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 “何があっても大好き”


 一歩間違えば重いとも取られかねないその言葉は、現代においてかなり有り触れた言葉になっている。どれぐらい有り触れているかというと、引用符で囲って検索サイトにかけたら約百万件ヒットする位だ。……まあ3億の“好き”と1.5億の“大好き”、1千7百万の“愛してる”に比べたら少ないけれど。

 かくいう私も、それを“有り触れた言葉だ”と感じ軽視している人の一人だった。何となく盛り上がっちゃった恋人同士や家族が口にする台詞だという程度の認識。実行することの難しさなんて微塵も考えず、私は軽々とその言葉を口にしていた。その言葉の難しさも、言われたほうがいつまでも覚えているということなど、考えもせず。




 Partnar 01




「君達はまるで恋人同士だな」


 冷やかすように弾んだ声に振り向くと、そこには3年ぶりに会う恩人がいた。旅に出てから定期的に連絡は取り合っているけど、面と向かって話すのは本当に久しぶりだった。年上ではあったけれど以前はいくらか子供の無邪気さをその表情から感じさせていた彼は、見ない間に随分と落ち着いたように思える。優しいく実子を見守るような温かさが、なんだかこそばゆい。自然に微笑んでしまうのは、彼が微笑んでいるからだろう。「お久しぶりです、デンジさん」抱き付きたい衝動を我慢してそう笑ってみせると、彼は頭1つ分ぐらい小さい私の頭をぐしゃぐしゃにしながら声を出して笑った。


「ハッハッハ!オレの嫉妬は無視か!そういえばさっき後ろから見てて思ったが、背が縮んだんじゃないか?名前」

 落ち着いたと思ったがやはり根は変わらないらしい。真剣な時とこうしてジムリーダーという職務から離れた時の差はやはり3年前と何ら変わってはいない。「黙って立ってればかっこいいのに」というのはナギサシティーの奥様方の総評だ。外見は冷静でありそうなのにその実中身はとても情熱的な人だということはナギサシティーでは周知の事実だった。


「3年ぶりですから!背は縮んでないですよ!…多分レントラーのほうが大きくなりすぎたせいです。コリンクの時は小柄だったのに、進化したらとたんに大きくなって」

「あーそのせいか!俺がお前に預けたときはまだタマゴだったのにまた随分と大きくなったな。下手したら俺のレントラーより大きいぞ」
「ジョーイさんが言うには、ちょっと大柄な子みたいです。小さいポケモンは自分から逃げ出しちゃうので、かなり頼もしく成長してますよ!」


 おとなしくグシャグシャにされながら、私は久しぶりの再開に胸が熱くなる。
デンジさんは、ここの先にあるナギサシティーの言わずと知れたジムリーダーでとても強い電気ポケモン使いだ。そして私が一文無しでこの世界に来たときに、助けてくれた人でもある。彼は、ほんとうに不思議な人だと常々思う。停電を不定期に起こす彼はナギサシティーに居ない人から見れば『迷惑な人』と取られがちだけど、実際渚に住んでいる人たちで彼を嫌っている人はそうそう居ない。『困ったイタズラ坊主』としては有名らしいしスネると長引くらしいけれど、彼は実際とても優しくて人望も厚い人だ。――そうじゃなきゃ、いくら強くても街の顔と行っても過言ではないジムリーダーは勤められない。

 ちなみにこの世界では唯一無二の家族であるレントラーと出会ったのも、この人のおかげだ。ゲームとしてのポケモンではなく生き物としてのポケモンは全く無知だった私に、大切なタマゴを預けてくれた。修行にも付き合ってくれたし、登録には戸籍が必要なトレーナーカードも多少職権乱用しながらもとってくれた。今私がこうして生きていられるのは、彼のおかげだった。



「ナギサを通るなら連絡ぐらいしてくれ。今日はちょっと工具買い足しがてら散歩に来てたから会えたが、そうじゃなきゃ後2年は会えなかったぞ」
「あ……すみません。レントラーがリッシ湖に行きたが……痛っ。ちょっレントラー何すんっ、い゛っ」

「彼氏がご立腹みたいだな」


 そう言いながら、デンジさんはオーバーすぎる動作を交えつつパッと私から手を離す。途端に甘噛みしていた腕から口を離すと、ぐーと不貞腐れたように喉を鳴らした。その頭を軽く撫でてやると、顔を背けられる。……デンジさんが言うとおり、本当にご立腹みたいだった。


「あーごめんごめん!別にレントラーのこと無視してたとかじゃないよ!」
「グゥー」

「ハハハ、本当に仲がいいな。レントラー、元々は俺が親だってこと忘れてるんじゃないか?」
「笑い事じゃありません。この子ふて腐れると本当に長引くので……」


 ……そういうところは、親(デンジ)さんと似ているんだろうか。いやでもデンジさんがいじけると長いというのはナギサのおばさんに聞いた話だし、聞いたのも三年前だから今とは違うのかもしれない。
 そんな事を考えながら必死に撫でているとようやく機嫌が戻ったのか、鼻先を頬に摺り寄せてきてくれる。――よかった、と心の奥で安堵する。勿論、レントラーが本気で私に怒っているんじゃないことは分かっていた。……だけどつい不安になってしまう。家族がまた悲しんでしまうのは、私にとってはとても怖いことだった。



 旅に出てから半年ぐらいの時の事。
まだコリンクだったレントラーが、自分だけで木の実を取りに行ったことがあった。私は彼が迷子になったと勘違いして暗い森の中を探しまわり、結果崖から落ちてしまった。奇跡的に大事には至らなかったけど、あの時のレントラーの顔は忘れられない。――泣いていたのだ。頭を垂れて、まるで自分のせいだと自分を責めているように。

 其れまで私の慣れ親しんでいたドウブツは表情は多少あるけれど、感情が理由で涙は流さなかった。でも、ポケモンは違っていた。笑顔なら笑顔と分かるし、涙だって流す。……その人間のような豊かな感性に、私はいつしかもう会えなくなってしまった家族を重ねるようになった。――今思えば、それからだった。レントラーが、ボールに入ることを嫌がり私の側から一時も離れなくなったのは。



「……どうかしたのか?」
「……え?あ、いや……何でも無いです」

「あんまり無理すんなよ。何かあったらすぐ連絡してこいよ。そのためのポケギアなんだからな」
「はい、ありがとうございます」


 このポケギアは、旅に出るときにデンジさんから貰ったものだ。ポケギアは携帯電話とは違い月々の通話料とかそういうものがない、私の居た世界でいうトランシーバーの遠くバージョンのような物らしい。……詳しいことは知らないけれど。私はこれで月に一回、定期的にデンジさんに連絡をいれることにしている。登録してある番号はたった2件だけ。ポケギアがまだシンオウに進出し切れていないのもあるが、ただ淡々とこのポケモン世界を旅してきた私には無用の長物だった。


 だけどデンジさんだけは別だ。月に一回じゃ少ないと、大体1週間から2週に一回くらいは彼の方から連絡が来る。でも何時もレントラーがジャマをするため、そんなに長くは話したことはない。私の話し相手は色々居るのに対し、彼の話し相手は基本的にトレーナーである私一人だから少し寂しいのかも知れない。ポケモンがそんな感情を抱くのかは、いまいち分からないのだけど。

 そういえばデンジさんにそう相談した事もあったけれど、彼は笑うだけでその件には言及しなかった。「できればレントラーが寝てる時にかけてくれ」と、一言添えただけで。



「……本当に、本当にありがとう御座います」
「どうした?」

「いえ、懐かしくて……。思えば、お世話になったお礼もろくにせずに旅に出てきてしまいましたし……」
「そんな事気にすんな。お前が悪いわけじゃないし、そもそも俺が強引にやったことだ」

「……“ナギサで餓死者が出たら困る”、でしたね」
「ハッハッハ、よく覚えてたな。最もあの時は俺が退屈で死にかけてて、ただ刺激がほしかっただけだったんだけどな。今じゃあコウキ……おっと、チャンピオンを筆頭に強い奴がバンバンでてきて楽しい限りだ」

「何よりです。ナギサもここ3年は停電してないってノモセで聞きました」
「停電したら強いヤツと戦えなくなるからな!」


 熱いテンションで拳を握る彼に、思わず笑ってしまう。だけど笑いながらも、寂しいような歯がゆいような感覚が胸を襲って思わずぎゅうとレントラーに右手だけしがみ付いてしまう。何故こんな気持ちになるのか分からなかったが、昔のことを思い出してしまったらしいという結論に落ち着いた。デンジさんを大切に思えば思うほど、たった一瞬で家族や友達との会い方が分からなくなった恐怖や、一人ぼっちの一文無しで生きていかなければならないと思ったときの恐怖を思い出してしまうらしい。



 そんな私の変化を感じ取ったのか、レントラーは私の顔をデンジさんから隠すようにじゃれる。「うわっ、レントラー前が見えない!」という言葉は、自分でもウンザリするほど白々しかった。本当は自分から抱きつきたくてしょうがなかった癖に、私の口からはまるで反対の言葉が流れ出す。

 本当は、こういう感情をデンジさんにいえたらいいのに。そんな風に思いながら、私はちらりとデンジさんの顔を見る。デンジさんは苦笑しながら、「お前ら本当に仲がいいなあ」と肩をすくめていた。そんな様子を見て少しだけ胸が痛む。こんなに良くしてもらっていながらも、私はデンジさんに隠し事ばっかりしている事実が何だか後ろめたかった。



 コリンクを探して崖から落ちたとき、私は当たり前のように病院に搬送された。
ポケモンセンターにいけば無料なポケモンとは違って、人間はかなりお金がかかってしまう。症状としてはひびが入っただけだったのに、数日意識がなくて入院したことや脳の検査もされていたために保険がきかない私の治療費はかなり高額なものになっていた。とりあえずその場は入院中に仲良くなったホウエン地方の人の好意に甘えさせてもらい事なきを得た。

 返さなくてもいいと何度もテレビ電話越しに苦笑されたけれど、先日何とか完済することができ今に至る。けれどそんなことの顛末を、私はデンシさんに知らせてはいない。月に一回以上電話していても、私は骨折した事実すら彼に伝えていなかった。心配させたくなかったのもあるし、何より迷惑を掛けたくなかったのだ。無理してトレーナーカードを取ってくれた彼のことだから、保険関係のものもまた無理してとろうとしてくれるかもしれない。



 少しだけでてきた涙を、レントラーの大きなザラザラした舌が舐めとる。ぎゅうと抱きしめると、その温かさに少しだけ落ち着いた。彼が私に対してそうなように、私もまたレントラーに依存していることに気付き始めたのは本当に最近のことだ。デンジさんは私たちのことを恋人同士といったけれど、あながち間違いじゃない。普通なら人同士に求めるような心の安らぎまで、私は彼に求めてしまっているのだから。

 乾いた彼の舌が、水分を追う様に目を執拗に舐める。ああそうか。



「ごめんねレントラー。そういえば、此処に水を飲みに来たんだったね」
「水?」

「あ、はい。私たち湿原からずっと歩きづめだったので、水分補給のために寄っていたんです」
「……名前」

 不意に、彼はあきれたような怒ったような表情を浮かべた。そして水面から遠ざけようとするかのように、少しだけ二の腕を引かれ彼のほうに向き直された。

「…えっと、なんですか?」
「あのなぁ……いくらリッシ湖が綺麗だからって人、ましてや結婚前の女子が飲むには適してないぞ。これでも飲んどけ」

「あー…でも、それデンジさんのじゃ、」
「飲みかけが不満なら新しく買ってこようか」

「い、頂きます!」


 デンジさんが差し出したペットボトルを慌てて受け取ると、2口くらい喉の奥に流し込む。――正直、生き返った。途中からレントラーが運んでくれたけれど、蒸し暑い湿原に足を取られながらの移動は結構骨が折れたのだ。途中でレントラーがおぶってくれなかったら、私は今でも泥の中に埋まっていたに違いない。

 自分の飲んだ場所を軽く拭いてからキャップをしてデンジさんに渡すと、もっと飲めと突き返されてしまった。……そんなに、もっと飲みたいというのが表情に出ていたんだろうか。恥ずかしさにうつむく私の頭を軽くたたくと、デンジさんはキャップを取って無理やり私の唇に押し当てた。突然のことに驚く私に、容赦なくペットボトルを傾ける彼は心なしか楽しそうな表情をしている。――本当に、デンジさんは3年前と変わっていないなぁとぼんやりと思った。私がこのポケモンのいる世界に来た日、遠慮する私の口に同じように食べ物を詰め込んだことがあった。……あの時は、むせて死ぬかと思ったけれど。


「これぐらい飲まないと、脱水になるぞ」


 結局半分くらい残っていた500ミリペットボトルの水を全部飲むと、彼はようやく私を解放してくれた。確かに喉の渇きはちょうど潤ったけれど、飲み方が飲み方だっただけに少し疲れた。水を飲まされたことはさすがに小さいころ以来で、恥ずかしさのあまり彼をまともに見ることができなかった。水面に顔をつけてペロペロと水をなめているレントラーの横に座り込みながらため息をつくと、デンジさんも並ぶように座る。触れ合った肩からデンジさんの体温が伝わってきて、それがとても心地よかった。デンジさんは私の唯一の人の家族だからだろうか。こうしてふれあっていると、なんだかとても甘えたい気分になってしまう。



「ん?なんか水面がやたら光ってるな」
「……え?」
「ほら、そこ」


 暖かい体温が気持ちよくてうとうとしていた私を起こすように、彼の肩が離れる。目を開けると、デンジさんは屈んで水面を見ていた。
 よく見れば、確かに水面にはキラキラした細いく短い糸のようなものが浮いていた。普通なら目立たないはずの大きさなのに、それ自体が光っているのか強い存在感がある。不意にその横で夢中で水をなめているレントラーの姿が目に入った。キラキラと光るそれを知らず知らずなめとっているレントラーに、思わず彼の背中の毛を引っ張った。


「……レントラー、場所変えよっか。ここの水、ちょっと変だよ」


 まだのどが渇いているのか不満げな視線を送ってくるレントラーを宥めながら、私はまだ浮いているそれに手を伸ばす。手にとったそれは、薄い桃色のような色をしていた。毛みたいだけど、なんだろうこれ。じっくり見ていると、不意に耳元に聞いたことのないような――いや、どこかで聞いたことがあるような声が響く。そしてそれと同時に、私の体が息つく間もなく突然宙に浮いた。



「名前!」
「え?」


 先に反応したのは、デンジさんだった。気が付けば訳のわからないまま、シャボン玉のような空間に閉じ込められていた。――息はできるけれど、それは湖の真ん中へと流されていく。下に落ちる想像をして、ゾッとした。
 レントラーに指示を出そうとした瞬間、バシャンと水の跳ねるような音がデンジさんの声と被さるように響いた。「レントラー」と呟いた声が聞こえたのか励ますためなのか、彼は大きく鳴くと鋭い槍のような電撃をシャボン玉ギリギリを掠めるように放つ。ジジッと焼けるような小さい音が、シャボン玉の中に響いた。


「レントラー、やめるんだ!そんなことをしたら名前が!」


 デンジさんの焦ったような声が大きく響く。その途端、私を浮かせていたシャボンがパチンと割れた。突然のことに私は大きく息を吸い込む暇もなく、派手な音を立てて水の中に落ちた。だけど不思議と苦しくはないし、水の感触もしなかった。反射的につむってしまった目を開けると、私は再びシャボン玉の中にいた。さっきと違う、ピンク色をした膜は指で押すとゴムのようにぐにゃりと伸びる。通気性のなさそうなその感触に、一瞬、窒息死という文字が頭を過ぎってゾッとした。そしてそれと同時にレントラーでもデンジさんでもない、透き通った声がシャボン玉を揺らすように響いた。それはとっても馴染み深いようで、全く馴染み深くないポケモンの声だった。私は、そうやって鳴くポケモンの名前を知っている。だけどそれは外(私の世界)からの知識であって、この世界じゃ名前も聞いたことがない類のポケモンだった。


「……ミュ、ウ?」


 恐る恐る振り返れば、私の脳裏に描いたままの姿のポケモンが優雅に水中を泳いでいた。クスクスと笑うように目を細めながら口を抑えるその姿を、私は小さいころ映画館で見たことがある。ポケモンの最初の映画、ミューツーの逆襲にでてくるミュウだ。……しかも、小野寺さんだかがやっていたあの声のまま、幻と言われるポケモンは私の目の前にいた。薄桃色の体は太陽の光を受けてキラキラと光っていて、くるりと回転する度にそのキラキラが水の中にゆらりと漂った。毛が、抜けているんだろうか。なぜだか冷静に、そんな考えが頭をよぎった。



 訳が分からなくなった私の横に、突然黄色い閃光が掠める。その勢いでシャボンが割れてしまい、私はもうミュウの姿は見えなくなっていた。大量の細かい泡が聴覚も視覚も奪い、どっちが上かも分からない。レントラーの名前を呼ぼうとしても、水の中では無駄なことだった。

 死ぬのかも知れない。そう思った瞬間、ぐいっと首根っこを何かに掴まれる。必死に上へと推し上げようとするその力は、どこか優しい。ああもう大丈夫だとどこかで安堵した私を、今度は人の腕が抱き起こした。



「ゲホッ、ゴホッ、ゲホッ……デン、ジ、さん?」
「しっかり捕まってろ!」


 厳しい口調で声を張り上げるデンジさんは、私を支えていない方の手でレントラーにつかまる。そして私をレントラーの上に乗せると、別の方向を睨みながら静かに「なんだアレは」と零した。――研究者でもない限り、名前すら知ることも出来ない空想上のポケモン。太古の昔絶滅したと言われている幻のポケモン。それがミュウだと、ポケモン図鑑か映画にあったような気がする。
 変な場所に入った水を咳き込むことで必死に出す私とは反対に、レントラーもデンジさんも一点を見据えたまま岸に上がろうとはしない。涙と湖の水で滲んだ視界で必死にそっちを見ると、ミュウはまだクスクスと笑っていた。水面を漂う細く短い糸……恐らくミュウの毛が、じわりと水に溶けていく。そんな様子を楽しそうに見ていたミュウは、まるで自己紹介でもするように一声鳴くと一瞬で姿を消した。


「なんだったんだ、今のは……ポケモン、なのか」
「……っレントラー!?」


 突然、レントラーが沈んだ。先程までしきりに動かしていた足はまるで硬直したように伸びていて、目は何かに驚いているように見開いている。――そういえば、さっきレントラーはあの毛を口にしていた。水に溶けたということは、体にあまりよくないものだったのかも知れない。


「名前!早くボールに戻すんだ!」
「も、戻ってレントラー!」


 半泣きになりながらも、私はデンジさんの言う通りに必死にボールを出しレントラーに向ける。しかし彼はいつもと同じように、モンスターボールの閃光を自らの電撃ではねのけた。私の体をデンジサンに預けるように押しのけようとするレントラーに、デンジさんは軽く舌打ちをした。



「チッ……出て来い、レントラー!助けてやってくれ」


 水面に、再び激しい水しぶきが飛んだ。そしてそれと同時にデンジさんのレントラーが、自身より大きい私のレントラーの首根っこを咥えた。安堵した瞬間に沈みかけた私を、デンジさんは抱きしめるようにして引き上げてくれる。力強い腕の感触に、私は涙目になりながら縋るようにデンジさんに抱きついていた。


「どうしようデンジさん!レントラーがっ!レントラーがっっ!」
「落ち着くんだ名前!とにかく岸に上がって、ナギサのポケモンセンターに急ぐんだ!」


 泣きじゃくる私を抱えながら、彼はほとりまで泳ぎ決して軽くはない私の体を押し上げる。ぺたりとへたり込む私に、彼は大きな手を差し伸べた。――この人は何時も私を助けてくれる。彼らの前での私はまるで子供のようだと思った。恐怖に足がすくんで、何とかしようと足掻くことなく誰かを頼りにしている弱い子供。……私は彼とレントラーがいなければ何もできない、本当にちっぽけで薄っぺらい人間だった。


 目に溜まる涙を拭ってから私はその手を力強く掴む。私がしっかりしなくちゃいけないと自分自身に言い聞かせながら、ふら付く足を必死に立たせる。そしてデンジさんにレントラーを任せると、自分が出せる最大限のスピードでナギサシティの方へ走った。



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