番外編 | ナノ

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Merry Merry

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「お久しぶりですロータスイーター。…いや、今はもうその名は適切ではないですかね」

 六道骸はそう言うと、手を耳から離した。恐らくここら一体に幻術をかけたんだろう。骸さんならここが雲雀恭弥の率いる財団の上だと知らないわけがない。境内に取り付けられた監視カメラに気づいているのか、そちらを一瞥して目を細める。幻術に明るくない私は彼が何をしているのかわからなかったが、細工していることだけはわかって眉根を寄せた。



「どうして骸さんがここにいるんですか」
「クフフフフ…偶々ここに居合わせた、という理由じゃ納得していただけませんか?」

「…雲雀さんですか?」
「彼は今ここには居ないでしょう?イタリアで面白いことになってますからね」

「…知っているんですね。教えてください、今何が起こってるんですか?」
「おや、眼の色が変わりましたね。その様子ではやはり何も聞かされていないみたいだ」


 彼はそこまで言うとおかしそうに笑い声を零す。相変わらず彼が何を考えているのか理解できないが、教えてくれそうにないことだけは彼の表情で何となく察した。じゃあ何が目的なんですか。口がそう動く前に、その理由を彼の口があっさりと自白した。


「貴女から得れる情報が無いかと思いましたが、どうやら羽根をもがれたとう話は本当みたいですね。時間を無駄にしました」


 彼は突き放すようにそう言うと、笑みをわずかに収めた。羽根をもがれた、という表現を聞いたのはこれで二度目だ。原作知識のあるトリップ者…この世界で言うところのロータスイーターは別名で翔び人と言わている。それになぞらえて以前ディーノさんが私に言った言葉だ。最もその時はもう私を狙う人間はもう居ないから安心してくれという言い方だったが。

 見て分かるほどの失望を顔面ににじませた彼は、ゆっくりと目を閉じる。消えるのかと思ったけれど、幻術の歪みはまだ消えていない。目をつむった彼はなにか考えを巡らすように黙っていたが、何かを決めたようにゆっくりと目を開けた。雪雲が空を覆い月の見えない夜では、彼の目の色はあまり目立たない。その中の数字もこの暗闇では全く見えなかった。漫画のキャラクターという点を除いて見れば、彼はただの一般人のようにさえ見える。



 僅かな沈黙の中、先に口を開いたのは私だった。

「私、ずっと骸さんに謝りたかったんです」その言葉に、六道骸は予想もしていなかったという風に目を見開く。しかしそれは一瞬で、直ぐにあの独特な笑みの奥に隠れてしまった。


「いきなり何を言い出すかと思えば」
「……私は、骸さんが昔言ったように結局壊すことしか出来ませんでした。捕まる未来を知っていたのに助ける事もしなかった。…昔の私は自分が原因で知識とは違う人が死んでしまうかもしれない怖かったんだと思います。でもずっと後悔してて…本当にごめんなさい」


 ずっと言いたかった言葉が、ところどころつっかえながらそれでも六道骸の耳に届いていく。これが私のエゴだということは私自身十分に分かっている。今謝ったところで私がしたことは変わらないし、彼が今も閉じ込められているという現実も変わることはない。でも彼にだけはもう一度謝りたかった。雲雀恭弥と一緒にいる事が多いから、彼には原作の展開が終了後は今まで一度も会えなかったが。

 彼は私の言葉を聞き終わると、くつくつと声を漏らしながら体を揺らす。突然シャボン玉がはじけるように周りに貼られた幻術が無音で消えた。瞬間、冷たい風が私と六道骸の間を通り抜ける。彼はおかしくてしょうがないといった風に笑い声をこぼしていたが、ため息1つ分で笑い声を収める。そして彼は顔に彼らしくない普通の笑みを浮かばせて、耳元に触れる。その瞬間イヤリングの輪郭が歪んで、瞬き1つ分の時間で彼の手に錫杖が現れた。シャン、クリスマスイヴの夜にサンタが登場するような金属音が響く。



「…骸さん?」
「いえ、おかしかったのでつい。1つ勘違いしているようですが、Dスペードとの戦いで僕は正式に釈放されています」

「…え?」


 ワンテンポ遅れて自体を飲み込むと、自然と声がこぼれていた。釈放というに文字だけが頭の中をグルグルと回る。私の知っている未来編では10年後もまだ投獄されていたはずだ。考えられる理由は2つ。原作で未来編が終わった後そのDなんとか編があり、そこで釈放されたか、もしくは私がこの物語を歪ませてしまったかのどちらかだ。展開的に骸さんが最後まで収容されてるとは考えにくいから、恐らく前者なのだろう。と言うことは、この世界は完全には原作から切り離されていないことになる。じゃああの人も無事なんだろうか。一瞬脳裏に浮かんだ人物の顔に、私は苦笑した。なぜ今またここで雲雀恭弥なんだろう。

 私の動揺が伝わったんだろうか。六道骸は独特な笑い声をこぼし私の手をとった。冷たい手だけれど、たしかにそれは生きている人間の手のようだった。最も有幻覚と言われたらそれまでだけれど。


「彼のことでも考えてましたか?」
「…言っている意味がよくわかりません」

「彼は無事ですよ。肩をかすっただけで軽傷だそうです。別に僕としてはこのまま消えてくれて構わなかったんですけどね」
「……本当、ですか?」

「ええ、嘘はつきませんよ」


 彼は胡散臭い笑みを浮かべて私の両手を握った。チャリ、と彼が手を離した部分に棘のようなものが付いた手錠が残る。彼に両手を握られていることさえ気づいていなかった私は慌てて彼を見るけれど、彼は笑みを浮かべるだけだ。その笑みを間近で見て、この人も6年前とあまり変わっていないと思い知らされる。目的も感情も一切表情に見せてはくれない。


「骸さん、これは」
「貴女は勘違いしている」私の声を遮って、彼の凍えた声が白くなって広がった。


「まず始めに、貴女は自惚れすぎだ。ロータスイーターとはいえ右も左も分からない小娘のいうことに振り回され計画を諦めることはない。僕達はそこまで甘くはないんです」

 彼はそう言うと、私の手を拘束する手錠に触れた。手錠は一瞬でぐにゃりと歪み、蛇になって私の手首に巻き付く。畜生道という言葉が脳裏によぎったけれど、彼の目は六のままだ。ということはこれは幻術なんだろうか。分からない。彼が何をしたいのかも、何を言いたいのかさえも私には理解できない。


「……そう、ですか」
「ロータスイーターなんて名ばかりだと貴女と会って本当にわかりました。ただ少し先の未来が見える、ただそれだけの人間。まるで大空のアルコバレーノの劣化品だ」

「…骸、さん?」
「……まあそれでも、貴女にも利用価値は残されている。あの雲雀恭弥に貸しを作れるくらいには」

「え?」


 彼はそう言うと彼らしい不気味さをにじませる笑みを浮かべた。その顔は本当に楽しそうで、私は今更自分の置かれた状況を把握し血の気が引いた。脱走だけでもトンファーで気絶させるくらいには制裁されるのに、骸さんに会ったなんてバレたら即制裁。正気に戻させてくれる程度のものではなく、下手したら死んでしまうかもしれない。けれどやめてください、と言ってやめてくれる相手ではないのも知っている。頭をフル回転させてみるが、事態を好転させるような案は一行に出てこない。代わりに口から出てきたのは、たったひとつの疑問だった。


「…えっと…骸さんは、本当はここに何しに来たんですか」
「貴女に嫌がらせをしにきました」


 うそ臭い笑みを浮かべた彼はそれだけ言うと、私の頭を鷲掴みにする。グラリと体が傾いて、私は彼の胸の中に倒れこんだ。痛みは全くないものの、強い眠気のような感覚に抗うことができない。目を閉じたくなるのを懸命にこらえていると、視界の端で六道骸が笑ったのが見えた。唇に何かが押し込まれ、鼻と口をふさがれる。苦しさに飲み込んだのを確認すると彼はあっさり私の口から手を離し、何故だか私を抱きしめた。喉が胸が、体全体が熱い。縋るように捕まると、彼は薄く笑った。


「というのは嘘で、アルコバレーノとの純粋な取引です。この薬を貴女に飲ませる代わりに、僕の望む対価をもらいました。貴女のお陰で僕達の計画が捗りそうだ。礼を言いますよ、苗字名前」
「…なに、を」

「自分の姿を見れば分かると思いますよ。…全くあのアルコバレーノは、本当に何を企んでいるのやら」
「…骸、さ」

「貴女には利用価値がある事を忘れないことですね。唯一目に見える雲雀恭弥の弱点なんですから」


 彼はそう言うと片手で私の体を支えながら腰を下ろさせる。体が熱いのに何故か芯が冷えるような気がして、震える両腕を抱き寄せる。ふと、自分の指に違和感を感じた。目をやればそこには藍色に光る指輪がはめられている。真ん中に灯っているのは…炎だろうか。意識がハッキリとしない。


「以前、アルコバレーノに同じ属性の炎を入れ延命させようと試みたことがあります。これはその応用だそうですよ。ロータスイーターの空っぽの器にはなんでも入る…だとか」
「…むく」

「Ti auguro buona fortuna.」


 彼はそう言うと、私のまぶたを覆い隠す。何も見えなくなった瞬間、眠気がぐんと強くなった。まずいと思ったのと同時に、背中に手が回った気がした。温かい温度の中で、私は考える。さっき六道骸は私に何を言ったんだろう。しかしその答えは出ないまま、私は重力に引きつけられるような感覚に体を任せてしまった。








「オキロ、オキロ」

 聞き覚えのある声に目を開ける。そこには見慣れた天井があり、傍らには最早見慣れてしまった特徴の有り過ぎる鳥がさえずっている。ここはどこだろう、いやここは雲雀さんの家だ。でもどうしてこんな場所にいるんだろう、私は確か散歩に行ったはずじゃなかったのか。そう思いながらやけに重たい体を起こす。そこで、なにか指に違和感を感じた。恐る恐る見ると、そこには深海色の石がはめられた指輪がはめられていた。石の真ん中にはわずかに藍色の光がちらついている。一瞬で目が覚めた。


「…っ、なにこれ、外れ、なっ」


 指輪を慌てて外そうとするけれど、指輪は一向に外れてくれない。しかもそれは関節で引っかかっているのではなく、押しても回しても微動だにしない。……アルコバレーノのいたずらだと骸さんはいった。こんなことをするアルコバレーノを、私は一人しか知らない。去年辺りにも「お前ら付き合ってないのか」と爆弾を落とし一ヶ月もの間雲雀さんを怒らせた彼ならやりかねない。間違い無くリボーンさんの仕業だ。…でも私に霧のリングを持たせて、それが一体何になるというんだろう。対価のためにやった骸さんはともかく、彼のしたいことが本当にわからない。


「…とりあえず、石鹸でやってみよ…」

 指の皮が動いてつっかえている訳ではないが、やるだけのことはやってみよう。そう思い布団から出る。と、何故かスカートとソックスが見えた。よく見れば私は並盛中の制服を身にまとっている。「なんで」呟いて髪に手をやれば、普段髪の毛がない部分に髪がかかっていることに気づく。――長いと手入れが面倒だし居候の身でそんな迷惑を掛けたくないから。そんな理由でトリップしてからこの6年、始め以外は自分で切っているショートヘアーはどこに行ったんだろう。まさか。恐る恐る首に手をやると、ざらりとした感覚が指先に走った。…まさか。



 私は布団から飛び起き、唯一全身鏡があるお風呂場に駆け込む。お風呂場の中は真っ暗で、私はそこで初めて今の時間が夜であることを知った。でも私には、正直時間なんてどうでも良かった。全身の体温が下がったような気がする。全身鏡に映った顔は絶望した目で、只々私を見返す。それを見て私は、目的はともかくリボーンさんが何をしたかったのかだけは完全に理解した。


 並盛中の制服。伸ばしかけの長い髪。首の傷。それらは全て私がこの世界に来た時の格好にほかならない。今がいつかは知らないけれど、全身鏡に映る私は24日の朝に見た自分のそれよりも幾分幼く映っている。つまりアルコバレーノは、霧のリングと怪しい薬を使い私に幻術をかけたのだ。ここに来た時の私に戻るように。



 逃げよう。自体を飲み込むと、自然とその言葉が浮かんだ。こんな姿を見られたら、雲雀恭弥に何をされるのかわからない。そう思った瞬間に、扉の向こうでガチャリと玄関が開く音がした。間髪入れずに、足音が廊下に響く。逃げなくちゃ。そう思った瞬間に脱衣所のドアが開く。どうしよう。そう思う前に浴室の扉が乱暴に開けられた。

 私の目の前には大きな大きな全身鏡。その後ろで明らかに怒りを滲ませている雲雀恭弥がトンファーを手に携えて立ち尽くしている。鏡越しに、雲雀恭弥と目があった。彼はその細い目をわずかに見開く。その光景は6年前のそれと全く一緒で、私はとっさに来たる痛みに耐えようと目を瞑る。しかし何時まで経っても、その衝撃は来てくれない。恐る恐る目を開けると、目を閉じる前と同じ位置で立ち尽くす雲雀恭弥が一番初めに目に入る。


「なんで」


 6年前とは打って変わった彼の動揺した声が、浴室に静かにこだました。

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