから、さして動揺はしない。
そう思ったもののやっぱり怖くなって、息を潜めてその場にずるずると座り込む。極力音を立てないようにして、窓の下にうずくまった。

スス、と、ゆっくりとふすまの開く音がする。畳の上に落としかけた視線を上に持ち上げると、そこには見慣れたボンタンはなくすらっとした細身のズボンだけが在った。雲雀、恭弥だ。
私はゆっくりと顔を上げると、移動している私に少し驚いたのか、彼は目を見開いて私を見ていた。それはそうだ。だって彼は、私がまだ動けないと思っていたんだから。


彼の瞳が怖くて、私は全身を硬直させる。
あの容赦なく痛めつけられた一件から、私は雲雀恭弥という存在に極度の恐怖を感じるようになった。まああれだけ痛めつけられれば、いくら逆境に強い私だって、恐怖くらい感じる。
壁に体をへばりつかせた私に、雲雀恭弥は見開いた目をすっと細める。そして興味なさそうに見下ろした後、部屋の中に一歩踏み出し、そのまま私の前まで移動した。


「起きれたんだ」


淡々とした声でそういうと、まるで小さい小動物でも扱うように、ス、と片手を私に差し出す。
私は彼の求めている反応がいまいち読めずに、怯えた表情を隠しきれないまま、彼を見返すことしか出来なかった。
彼は私が何もしないことを確認すると、差し出していた手をゆっくりと私の首筋に這わせる。ビクッと体を震わせた私に、彼は喉元を押さえつける。殺す気はないのか、僅かな圧迫感は感じるものの意識が遠のくほどではない。ただ少し、呼吸がしにくいだけ。

彼の思惑がわからず、とにかく彼の言葉を待ってみた。そんな私を見て、彼は喋れないんだっけ。とひとりごちると、ぱっと首から手を離し自分の制服のポケットをまさぐった。そして取り出したのは、見覚えのあるケータイ……私の携帯だった。

慌てて奪おうとした私を彼は腕一本で押し付けると、見せ付けるように私の前で左右に振る。メールと着信が着ていることを示すランプが、点滅を繰り返していた。


「か、て」
返して、と言いたいのに、言葉の繋ぎがうまくいかずに、結局言葉として意味は成さない呟きとなってしまう。
彼は鋭い眼力で涙目になった私を黙らせると、静かに口を開いた。


「調べたら、面白いことが分かったよ。これはこの世界の何処にも存在しない会社の機種だね。このメモリーに入っている人間には、一切通じないみたいだけど」

「……」

「君の身元を調べたかったけど、これには無かった。意外と用心深いんだね、君」


彼はそういって、ぽいと携帯を投げてよこす。私はソレを受け止めると、胸の中に抱きしめた。私の唯一、向こうの世界にいた証だ。
彼は途端に安堵した私に苛立ちを感じたのか、突然眉間にしわを寄せ目を吊り上げる。表情自体は子どもなのだけど、彼を取り巻くオーラの色は確実に子供の其れではないものに変化していた。

一瞬だった。いつの間にか突きつけられたトンファーの柄の部分が内首に回り込み、容赦なく壁にぐいぐいと押し付けてくる。首への強い圧迫感を感じむせ込むと、ゴトリと音がした。……携帯を、取り落としてしまったのだ。
拾おうとした私より先に、白く細い指が私の携帯をさらう。表情を引きつらせる私とは反対に、そんなに大事なんだ。と雲雀恭弥は不敵に微笑んだ。


「や、や」

子どもが駄々をこねるような情けない言葉に自分自身辟易しながらも、それでも私は彼に向かって手を伸ばす。
だけど彼はもう二度と私に渡す気は無いのか、ズボンのポケットに入れて私に顔を近づけた。言いようのない恐怖が体を支配し、伸ばしていた手はビクンと硬直する。彼は首を絞めていた力を弱くすると、ふわりと微笑んだ。それはお世辞にもきれいとは言えない、残虐性をにじませた笑顔だった。


「君はまだ殺さないよ」と、彼は笑う。まだ、という言葉に私は背筋が凍り付くのを感じた。

「その辺の草食動物にしては弱すぎて咬み殺す気も起きない『固体』だし。それに何より…どうやって僕の家に侵入したか、聞きたいしね」

彼はそういうと、脅すようにぺたぺたと、私の頬とトンファーをくっつけたり離したりを繰り返す。
ゾクッという戦慄とともに、私の体中に鳥肌が量産されて、あまりの寒さに私は腕を抱きしめる。どうしよう、怖い。あの時と同じ恐怖を感じた私は、ガクガクと震えだす。彼はそんな私を愉しげに見つめると、ス、と体を離した。


ピシャ、と襖が閉まる音がしても、私の体の震えは止まらない。
私は引きちぎれたストラップのかけらが足元に転がっていることに気づいて、震える指でそれを掴み、両手で握り締めた。
外ではカラスが悲しげに鳴き、日が沈んだからか一層冷たくなった秋の風が部屋の中に舞い込んだ。
窓、閉めなきゃ。分かってはいるのに、私の膝は恐怖に笑い何度立とうとしても立ち上がることが出来ない。

殺される。逃げないと、確実に。其れだけが意識の中でぐるぐると回って、私は耐え難い恐怖に涙を落とした。
(08/09/22)


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