旧式Mono | ナノ

(3/63)

妙な沈黙が、二人の間に走る。


彼の格好を、私は知っていた。というか、いろいろな意味で見たことがあった。
私の携帯のブックマークフォルダの最上階に入れている、今一番はまっているジャンルの漫画『家庭教師ヒットマンREBORN』。その中に出てくるとある登場人物と、彼の風体はありえないほど一致している。外国人がやっているせいか、その似具合も半端じゃない。
しかしコスプレだと問えば、彼はきょとんとした表情をされてしまい、今度は私が途方にくれた。え、何この人。偶然の産物でこんなに漫画のキャラと似ているの?――え、いや、其れは無い…!


私は『偶然の産物案』を一瞬で却下すると、彼のオーラに巻き込まれないように気を引き締める。
最近私もこの漫画の21巻を買ったけど、見れば見るほど「ここまで彼を忠実に再現するなんて凄いなあ」と思わずには居られない。
彼の指にはまった指輪は、まるで本物のマーレリングみたいだった。……あれでも、これってまだ商品化されて無いよね?…もしかして、彼の自作だろうか。今は銀粘土というもので指輪も簡単に作れるらしいし、石はその辺で売っているもので代用すればいい。……オタクの執念って、凄いなあ。と、ちょっと真剣に感動した。
というか、こんなにかっこいい(というか本物っぽい外国人の)コスプレイヤー様が居るのにも、正直驚きだ。以前間違って入ってしまったコスプレサイトでも凄く美人の人がいたし、案外この世界もデブ男がしゃしゃってしまう世界じゃないのかな、なんて。

そんなことを思いながら私は、彼を見つめ返す。彼は少し困ったように眉根を寄せつつ、それでもやはり笑っていた。



「ナマエちゃんはどうしたら信じてくれるのかなー」

「……いや、信じるって何のことですか。…あれ?そういや何で私の名前――」

「ナマエちゃんはナマエちゃんでしょ?僕は何でも知ってるからね、君の事」
「…」
「言ったでしょ?将来愛し合う仲だって」


いけしゃあしゃあ。
その言葉が一体どんな意味を持つのか、どういった意味でその言葉が作られたのか私は知らない。だけど、私はこの言葉がこんなにも似合う人は、初めて見た。
初対面の人間に【未来で愛し合う】とか気持ち悪いことを平然と吐く。そして一体どこで調べたのか名前まで調査済み。ランニングコースの住人だったら名前を知っているかもしれないけど、生憎私はこの人と面識がない。……誤魔化しようのない悪寒がして、表情は素直にゆがむ。どうしよう…この人、絶対に危険な人だ。

後ずさりした私を引き止めるように、彼は私の肩口に手を当てる。思わず息を飲んだ私に、彼は笑顔に少しだけ別の色をにじませた。困ったような、悲しそうな。――でもそんな顔をされても、こっちだって現在進行形で困ってる。大体今の私はリアルの男とはあんまり関わりたくない心境なのに。初対面の男にこんな感じて肩を取り押さえられるように掴まれていると言う現実に目眩がする。――どうしよう。すごく、嫌だ。気持ち悪い。例え相手が、悲しそうな表情であったとしても。


私はほだされかかった緊張感を引き締めると、好戦的な瞳で彼を見た。
いくら完全無敵みたいに描かれている白蘭のコスプレをしていたって、所詮オタク。対して私は確かに夢小説を見る隠れオタクだし文化系ではあるけど、体力はその辺のオタクより自信がある。
こうやって睨んでおいて、こちらが強く見せておけば、弱いオタクなら一瞬隙が出来るだろう。その一瞬で――ダッシュで、逃げる!


「今逃げるとか考えたでしょ?」
「…そんなこと思ってません」
「嘘をつくときに右斜め下を見る癖は十年前から変わってないんだね、ナマエちゃん?」
「十年前って、未来編の設定ですか。え、ちょ、悪いんですが本誌ネタバレとか無理なんで。本当に勘弁し」


てください。と、言おうとした瞬間に、こめかみに冷たいものが当たる。
ガチャ、と金属と金属が触れ合うような重い音がして、私は目だけをそちらに向ける。彼の白い袖はまっすぐにこちらに伸びていて、ソレは私の視界ぎりぎりを覆う黒色に繋がっている。一瞬、恐怖を感じた。


「逃がさないよ」


何の脈絡も無く。というか、この人は私の話を聞く気がないのかというほどあっさりと【ネタバレ拒否】発言を無視すると、黒塗りの銃のオモチャを突きつけた。…あまりのタイミングで、一瞬本物かと思ってしまった。現実と二次元をごっちゃに考えてしまうなんて、私も色々末期らしい。この状況から抜け出したら、少し夢小説ライフを自粛した方がよさそうだ。


本物な訳が無い。最近は銃を使った事件があって取締りが強化されたみたいだし、そもそも日本で銃を入手するのは難しいらしい。
仮に入手方法が合ったとしても、コスプレをするような人の持っている銃なんて、銃型のライターかモデルガンがいいとこ。緊張をほぐすためにわざと息をつくと、白い彼は笑った。とてもとても、皮肉げな笑みだった。


「本当は匣でやりたいんだけど、この世界と僕たちの世界は構造が違うからね。ここではリングも、匣も使えないんだ」
「設定解説はいいですから、少し離れ…てください」

「信じてないんだね?…ハハッ、ナマエちゃんらしい」
「やめてください。人を呼びますよ」


そろそろ限界だ。
何でだろうか。別に好きでも嫌いでもないのに、この白蘭コスプレをしている人を見るとイライラする。
原作に忠実な『人の話を聞かない』という設定は、リアルでやられるととても腹立たしい。今なら、正一がお腹痛くなるのも分かる気がする。
苛立ちのこもった瞳で彼を見ると、彼は一瞬で微笑をその顔から消した。顔立ちが整っている分、その表情は冷淡に見え、私の背筋には苛立ちとは別なものがゾクッと走る。――怖、い。
私は水色の瞳を見返しながら、ようやくこの人物が『オタク』という意味ではない、『危害を加えてくる』という意味で危険であることを理解した。
どうしよう。殴られるのか。――それとも、無理やり脱がされる、とか?もしかしたら、殺されるのか。

そんなの、嫌だ。


「っ、」


隙を突くつもりだったけど、今は一刻の猶予もなかった。男の人と足で勝負して勝てるかは分からないけれど、それでも逃げ切れるかもしれない。
私は彼の体を力いっぱい押しのけると、暴れると予想していなかったのか彼はよろけながらもあっさりと後ろに下がった。その瞬間、私は彼に背を向けて走る。幸い彼は追いかけてくる気配はない。私は一度も振り返らなかった。怖くて、声を出すことさえできなかった。


とりあえず林を抜けようとまっすぐに走る私が、彼との距離確認しようとしたその瞬間、近くの木から不思議な音がした。
ビュ、みたいな。口ではとても表現し切れない音に、私の足は思わず止まる。そこには、一センチくらいの、穴が開いていた。え、と心の中でつぶやくと同時に、パンという弾ける様な音と、ビャ、というへんな音がして、今度は私の視界を茶色のものが一瞬視界を上から下へと掠めた。
視線を下に向けると、雀がピクピクと羽を動かしながら落ちていた。思わず持ち上げた雀は暖かかったのに、私の手には暖かい赤い血がついて、ソレが腕へと伝った。


「逃がさないって言ったよね、ナマエちゃん?」


無邪気な声が、私の背後からそっと呟かれる。
私が事の重大さを理解するのと、左側の背中――つまり心臓の裏にゴリ、と硬いものが押し当てられたのは、ほぼ同時だった。
(08/09/20)


戻る?進む
目次



--------
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -