旧式Mono | ナノ

(4/63)

「前から思ってたけど、やっぱナマエちゃんの脅えた表情っていいよね」


にこやかに吐き出された彼の言葉に、私は返す言葉が見つからない。
いや、見つからないといえば語弊があるのかもしれない。現に私は、『ふざけないで』と、彼に言いたくてたまらなかった。
なのに私の体は、手の中から滑り落ちたスズメのように小刻みに震え、のどから声を出そうとしても微かな息の音がひゅるりと口から零れるだけ。真っ赤に染まった手は、まるで真冬に半そででいる時の様に震えて、鳥肌が立っていた。…怖いと、そう感じた。


リアルな血と、死ぬはずも無かった動物の死。他人事とは思えなかった。ダメだと思うのに自分の結末を想像してしまい、背筋がすぅっと寒くなった。
いつのまにか正面に移動してきた彼は、怯え切った私を楽しげに見下ろす。元がいいせいか、その微笑みをたたえて銃口を向けてくる姿は、恐怖を越えて戦慄が走った。
貞操の危険から、一気に命の危険へとチェンジするものの、あまりにも日常離れした話に、頭が追いつかない。……当たり前だ。日常だと思っていた一日に、突然銃だとかストーカー染みたコスプレだとかが出てきたんだ。現実味がないにも程がある。
平和な国に生まれて平穏に育った一介の高校生の私には、夢だといわれた方が納得がいく光景ばかりだ。


だけど、広げた掌はまごう事なく本来の肌色とは別の色に染まっている。
今まで擦りむいたり、かさぶたを引っぺがしたりして見て来たような、そんな暗紅色の赤色なんかじゃない。それはまるで、ルビーのような。透き通った鮮やかな、赤色の液体。血。
自分のものではない大量のそれに、冷静な判断力を削ぎ落とされていく。恐怖が体を支配して、思うように足が動かない。


彼はそんな私をまるで舐め回すように見た後、おかしそうに笑った。意思とは関係なく恐怖を感じ、とうとう私は笑い出した膝で支えきれなくなり、地面に崩れ落ちる。鈍い痛みが下半身に走り、顔が歪む。彼は私と視線を合わせるようにしゃがむと、にこりとした表情のままで、私に黒塗りの銃を正面から突きつけた。

視界の端に掠めているスズメの暖かさと小刻みな震えが脳裏を掠め、瞬きした瞬間に涙が零れ落ちた。



死にたくない。


体を支配する感情は、最早それだけだった。
この人が狂気に満ちたコスプレ野郎だろうが、はたまたどこかの三流小説のように異世界からきた人間だろうが、関係ない。どんな人間だろうと、目の前にいる男は私を殺そうとしている。実に楽しげに、私に銃を突きつけれいる。
悲鳴をあげて助けを呼ぼうにも、暴れた瞬間引き金を引かれるのなら声も出せない。・・・いやその前に、声自体でない。



私が言葉が出せないでいることを察したのか、彼は私を宥める様に頭をなでる。
しかし私にとってそれは恐怖でしかなく、震える唇から「や、」という拒絶の声が零れただけだった。


「無理に喋らなくてもいいよ。だって、もともとナマエちゃんに拒否権なんてないからね」


諦めたように彼はそうつぶやくと、震える私の体を支えるように、背に腕を回す。
しかし、抱きすくめられるような格好になっても、背中には常に硬いものが押し付けられている。冷たいものが、背筋を駆け抜けた。ゾクッと、気持ち悪いものが背骨に沿って下から上へと這い上がり、私の腕には一瞬で鳥肌が立つ。
嗚咽が零れそうになるのを、ギリギリの所で押さえ込む。こんないい加減な奴相手に泣きじゃくるのは、嫌すぎた。
私は唇をかみ締めて、嗚咽を噛み殺す。悔しい。何で私はこんなに無力なんだ。銃を突きつけられたら借りてきた猫のように大人しくなって、苦手な現実の男に抱きすくめられても突き飛ばすことすら出来ない。鳥肌が立つのに、声一つ出せない。



「……はな、…し、て」

震える声でようやく私は感情を言葉に乗せる。だけど彼は黙れと言うように、銃を押し付ける力を強くするだけだった。
悔しくて、情けなくて。我慢できずに、私は再び涙を落とす。はた、と零れた涙が彼の白い服を汚したのが見え、ザマミロと心の中だけでも嗤ってやった。


「信じなくていいし、聞き流してくれてかまわない。僕が勝手にしゃべるから、どう思うかはナマエちゃんの自由だよ」


彼はそういうと、私から体を離し(だけど銃口だけは離さずに)、私に微笑みかけてから、言葉をつむぐ。
スケールが大きすぎて何がなんだか分からない彼の話をまとめると、どうやらこういうことらしい。


 地球は一つではなく、様々な時空に地球と同じものが存在する事。
 それらは相互的に干渉出来る位置にあって、時にこちらの一部の人間の『夢』や『発想力』などとして情報が流出していること。
 それが漫画や本などで見ている想像、創造の世界と言われる部分であり、二次元の世界という世界であること。
 そしてその場合における主人公は情報流出の断片であり、決してその世界における『絶対的勝者』ではないし、ましてやソレが『揺るがない真実』ではないということ。なので、外部からの接触。つまり私の住んでいるこの世界の人間が介入すれば、いともあっさり、状況は変わってしまうということ。

そして彼らのミルフィオーレ側は、考えたらしい。
10年前のボンゴレがいわゆる『未来編』の世界に来て、こんなにも戦場を変えてしまえるのなら。ミルフィオーレも、その10年前のボンゴレがくるリング戦より前の世界に行き、過去自体を変えてしまえるのではないか、と。


……という設定が、彼の中で起こっているらしい。


よくもまあそんな、三流夢小説家がでっちあげたような薄っぺらい世界観を恥ずかしげも無く演じられるな、と、思わずにはいられない。
彼の話を聞くうちに冷静になった私だったけど、すぐに銃の存在を思い出しすぐに恐怖に身を縮ませた。逆らったら、殺されるのだ。其れがある以上、私はとりあえず彼の世界観を演じなければいけない。嘘だと分かっていても、生き残るためには、其れしかない。

『気をつけてね』と、私を見送ってくれた母親を思い出して、思わず涙が出た。『今日の朝食はホットケーキだから、気分が悪くならないうちに帰ってくるのよ』と、呆れたように見送ってくれた寝惚け眼の母を思い出す。――帰りたい。家に。


大人しくなった私を余所に、彼は空いている片方の手を大きなボストンバックの中に手を突っ込む。そして白いシャツと緑がかった濃い灰色のスカートに、黒いベスト、赤いリボンを投げてよこした


……着ろ、と。…ここで?
目を見開いた私に、彼はうん、と愉しそうに銃を突きつけながら頷いてみせる。この変態野郎、と胸の中で毒づく。
私は地面を睨みながら、自分の着ていたパーカーに手をかける。大丈夫。付き合ってたあの人に、下着姿以上のものを見せたじゃないか。今更下着姿を男子に晒したって、恥ずかしくない。
…そう、震える指で必死にパーカーのすそを掴みながら、何度も自分に言い聞かせる。暑くなるからと言ってキャミソールを着てこなかったのを、こんなに後悔したのは初めてだ。
私は出来るだけ彼に見られる時間が少なくなるように手早く着替える。見る分には好きにしたらいいかと思うけど。コスプレなんか、絶対にしてやるかと思っていたのに。
セーラー服の高校に通っているせいか、中学ぶりのブレザーを着ることに羞恥心を感じ、思わず表情がゆがむ。恐怖と羞恥が入り混じって、どうしようもなく泣きたくなった。
彼はそんな私を見ると、「似合うね」と嬉しそうな笑顔でそう言って、続けざまにボストンバックから馬鹿でかい銃を取り出した。


…どうやら、この大きいバックを占領していたのはこのオレンジ色の銃のだったらしい。彼は持っていた黒塗りの銃をベルト部分に差し込むと、今度はそちらのほうを私に向けた。


「君の仕事は、このトリップバズーカで僕ら世界に行って、ボンゴレ最強の守護者に何らかの変化を与えることだよ」

彼はそういうと、ジャキ、と銃の安全装置をはずす。
そんなものをぶっ放したら、私は確実に死ぬ。だって、ありえないでしょう?漫画の中ならいざ知らず、リアルで撃たれても死なない銃なんて。ましてやバズーカーという大きさの銃でなんて。


「い、や…っ!」

心よりも先に、体が動いて、私はその銃を突き飛ばした。なんてことをしたんだろうと、そんなことを思う前に、私のすくんでいた足は恐怖に突き動かされるように立ち上がる。
しかし、一歩踏み出すか踏み出さないかの瞬間、パン、というはじける音とともに、私の髪の毛の下の部分が跳ね上がった。チリッとした音ともに、火傷しそうなほどの熱が首筋に孕む。


「ッう……あ」

首筋に手をやると、パーカーで拭った雀の血の上に、また赤い液体が付着していた。そして後れて、切り付けられた様な痛みが首にじわりと広がる。事実に気づいた瞬間息を呑み、叫ぶ悲鳴すらも恐怖の中に掻き消えてしまう。
ジャキ、という音がもう一度し、私は白い彼、白蘭と名乗った男を見る。彼はにこりと、でもどこか寂しそうな表情で微笑むと、小さく、呟いた。



「またね」



爆発音のような音と共に、腹部に強い圧迫感を受けたかと思えば。ふわりと暖かい空気が、私の恐怖ですくみきった体をほぐすように優しく包んだ。
死んだのだろうか。と、私はおもわずぎゅ、と瞑っていた目をあけると、そこは清潔感漂うクリーム色のタイルが目に入った。白くかすんだ生暖かい空気に、私は思わず震え続けている肩を抱きしめる。湿度がこもったあたりを見渡して、思わず目を見開く。


背にしていたはずの木は、白い浴槽……しかも高級ホテルのお風呂のような、そんなでかい浴槽に変わっていた。
ふと自分の目の前にはポスターがあり、そこには女の子が描かれていた。瞳は大きいものの、まつげはそこまで長くはない。漫画の画調にしては、背景にされてそうな女の子だ。
何でこんなもの。と、手を伸ばそうとすると、ポスターの中の女の子も、私の動きに合わせて手を伸ばす。「ヒッ」と引きつった悲鳴をあげながら鏡から一歩後退すると、彼女も一歩下がった。
…え。と、私は声には出さず口パクで呟く。彼女も、私と同じように口を動かした。
私の理解が進まないうちに、彼女の後ろに黒い男が描かれていることに気づく。裏地が赤い、長すぎる学ラン。その男は銀色の棒を腕に装備し――高く高く、振り上げていた。



「っ、!」

思わず飛びのくと、私のいた場所に、ポスターに写っていたのと同じ白い腕と銀色の棒が振り下ろされていた。
目の前に振り下ろされたそれは、見たことがあるものだった。いや、実際に見たことは無いけど、これは紙面では何度も見たことがある。……トンファーと呼ばれる、沖縄古来の武器だ。


「君、僕の家で何やってるの?」

怯えたまぶたを押し上げれば、絡んだ視線はとても冷たく。
聞くもの全てに恐怖を植え付けるような、冷ややかな声が、凛と響いた。
(08/09/21)


戻る?進む
目次



--------
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -