希う | ナノ

(2/5)

 何分ほど私はウインディの背中とグリーンさんの間で揺られていたんだろうか。「もうすぐ着くぞ」という彼の声で寝ぼけていたことに気付いた私が顔を上げると、そこは町というよりも村というイメージが強い場所についていた。「ここは」と思わず口にすると、彼は「マサラタウンだ」とはるか昔聞いたことがあるだけの町の名前を口にした。確かゲームの主人公の最初の町だったか。その程度の知識しかない私は、グリーンさんの腕越しに見える景色に記憶を重ねようとする。でも2Dの白と黒のドットで表現されたあの町と3Dの鮮明フルカラーな目の前の風景がどうにも合致しなくて、私は思い出すことをあきらめた。

 丘のような場所を越え、温かい雰囲気を漂わせる家がぽつぽつと集まる集落にたどり着くと、ウインディのスピードも弱まっていく。そしてその中の一角、白を基調とした清楚な外観の家の前でウインディは完全に静止した。ここが彼の家なんだろうか。そう思いながら彼を仰ぎ見ると、肯定するように曖昧に微笑み「降りれるか」と手を伸ばした。



「…えっと、ここは」
「マサラは田舎だからな。落ち着いて話せる場所なんて、家ぐらいしかないんだ」


 彼は困ったようにそういうと、まず自分が下りて私の体を受け止める。首筋に顔がいってしまい、髪にかかっているらしい淡い香水のにおいが強くなる。「ごめんなさい」とっさに離れた私に彼は苦笑すると、とりあえずはいるぞと肩を抱き寄せた。一度鼻についた香水の匂いは、なかなか取れない。匂いを感じれば感じるほどどこか懐かしい匂いのような気がして、ぞっとした。

 グリーンさんに肩を支えられながら入った玄関はこざっぱりしていて、あまり生活感を感じない。ただグレーの男性用の大きめなスリッパと、レースの付いた女性用のベージュのスリッパだけがこの家に帰ってくるものがいることを証明していた。女性用のほうのスリッパを勧められて履くと、驚くことにサイズはもちろんスリッパの中の指のへこみまでぴったり合っていた。その瞬間、私の中の何かが警鐘を鳴らす。状況の全てが私が彼の知る彼女であると証明しているように思えて、今すぐにでも彼の腕を振りほどいて逃げ出したかった。


「ここで座っててくれ。今、着替えと温かいものを持ってくる」

 
 しかし満足に動くことができない私がそんなことできるはずもなく、私は居間に通され高級そうなソファーに座らされる。今なら逃げれるだろうかと一瞬考えたが、私とグリーンさんの後にボールに戻ることなくついてきているウインディを見て無理だと諦めた。おそらく私の体調が万全だろうと、小象並のライオンを振りほどける脚力はない。

 彼は慣れた動作で空調のリモコンを手に取り、空に掲げる。ピという機械音がし、怖いくらいに静かな室内を小さな機械音が覆った。彼は私にそう言い残すとタンタンと本人の性格を示すかのような規則的な足音を響かせながら二階に上がり、ものの1・2分でまた戻ってきた。手には飽きようと思わせるワンピースが乗せられていて、グリーンさんはそれを詫びる様に頭をかいた。



「ワンピースくらいしかなかったけど、いいか?」
「…はい、ありがとうございます」


 できればジャージとか、露出を控えた服のほうがよかったんだけどなぁという文句を胸中にしまい、ありがたく受け取る。そこにはグリーンさんの服と同じ洗剤のにおいがして、ああここで同棲してたのかと今更のように思う。スリッパの時点で分かってもよかっただろうに。自分の鈍さをのろいながらふらふらと立ち上がる。グリーンさんに脱衣所の場所を聞き、案内されるままに家の中を歩く。二人きりの同棲場所にしては広すぎる家だけれど、掃除は行き届いていてどこを見ても埃がなかった。きょろきょろとしている私を見かねてか、彼は自然な動作で手を引き私を脱衣所の中に入れる。「じゃあ、向こうで待ってるからな」そう言い残して、紳士らしく扉を閉めて行ってくれた。


 とりあえず体に張り付いて気持ち悪い衣服を脱ごうと襟元に手をかけるけど、ふと目の前の鏡が目に留まり手が止まる。そこに移っているのは、いつもの自分の顔だ。なんてことはない見慣れた顔。しかしその中に、身に覚えのないものが数点混じっていた。
 まずは首筋だ。ずいぶん昔の傷だということは分かるが、その傷跡はかなりえぐい。肉を失っているせいかへこんでいる部分もあり、対照的にその肉を補おうと体の防衛本能で赤くはれ上がった傷跡が生々しく残っている。…グリーンさんがあの湖畔で「俺がつけた傷」といったのはこのことだったのか。指先でなぞってみると、それはざらりとして固くなっていた。勿論、そんな傷私がつけた覚えもない。


 胸元をずらしてみると、そこには内出血の跡が点、点と二か所残されている。見慣れないものの二つ目だ。そこまで来て、グリーンさんがなぜ私のことを彼女だというのかようやく理解した。これが、彼がつけた痕だ。つまり少なくともこの体は、彼の知る彼女のものだということになる。



 じゃあいったい私は何なのだろう。重い体を動かして着替えながら、必死に考える。身に覚えのない傷、痕、服、ポケモン。身に覚えがないはずなのに嗅いだことがあるような気がするグリーンさんの香水の匂い。そのどれもが、私が私である証拠を潰している。

 つまり、私は幽霊みたいに彼の彼女に乗り移っているということなんだろうか。もちろん死んだ記憶はないからそうではないと思うけれど、如何せん自信がない。彼女の洋服は完全に私の好みからかけ離れていて、鏡に映っているのは私じゃないんじゃないかとさえ思った。発狂したいのにできない。大人としての理性が限界まで働いているのか、はたまたグリーンさんが私よりさらに悲痛な表情をしていたせいか。



「…にげ、たいなぁ」

 思わず本音が零れ落ちる。それと同時に、隠そうとした本心さえも目から溢れて頬を伝った。ドアの外で待機していたのだろう。グリーンさんの「開けるぞ」という声が響いた。それに答えずにいると、ゆっくりとドアが開きグリーンさんが入ってくる。人前で泣いたのなんていつぶりだろう。そんなことを考えていると、手を差し伸べられた。


「ココア、入れた。お前が好きかは知らないけど、とにかく温まったほうがいいだろ」


 彼はそういうと、恋人に接するようにやさしく私の手を取った。彼と手をつなぐ自分が鏡に映っているのが見え、とうとう嗚咽がこぼれた。違う、違う、これは私じゃない。家に帰りたい。帰らせて。まるで子供のように泣きわめく私に彼は何も言わない。ただとりあった手が、強く握られたような感触はあった。

リビングにつくと、彼は私をまたあの高級ソファに座らせてついでに自分も横に座る。机の上には、もうすでにマグカップが二つ置かれていた。花の柄が付いたほうには茶色いココアが、そしてもう片方の無地の白いカップにはブラックのコーヒーが煎れられていた。まるでいつもそうだという様に彼は花柄のほうを取ると私に渡す。ふわりと甘い香りにまたゆるみそうになる涙腺を必死にこらえて、ココアで押し流す。横にはグリーンさんが座っていて、いつの間にか私に肌触りのいいひざ掛けをかけてくれていた。そして彼も自分自身を落ち着かせるようにコーヒーを一口飲みこむと、真剣なまなざしで私を振り返った。瞬間に拒否する姿勢をとった私をやんわりと制し、「聞くんだ」と囁くようにつぶやいた。



「まず初めに言っておくが、お前の話は今の段階ではまだ信じてやれない。お前はどっからどう見ても名前だ。その傷も、服も、匂いも、全部だ」
「……うん」

「ただ、お前が今までの名前じゃない事もわかってるつもりだ。見た目はそのままだが、お前は最後…今朝見た名前とは違いすぎる」
「…え?…信じて、くれるんですか?」

「言っただろ、信じちゃいない。ただ名前は寡黙だったし…何より笑顔以外は絶対に人に見せない奴だった。どんなに辛くたって、いつも押し殺して黙ってばかりだったな」


 彼は酷く寂しそうな顔でそういうと、思いつめたようにコーヒーの波紋に目を落とす。そしてまるで私が彼女であってほしいと願うような目で私を見た。彼のコーヒーを持っていない左手が私にのびかけ、途中ではたりと彼の膝に落ちた。彼は何かを考えるようにしてまた目を閉じる。これは彼の癖なのだろう。しばらくして彼はコーヒーをローテーブルに置くと、ポケットから小さなメモ帳を取り出した。

 罫線が引かれただけの手のひらサイズのノートの表面には、シンプルな花柄と共にMEMOとだけ書かれていた。彼はそれの背を大事そうに撫でると、意を決したようにパラパラとめくる。きっとそれは彼の愛する彼女のものなんだろう。慣れない手つきでなんとか最後のページにたどり着くと、ゆっくりとした動作で差し出した。私も彼に倣ってココアを置き、それを受け取る。小さなメモ帳の中にはこじんまりとした丸い形の文字で、「今まで迷惑ばかりかけてごめんなさい。もう私のことは忘れて、どうか幸せになってください。本当にありがとう、さようなら」とだけ書かれていた。驚いてグリーンさんに目をやると、グリーンさんは小さく息をついた。



「…それを見つけたのは、今日の10時頃だった。たまたま家に忘れ物をして帰ってきたらそれだけが置いてあって、名前はどこにもいなかった」
「…これは」

「俺は目撃情報を探した。そして見つけたんだよ、森に入っていったのを見たやつを」
「…えっと、さっきの森ですね」

「トキワの森はあいつが昔ポケモンに襲われて大けがをした場所だ。小さな虫ポケモンを見るだけで失神するような奴が行く理由を考えて、背筋が凍った」
「…ポケモンを見ると、失神…?」

「ああ、名前はポケモンが苦手だったんだ。ウインディだって例外じゃない。だけどようやく見つけた名前はウインディに怯えないどころか触れていた。…お前の言葉を記憶喪失の一種だと笑い飛ばせない理由はここなんだ。体に染みついた恐怖はそう簡単に消えるものじゃないからな」



 彼はそれだけ言うと、それでも耐え切れないという様に私の手を取る。大きな手に覆われるとどことなく安心感があるのは、彼の知る名前の影響だからだろうか。気を抜けば寄りかかってしまいたくなるほどやさしい体温に、私は必死で耐える。彼は私の手を強く握ると、ぽつりと「死ぬ気だったと思う」と呟いた。

 死ぬ気。一瞬「全力で」という意味の単語に聞こえたが、すぐにそうでないことに気付いて愕然とする。自殺。その二文字が頭によぎって、私はどうして出会った瞬間あんなにも強く抱きしめられたのかようやく理解した。愛する人が死んだかもしれない恐怖は味わったことがないけれど、その恐怖は想像に難くない。今にも泣きだしそうなグリーンさんは押し殺すように沈黙し、やがてぽつりぽつりと私と同じ名前の彼の彼女について語りだした。



 彼女は、名前は彼と故郷を同じとする幼馴染だった。元々かなり引っ込み思案な性格で、友人のレッドさんという人と組んでよく外に連れ出していたという。だんだんポケモンに興味を持ち始めた矢先、悲劇は起きてしまう。彼女の両親が働いているトキワシティという町の研究所でポケモンの暴走による大規模な爆発があったのだ。それを聞いて彼女は、一人で留守番をしていた家を飛び出してグリーンさんに教わったトキワの森に向かった。そこで、もう一つの悲劇が起こる。研究所から逃げ出したポケモンたちによって動揺した野生のポケモンが森にとって部外者である彼女に襲い掛かったのだ。

 彼女は奇跡的に一命を取り留めたものの、両親は他界し更にポケモンに襲われた恐怖から彼女はとても脆かった。だから彼とレッドさんで支え続けてきたらしい。そして体調も良くなってマサラタウンなら外出ができるようになった時期に丁度二人は彼の祖父であるオーキド博士に呼ばれて旅に出ることになった。他人に構わず、最短ルートでチャンピオンまで上り詰めたグリーンさんは、すぐにレッドさんに破れてマサラに出戻り。祖父の手伝いをしながらポケモンのことをよく知り、14でジムリーダーになったのをきっかけに長年思い続けてきた名前さんに告白。そして今では婚約者として、同じ屋根の下で寝泊まりしていた。


 しかし婚約してから小さな言い争い…というより、一方的にグリーンさんが乱暴に思いを伝えるという事が増えていった。そして今日の朝もまた、喧嘩別れをしてしまったらしい。その結果が、この惨劇だった。
 彼はそこまで言うと、私が拒絶しないことを確認するようにゆっくりとした動作で私を抱きしめた。初めは優しく、だけど徐々に腕に込める力を強めながら、「俺は酷いことを言ったんだ」と絞り出すように息を吐いた。


「そもそも俺の一方的な片思いだった。理由なんかなかったが、放っておけないと思っていた。だけどあいつは本当はほかに好きなやつがいて、無理やり俺が奪っちまったんだ。ーーそしてそのことで悩んでいるのを知りながら、俺は俺だけの願望で婚約の約束をした」
「…え?」

「無理やり関係を縮めた報いはすぐに来た。婚約してからもそいつに取られるんじゃないかって思いにとらわれた俺は、何の罪もない名前に当たったんだ」
「…それは」

「そりゃあ、逃げ出したくもなるよな。好きでも何でもない奴と結婚だなんてさ」
「……グリーンさん」

「…悪い、関係ない話までしちまったな。まぁとにかくこっちはそういう事情だってことだ。だから俺は正直に言っちまえば、逃げ出したいと思った名前が耐え切れず別の記憶をねつ造して記憶喪失したって考えてるんだ。まぁ、非現実的な個人的観測だけどな」
「……実は私も、自分が幽体離脱して名前さんに乗り移ってるんじゃないかって思うんです。この傷にも服にも見覚えがないし、何より私がいたところはポケモンは空想上の生物でしたから。…なんて、私のほうが非現実的ですね」


 泣き出しそうなグリーンさんを前におどけてみせると、彼はわずかに表情を緩めた。本当は当事者である私のほうがいっぱいいっぱいなはずなのに、彼の深刻そうな表情を見ていると自分だけが不幸だと子供のように浸ることができなかった。そもそも口調自体はおどけているけど、私の意見は割と真剣なものだ。傷跡や痕から察するに体は十中八九彼の知る名前さんのだろう。だけどそうしたら、私はどうなっていしまっているのだろう。私の体は、いったいどこにあるんだ。

 考えないようにしていた不安が首をもたげ「私のためにも、グリーンさんのためにも早く帰りたいです」とつい本音が零れ落ちた。彼はそんな私をやさしく突き放すと、泣きそうな笑顔で笑った。心なしか彼の目は泣いたように赤く、充血しているようだった。


「勿論心の底から信じちゃいないが、時渡りとかそういう現象もできる限り調べる。お前には悪いが、俺はあいつを取り戻したい。俺のそばじゃなくてもいい、俺は名前に幸せになってほしい」


 彼はそういうともう二度と触れないとでもいう様に私から距離を取った。しかし離れた彼のほうが辛そうな顔をしていて、彼の幸せを願わずにはいられなかった。自分がいっぱいいっぱいな時に彼女でもなんでもない"私"のことを気にかけてくれる優しい人が、このまま報われないなんて寂しすぎる気がした。そしてそれと同時に、私と同じ顔をした彼女が慕う男性をどうしても考えてしまった。
 グリーンさんの話を聞いた限りでは、好きになるとしたらレッドさんだろう。行動範囲が狭く壁を作る人間は早々人を好きにはならない。そう考えると、彼の話が本当に名前さんの全てだとしたら二人のどちらかという事になる。でもグリーンさんではない。つまり、レッドさんだ。


「…私のことなんで、当たり前なんですけど」
「…ん?」

「私も、手伝います。私が元に戻って、グリーンさんが名前さんを取り戻す方法を」
「……ありがとな」

「変なの、どうしてグリーンさんがお礼言うんですか。それは私のセリフです。こんな支離滅裂なことを言っているのに信じてくれて、本当にありがとうございます」


 泣きたいのをこらえながら、肩をすくめておどけて見せる。そんな私を見て、グリーンさんは目を細めた。「やっぱり違うな、お前」と呟かれた言葉を、私は聞き逃さなかった。じゃあ名前さんなら何て言うんですか?ついて出た疑問を慌てて飲み込んで、背にひかれたクッションに全力でもたれかかった。
 今できることは、いったい何だろうかと考える。泣くことだろうか。不安に震えることだろうか。違う、と私は答える。私は努力しなければいけない。元の世界に戻る努力を、例え辛くてもしなければいけない。泣きながらヒーローが助けてくれるのを待ってていいのは、きっと子供だけだ。私は子供じゃないから。


「…っていっても、まだ方法なんてわからないんですけどね」
「まずは体を休めることが大事だろ。そんなボロボロで、考えれるわけないだろ」

 彼はそういうと私の体を支えようと手を伸ばしかけるが、ふとその手を腰に回す。そして昔見ただけのモンスターボールを床に放った。出てきたのは、彼のスマートな外見にはあまり結びつかない屈強な筋肉を持ったポケモンだった。名前は確か、カイリキーだった気がする。


「カイリキー、名前…で、あってるか?」
「うん。あってるけど、紛らわしいから苗字って呼んでください。苗字名前が、私の名前ですから」

「分かった。…じゃあ聞いたなカイリキー。苗字を寝室まで抱きかかえてやってくれ。俺は今日は下で寝るから、ついでに寝具を持ってきてくれると助かるな。あとは…出て来い、ナッシー!お前は苗字のそばについててやれ。たぶん今は気が張ってるだろうから、催眠術で眠らせてやってくれよ」


 彼はテキパキと指示を出すと、私に空腹か否かを問う。あまりの手際の良さに思わず首を横にだけ振って答えると、そうかと曖昧に笑った。そして「服はそのまま寝てくれて構わないからな」と付け足して、私に背を向けた。コップを片付けに行こうとする彼に、慌てて疑問を投げかけた。


「下って、」

「…残念ながらベッドは一つしかねぇんだよ。まぁ気にするな。最近じゃソファで寝ることのほうが多かったしな」


 彼はそういうと、「おやすみ」とこれ以上の会話を拒むように曖昧な笑みを浮かべる。そして私はカイリキーに抱きかかえられて、二階の寝室へと移動した。部屋の内装はきっとグリーンさんの趣味なんだろう。あっさりとしたシンプルさの中にどことなく高級感が漂う雰囲気の寝室だった。私はカイリキーにされるがままベットに静かに置かれる。するとすぐに私から離れ、ウインディ同様恐る恐るといった表情で私の表情をうかがっていた。きっと苗字さんの怯える様子が脳裏に焼き付いて離れないんだろう。私は苦笑しながらも、上半身だけ起こしてカイリキーに手を伸ばした。一瞬怯える様に後退した彼だったが、やがて一歩前に進んで私の手に6本ある手の一つを重ねてくれた。



「ここまで運んでくれて、本当にありがとう。…あぁ、ウインディにも言わなくちゃいけなかったなぁ」


 そう独りごちると、カイリキーは右の真ん中の手で力強く胸をたたいて見せた。「任せろってこと?」と聞いてみると、力強くうなづく。ウインディの時も思ったけれど、やっぱりポケモンは人の言葉が理解できるらしい。すごいなぁと思いつつ、彼の申し出はやんわりと辞退しておいた。お礼はきっと、自分で言わなければ意味がないことだ。

 私が横になると同時に、ナッシーが枕元に近づいてくる。そして口を開くと、小さな言葉では形容しがたい音を出し始めた。「ありがとう」遭難とか口にして、目をつむった。ガラガラと雨戸を閉める音が聞こえ、瞼の裏が黒く染められていく。そんな中で、不意に私に背を向けたグリーンさんを思い出した。今頃泣いているんだろうか。後悔しているんだろうか。そう思うとなんだか他人事のように思えなくて、胸が苦しくなったような気がした。



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