番外編 | ナノ

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Merry Merry

(6/17)

眠い。


頭の中に浮かぶ言葉はそれだけで、時計を見上げてはため息をつく。そんなことを繰り返して、もう一体何時間になるのか。
23時には床につくという生活リズムはものの見事に崩れ去り、22時の時点で前にしているのは夕飯では無く膨大な書類の山。
資料や報告書などが一緒くたにされたその山は部屋の中に数多く点在していて、既に収拾が付かなくなっている状態だった。
このような書類整理を一番と得意とする人間は、既に海外に飛んでもらっている。後に残るのは、この分野においては役立たずな人員だけだ。
資料整理をさせぬ間に山中勇治を海外に飛ばしたのは失策だったと舌打ちを打つが、だからと言って彼を戻す気にはなれず、諦めて資料を手に取る。
匣についての情報が細かに掛かれているが、どれも核心に迫ったものは無い。山中勇治でさえこれなのだから、他の団員も芳しい成果は上げないだろう。


興味を失った言い訳まがいの報告書から目をそらし、八つ当たり気味にトンファーで切り刻む。
二日分の休みを取る穴埋め作業がこんなに膨大になるのなら、やはり祭ごとなどに気をとられずに仕事を優先するべきだったと思わざるをえない。
そもそも僕はクリスマスなどという、疎みはすれど浮かれる理由など持ち合わせては居ないのだ。そんなもののために尽力するなんて、馬鹿げてる。
紙くずと化した報告書をかかとで踏みにじると、五時間ぶりにデスクから体を離す。
本来なら畳の間でのんびり資料に目を通すのだけど、ここまでの量になると机といすが無いのが苦痛になってくる。
風紀委員で座ることには慣れっこだったけれど、今は大して興味の向かない匣に関しての資料を読むなんて、退屈すぎる。
沢田綱吉とあの赤ん坊…いや、もう子供か。とにかく、彼らと戦う約束さえなければ、とうに放り出しているところだ。
確かに興味深いのは事実だが、睡眠時間を削ってまで打ち込むほどの価値も無いのに。年末に控えた情報を受け渡す日は変わらなくて。


「…面倒だな」


祭ごとも、仕事も。
6年前の風紀委員だったときはただ気に食わない奴等をかみ殺しつつのんびり過ごせていたのに。
何がこうさせたのかは分からない。これがいわゆる成長という奴かもしれないが、そうだとしたら其れはかなり面倒くさいものだと思った。
猫の手も借りたいぐらいだ。――そう思うと、つい口の端が持ち上がった。


そういえば、あの頃は『彼女』を猫扱いしていたっけ。
今思うと何故彼女を人間として意識しなかったかと疑問に思うきえれど、あの時の彼女は確かに僕にとっては猫でしかなかった。
其れが何故か今では彼女の名前を呼び、物を与えることを考えているなんて、一体如何してこうなったのかと、考えるほど頭が痛くなる。


変わってしまったのは彼女か、それとも僕か。
どちらでもいい。どちらでも、多分同じこと。それは、『居て当たり前の存在』。居ないと多分、変な気分にさせるモノ。
それ以上でも以下でもない。
それは、どちらが原因であっても変わらないのだと、朧気ながらに理解はしている。


パラパラ、とめくる書類の一枚に目が留まり、其れを引き抜く。
領収書。という文字のしたには、無機質な文字の羅列。0を5つ数えた時点で面倒くさくなって、其れをクシャリと潰した。
哲矢の言葉を思い出すけど、あの強情なかつての猫がこんなもので喜ぶのかと問われれば、言葉を濁してしまう。
そもそも彼女が「凄く喜ぶ」なんてことが果たしてあるのかどうか、其れさえもハッキリしない。だって僕は、彼女の凄い笑顔を見たことが無いから。
知らない、分からない。この数年間分かりたくも無かったのだから、当然といえば当然の結果だけど。


「恭弥さん、そろそろ休まれてはいかがでしょうか」

部屋に入るなり跪いてそう言う哲也に、僕は初めて23時を越える直前だということに気づいた。
もうそろそろ帰らないと、こんな僕を待つけなげな“猫”は我慢できずに寝てしまうだろう。別に……かまわないけどね、僕は。
僕は6時間ぶりにいすから立ち上がると、潰した紙をくずかごに捨てる。
帰ろうとしたその瞬間、ふとその足を止める。整理する作業に取り掛かろうとしていた哲矢は僅かに訝しげな色をその表情に滲ませた。


「ねえ、哲矢」
「へい、なんですか恭弥さん」


「……君は、彼女が笑ってるの、見たことあるかい?」

「――…は?」


ゆっくりと瞼を押し上げ、驚いたように目を見開く。
その顔があまりにも間抜けで、僕は答えを効くのもばかばかしくなって、踵を返す。
「恭弥さん、其れは――」といいかけた徹夜を放って、ドアを閉める。ドアを閉めても筒抜けのはずの声は、それでも噤まれたようだった。まあ、懸命だね。
僕はこみ上げるあくびを一つ、噛み殺す。廊下に充満した冬の冷気が、暖房に慣れきった体を急激に冷やしにかかる。
部屋の中だというのに白く染まる息。「まあ、いいや」そうつぶやくと、白い息の固まりはふわりと霧散した。


「関係ない」

繰り返すように、声を紡ぐ。まるで自分に言い聞かせているみたいで愚かだけど、今ここには僕以外の誰も居ないと思うと、気が楽だった。
ついでにもう一つ言葉を零そうと思ったけど、其れはあまりにも僕らしくなくてやめた。言葉になるはずだった二酸化炭素はため息に変わり、空気に溶け込む。
僕も大概おかしいらしい。そうおもうのに、自然に口の端が上がる。腕時計をみて、止めていた足を動かした。
起きていなかったら、やっぱり噛み殺そう。そんな決意をしながら、僕は僅かに歩く速度を上げた。


(早く帰ろう。なんて、一人じゃ多分思えない)

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