番外編 | ナノ

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Merry Merry

(4/17)


しばらく目を通していた資料から目を離して、息をつく。
柄にも無く休日を2日も取ると決めて以来、根詰めすぎたせいだろうか。資料の内容が、全く頭に入ってこない。
こんなの僕らしくないな。とは思うけど。
まあ人生に一度ぐらいは、祭事に浮かれてみるのも悪くないのかもしれない。そう自分に言い聞かせて、もう一度資料に目を落とす。
海外に出張している山中勇治の情報を、哲矢が纏めた『匣』の情報だ。謎で包まれた存在の解明は、仕事と同時に僕の楽しみであったはずなのに。
ああ、全く。本当に僕らしくないな。そう呟いて、資料を床に置いた。そのとき、襖の向こうから『恭弥さん』と、哲矢の声がした。


「何」
と、短く、返事をする。


「へい。休憩の頃合なので、お茶をと」

「…入ってきていいよ。休もうと思ったところだからね」


僕はそういうと、哲矢はゆっくりと入ってきて、僕の前に茶を置く。
僕は其れを一口、流し込むように飲み下す。熱めの温度の茶が舌を焼くけど、そのおかげで少し目が『醒め』た。
ため息をつくように息を吐くと、哲矢が視界の端で驚いたような表情をした。全く、鬱陶しい。

正座をしていた足を胡坐に変え、僕は僅かに考える。
この感情を哲矢に話すかどうかを思案した後――やめた。こんなのはぜんぜん僕らしくないし、自分自身に違和感を感じるほど気持ち悪い。
こんな風に僕をしたのはいったい誰なのだろうかと思えば、やはり一人しか居ないのだけど。自覚すると、トンファーを繰り出してしまいそうだ。
どうしたら猫が懐くかと5年ほど前に哲也に聞いたとき「殴らなければいいのでは」ととても言いづらそうに言われて以来、極力殴らないようにしているが。
だが、さすがに最近の自分の腑抜け具合には苛立ちを感じる。
群れるのは今でも嫌いだが、それでも祭を楽しもうとする自分を咬み殺したい。

文句と殺意をため息に乗せて吐き出すと、哲矢は深々と一礼する。口を挟むときに、哲矢が良くやる前置きだ。

「何か新たな問題が?」と聞く哲矢。どうやら、仕事のことだと思っているらしい。
説明するのも面倒で、僕は「なんでもないよ」というけれど、さすがに長年僕の下で働いてきただけあるらしい。
「名前…さんのことですか」と、ハッキリと、しかし慎重に躊躇ったように言う彼の言葉に、瞼を伏せる。
これだけで『肯定の意』だと分かるのは、やはり哲矢だけだろう。

哲矢は思案するように黙り、僅かな間をおいて「何かあったんですか」と、ゆっくりと吐き出す。
しかし、いざ苛立ちの理由を話そうとしても、その理由はあまりに『僕らしくない』もので、僕は言いかけた口をつぐんだ。


――全く、何処まで僕は愚かになったのだろう。


相手が長年共に暮らしてきた“名前”だろうと、この苛立ちの理由は群れることに対しての不満なことは変わらない。
其れを他人に知られるということは僕にとっては生き恥を晒すことと同等の意味を持つ。つまり、死んだほうがましなのだ。知られるくらいなら。
口をつぐんだ僕に、哲矢は僅かに首を捻る。そしてまた、考え込むように眉間に皺を寄せた。


「別に、大したことじゃない。猫が喜びそうなものを、考えていただけだよ」


誤魔化すようにそう言うと、哲也は顔を上げて、「そういえばもう直ぐそんな祭がありましたね」と、慎重に言葉を選びながら零した。
クリスマス、という単語を出せば殴りに掛かろうと思った自分の中身を知られているようで、少し、気分が悪い。
理解者、といえば聞こえはいいが、哲矢の洞察眼には目を見張るものがある。時には、苛立ちを感じるほどに。


「…まあ、君には関係ないけどね」

もうこの話を終わらせたくて、僕は部屋を出ようと席を立つ。資料室に用があったから、丁度いいといえば丁度いい。
該当書類を数枚持ってドアノブに手を掛けた瞬間、哲矢の声が背後から届く。反射的に、動きを止めていた。



「名前なら…いえ、名前さんなら、恐らく形の残るものより――」

切羽詰ったような声音で続けられた言葉に、僕は振り返ってみせる。


「――これ以上同じことを言わせるのなら、君でも容赦しないよ、哲矢」

「へい、失礼しました」


トンファーを構えて見せると、哲矢は直ぐに頭を下げた。しかし、そこには焦ったような雰囲気は感じない。
哲矢も気づいているのだろう。今の僕の台詞が、本心ではないことを。
ドアを閉めると踵を返して、資料室へと向けていた足を反対方向に向けて歩ませる。
情報管理室。並盛のいたる場所に設置した監視カメラの映像が、巨大な画面に割り振られた小さい区分で映し出されている。
その画面の一番右下。ヒバードからの映像には、先ほどの話題の張本人が満面の笑みで映っていた。

その背後には自分の部下である山中勇治。――嗚呼そういえば、もう帰ってくる時期だったのか。
そんなことを思いながら画面を見ていたら、何故か持っていた資料が音を立てて潰れていた。


「ふうん…随分と楽しそうだね」


僕はこんなにもイラついているのに、いい身分だ。
やはり名前は一回殴ら無い時がすまない。何故僕だけが、こんなに可笑しくならないといけないのだろう。


あるものを手配しようとしていたけれど、僕は優先順位を変更して、情報管理室の通信用のサーバーにアクセスする。
機械音がすると共に、作動音。通信用のパスワードを入力すると、直ぐにイタリア本部へと繋がった。

「悪いけど、君にはまた海外出張にいってもらうよ。山中勇治」


“CommingSoon...”と表示された画面を見ながら、呟く。
いつの間にか背後についていた哲矢が、苦虫を噛み潰したような表情で笑っていた。



(邪魔者はいないに越したことは無い)

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