旧式Mono | ナノ

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目を覚ませば茶色い木目の美しい天井が広がっていて。ここがもし天国や地獄なら随分と庶民的だな、と思ったら、なんだか可笑しくて笑えてしまった。


体中に引きつるような痛みを覚え、私は黒い闇の中から這い上がるように、意識を取り戻した。
重いまぶたを押し上げて、最初にも今にも、視界に入ったのは天井だけ。何度か体を動かして状況を確認しようとしたものの、体に引き裂かれるような痛みを感じて、寝返りすらまともに出来る状態ではなかった。
ここは、何処なんだろう。と私は辺りを見回す(と言っても視界の端に意識を集中させるだけしかできなかった)。けれど、畳の部屋に白い布団が敷いてあり、そこに寝ていると言うことしか分からない。
自宅じゃないことは確かだったが、どうして自宅以外の場所に横たわってるのだろう。考えても、あまりに長く眠っていたため、脳がうまく働かない。
でも残念なことに、私の脳はすぐにその理由を思い出し、状況を何となくだけど把握してしまった。


助けてくれる人がいるのに、巨大カマを振られ『殺す』と言われただけで記憶が吹っ飛ぶような、そんな笹川京子ちゃんみたいなヒロインだったらどれだけ幸せだっただろう。いっそ忘れたかった、文字通り絶体絶命の危機を二回も潜り抜けたことを思い出して、私はどうしようもない恐怖を感じた。

一体どういうつもりで私はここに寝かされているのかは分からないけれど、どうやら私は生かされることになったらしい。加えて状況から察するに、私がいる場所はまだ雲雀恭弥の家の一室なんだと思う。和風なこの部屋は、どう考えても病院には見えなかった。

ご丁寧に治療まで施されているのか、視線を下の限界にやると、殴られた頬の部分に白いガーゼが当てられている。はあ、と白々しいため息をつこうと試みたけれど、何故だか口からは息の音しか出ない。――殴られたって、声に支障がでるはず無いのに。


もしかして、あまりに強い恐怖を感じると声が一時的に出なくなるとか言う、あれなんだろうか。……いや、自分がそんなデリケートに出ているとは思えない。だけどそれ以外に心当たりなんかなくて、私は静かに瞼を閉じる。声を失うなんて、私は意外と女の子だったらしい。


う、あ、ととりあえず出せる音を模索していると、それまで注意を払っていなかった足音が、不意に私の耳に響く。
やばい、と、そう思った瞬間にシャッと清々しいほどすばやく開けられたふすまの向こうから、黒いズボンと白い靴下が見えた。しかし、ソレは気絶する前に見た雲雀恭弥のものとは違い、ボンタンと呼ばれる不良の特攻服として愛用されてきたタイプのものだった。私は一瞬で全身に侵食した恐怖を、意志の力でねじ伏せる。
ゆっくりと、その男の顔を見ると、凄く濃い目が、そこにあった。
濃い眉に、濃いもみ上げ。2つに割れた顎に、下のまつげが長い目。――草壁哲也、だっけ。私は心の中で、彼の名前を反芻させた。


彼は私を一瞥し目が覚めているということを確認すると、私の横に座る。私は恐る恐る彼の視線を伺い見るけど、彼の表情は曖昧で、いまいち感情を読み取れない。
同情しているような、警戒しているような、そんな曖昧な表情だ。――まあ、警戒するのは、当たり前だろう。

おそらく今まで進入したことが無かったであろう雲雀恭弥の家に侵入した挙句、咬み殺されることになった女。躊躇無く草壁の仲間である風紀委員メンバーを何巻だったか『土に帰れよ』と殺そうとしていたのに、生かされている女。怪しく思わないほうが不思議なぐらいだ。


きっと複雑な心境なんだろうなあ。他人事のようにそう思っていると、不意に彼の手が私の頭に伸びてきた。意思とは関係なく反射的に身をすくませた私を見て、彼はいったん手を引く。そして今度はゆっくりと手を伸ばし、私の額を覆った。
思わずギュッと閉じた目を再び開いたとき、彼はなぜだか少しだけ悲しそうな顔をしていた。


「痛むか?」


低い声が少しだけ優しげで、私は少しだけ驚く。
そういえばトリップした際の彼らの声がどうなっているのかなんて、正直考えたことが無かった。
あまり草壁さんの声を注意して聞いたことは無かったけど、これは声優さんの声なんだろうか。私は彼を興味本位で見つめていたけど、彼は答えない私に『痛みはある』と判断したのか宥めるように頭を撫でる。気付けば、彼がまとっていた警戒心はすでに解かれていた。


実際体が痛むのは真実であり、一片の嘘もないのだからと、私は弁解するのをやめた。というより、声が出せなくて弁解の仕様がなかった。こんなに楽観的に物事を考えれるのなら、声くらいでたっていいのに。
「う、あ」と声を出す私に、彼は何かを察っしたらしかった。


「…話せないのか?」

問われたので、私は痛みに表情を引きつらせながら頷いてみせる。体を少し動かすたびに、軋むような痛みを感じるのは疲労のためか、緊張感のためか私には分からない。
動けない私に同情してか、彼はポツリ、ポツリと言葉を選びながら、ここに来た経緯等を話してくれた。

雲雀恭弥の連絡でここ、雲雀恭弥の自宅であるマンションまできて、血まみれの私を見たこと。(雲雀恭弥の家は並物高台に建てられた高層マンションで、今は一人で最上階に住んでいるらしい)
そして雲雀恭弥の“気紛れ”により、私は事情説明のためにここに残らせるという決定事項が伝えられ、私が動けるようになるまで世話を任されたこと。
云々。


なんでも、私の手当ては草壁さんがしてくれたらしい。私はうまく発することの出来ない言葉で一生懸命お礼を伝えると、彼は少し頬を緩めた。言葉にならなかったはずなのに、どうやら彼に伝わったらしい。


何故伝わったのか分からない私に、彼は妹がいると言うことを教えてくれた。年の離れた妹を、ネグレクトを思わせる育児放棄をした両親から守り世話をしてやっているらしい。

まさか、風紀委員である彼にそんな優しい一面(いや、でも妹はいそうな顔はしているけど)があるとは思えなくて、何の反応も示すことができなかった。
だから、俺は任された以上お前を責任を持ってみる。と、わけのわからない関連付けをして、彼は私を安心させようとしてくれているのか、優しく微笑む。
私はそこで始めて、自分の顔が引きつっていることに気づいて。少し時間はかかったけど、彼に答えるように、笑って見せた。


「あり…っ、と」
――ありがとう。

私はそう伝えると、彼は少しだけ表情を緩めて、気持ちを切り替えるように咳払いを一つした。そして急にまじめな顔つきになり、私に向き直った。


「とにかく、お前が何故委員長の家にいたのかは分からない。…が、委員長はひとまず今はお前を殺す気はないとのことだ。安心して、療養しろ」
「……」

「俺は正直生き残ったお前が信じられないがな。それでも、せっかく永らえた命だ。大事にしろ」
「……、ん」

「俺は料理が苦手でな。こんなものしか買ってこれなかったが、好きなものを食え。…今、体を起こしてやる」


私は激痛を唇を引き結んでかみ殺しながら、彼に状態を起こさせてもらう。
畳の上には病人(というよりけが人)を気遣ってか、ゼリー系のものと、おにぎりが置いてあった。私はその中のみかんゼリーに手を伸ばそうとすると、私より先に彼が拾った。
べリッと蓋を剥いてくれ、透明の、あのコンビニの小さなスプーンでソレをすくうと、私の唇に押し当てる。つるん、と入ったみかんゼリーは、昔母親が風邪のときに食べさせてくれたあのままの味だった。私は熱くなった瞼を誤魔化せずに、涙を零してしまった。

帰りたい。帰りたい。帰りたい。
こんなに痛いだけの世界なのだとしたら。…ううん、もし甘い世界であったとしても、お母さんと、家族と一生会えなくなる世界なんて嫌だ。向こうの世界にいたときは疎ましくも思ったりした事もあったけど、今なら、その大切さが分かるから。

泣き出した私を、困ったように草壁さんが支えてくれる。
私はずっとずっと泣きじゃくった後、泣き疲れてまた、彼の手を借りて布団の上に横になった。
(08/09/20)


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