番外編 | ナノ

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Merry Merry

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「…あ、まちがった…」


ため息。ため息。ため息。
これで今日一体何回目なんだろうかと思うほどのため息回数に、またため息をつく。
もしため息を付くたびに幸せを失うとしたら、私はもう一生分の幸せを吐き出しているのかもしれない。ああもう、疲れた。

二本の棒を投げ出して、私は両手を上にあげる。集中しすぎて痛くなったこめかみを揉み解して、あくびを一つ。時計を確認すると、既に22時を回っていた。
雲雀さんはまだ帰ってきていない。いつもなら20時には返ってくるのに、最近はいつも午前0時を超えることが極端に増えた。
遠い昔。…ああ、もう6年にもなるけれど。微かにしか覚えていない『REBORN』に描かれていた未来の雲雀さんよりも今の雲雀さんは我侭で。
先に寝てしまうと冷たい夕食なんて要らないと言い張って夕飯を食べてくれない。
しかも自分で温めないから、朝は空腹と低血圧でとても機嫌が悪くなってしまう。結果、トンファーの餌食。
だから普段なら夕食を温めなおすという作業をするために待つという、この行為が苦痛でしょうがないんだけど。でも、今はかなりありがたいこと。


放り出した編み棒を拾い上げて、一旦棒を引き抜いて間違えた部分まで解く。
同じ場所を3回も間違えたせいか、その部分の毛糸だけぼさぼさになっている。こんな毛糸使いたくないけど、買いなおすお金も無いので我慢。
まあ我慢するのは彼であって、私じゃないんだけど。

ようやく抜けていた目を見つけて、輪になったメに棒を通す。この一個一個戻す作業も滅茶苦茶面倒くさくて、目の奥がちかちかする。
しかも部屋の外にいるヒバードがこつこつと煩いぐらいにドアをノックしてくるから、気が散ってしょうがない。
こんなことをしてなかったら入れてあげるのだけど、ヒバードの体にはカメラが付いているため、どれだけ煩かろうと入れるわけには行かない。
だって、マフラーなんて作っていることがばれたら何を言われるか分からないし。
というか、たぶん八つ裂きにされて終わりなんだろうなあ。なんて、そんなことを考えていたら少しだけ馬鹿らしくなって、またため息。
彼がこんなできの悪いものを貰ってくれるのかすら、わからない。

『そりゃあいい』とユージさんは笑ってくれたけど。それでもやっぱり、不安は消えない。
でもだからと言って買ってきたといえるほど上手い出来ではなく、鈎針で作っているわけでもないのに目が減ってきたりしているし。穴が開きそうな箇所もあるし。
やっぱり、無理。忍耐的な意味でも、意識的な意味でも。
この年になってマフラーをプレゼントなんて、どこかの純情すぎる中学生にでもなったみたいだ。恥ずかしさで死ねるのなら、私は今編み終わっている30センチの間に7回は死んでいる。


『アケロ!アケロ!』

ドアの向こうで、ヒバードが鳴き喚く。ああもう、いい加減静かにして欲しい。
もういっそ開けてしまおうかと思いながらも、私はとりあえず作ってしまおうと懸命に手を動かす。
口よりも頭、頭よりも手を動かすことだけに集中…とは思うのだけれど、如何せん作っているものの恥ずかしさに集中できない。
そもそも、毛糸三つ買うのと、安いマフラー一つは同じくらいの値段で。私だって最初はあ、これは買ったほうがいいとおもったけど。
「これって買った方がいいんじゃあ…」とユージさんに言ったときに、彼が「いや、こっちのほうが絶対に喜んでいただけると思うぞ」と太鼓判を押してくれたからこっちのしたのだけど…。やっぱり、恥ずかしいものには変わりない。



「…受け取って、くれるのかなあ」


真っ黒い毛糸で編んだ、真っ黒なマフラー。生まれて初めてというわけじゃないけど、数年ぶりのせいか不ぞろいの編み目。
自分でも付けたくないこのマフラーを…受け取ってくれる確立は、1%にも満たない。寧ろ絶対に受け取ってもらえない。
だけど諦めようとするのを見透かしたように、再び入った海外出張中という忙しい中メールをくれるユージさんのことを思うと、止めるに止めれないのも事実で。
私にはお礼と呼べるほどのプレゼントを用意できる経済力も無い現実はかわらなくて。
私に出来る精一杯のことは、これぐらいしか思いつかない……けど。彼は喜んでくれる?と考えてしまうと、やっぱり自信が無い。もっといいことが、出来るような、そんな気がする。

「…やめよう」

編もうとした手を止めて、私は一人呟く。
こんなにうだうだ悩むなんて、私の小に会わないし、自分自身気持ちが悪い。こんな気持ちで作ったマフラーなんて、100円均一のマフラーにも劣りそうだ。
ぎゅ、と紐を引っ張ると、いとも簡単に一段一段綻んで、縮れた毛糸に戻っていく。…なんでだろう、なんだか、寂しさを感じてしまうのは。
部屋の外で騒いでいたヒバードはいつの間にか鳴き止んでいた。しんと静かになった部屋が、何だかもの寂しい。時計は既に、23時を越えている。
まだ、帰って来ない、か。私がそう心の中で呟いた瞬間、廊下の向こう側でヒバードの声が僅かに響く。耳をそばだてていなかった私は、言葉を上手く聞き取れない。


なんだろう?と立ち上がって部屋の外へ様子を見に行こうとした、その瞬間。
部屋の前で、ヒバードの声が大きく響いた。


『ヒバリ、ヒバリ!』


扉が軋むような音を立てて勢いよく開くのと、私の手が黒い塊を袋に戻すのは、ほぼ同時だった。
突然のことに鼓動の音が早くなって、私の息は一瞬にしてあがる。痛みを感じるほど、心臓の近くが痛かった。
扉を開けた張本人は訝しげに表情をゆがめ、「どうかしたの」と、短く問う。なんでもないですという声が、少しだけ震えた。
ま、いいけど。彼はそう呟いて、袋を背中に隠す私を見る目をすっと細めると、私の前に寄って片足を付いた。白い関節ばった大きい手が、私の髪を揺らす。


「今日も起きていられたんだ」

彼はそう言って表情を緩めると、手をそのまま私の頬に持っていく。室内に居たせいか、私の顔の熱のほうが温かい。
早くなった鼓動の音は一向に収まらない。…そりゃあそうだろうと、自分で納得する。彼が一歩でも横にずれれば、毛糸が入った袋が見えてしまうのだから。

「おかえりなさい、雲雀さん」

誤魔化すようにそういうと、彼は小さく「先にお風呂はいるから」と言葉を残して、私が後ろに隠した袋を追求しないまま部屋を出て行ってしまう。
冷たい彼の手が触れたせいだろうか。私の頬はやたら熱を感じ、触れられる前よりか更に熱を帯びたみたいだった。
ばれるかばれないかと緊張していたせいか、やはり鼓動の音が収まらない。はあ、と息をつくと、胸の奥がギュウと苦しかった。


後ろにやっていた手を前に戻して、勢いあまってクシャリと潰してしまった袋を見つめて、ため息。
中身を取り出せば、さっきと同じ黒い塊。中途半端にほどけているものの、まだまだやり直せれる範囲の、編みかけのマフラー。

「…馬鹿みたい、私」

やめるのなら、隠す必要も無かったはずなのに。馬鹿みたいに隠して、緊張して。
こみ上げてくる可笑しさを堪えることができなくて、私は思わず噴出してしまう。ああ、ようやく分かった。
受け取ってくれないからやめるんじゃなくて。拒まれるのが怖いから逃げようとしたんだ。まるでこの世界にきたときと変わらない、あの臆病さで。


「ウジウジしてるのも、性に合わない…かな」


袋をぎゅうと抱きしめると、中の毛糸がクシャリと音を立てた。安物のせいか、かすれたような渇いた音。
作業に戻る前に夕食を温めなきゃいけないな。そんなことを思いながら、私は完成まで彼に見つからないように――その袋をそっと、布団の中に隠した。




(ちょっとだけ楽しみになった、なんて)

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