番外編 | ナノ

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Merry Merry

(2/8)

 部屋に似合わない柱時計が仰々しい音で時間の数だけ音を刻む。その音に自分が眠っていたことに気づいた私は、いつもの癖で時計の針を追ってしまう。時刻は一時だった。どうやら私は、知らず知らずの内に居眠りをしてしまったらしい。


 まず、私は編み物をした経験は少ない。少ないというより、一度しかないといったほうが正確かもしれない。小学校の頃自分でマフラーを作ることが流行りそれに乗じてみたという、それだけの事。しかも一メートルに達する前に放り出したくらいの気持ちだった。そんな事を今更思い出した私は、眠気に目をこすりながら30センチほど編めた手触りの良い黒い塊を撫でる。気持ちいい。自画自賛のように、そう思った。



 編み方の教え役をかって出てくれたのは勇治さんの方だった。なんでも妹のために何度も作っているらしく、こうやるんだと見せてくれた彼の手さばきには圧巻させられるばかりだった。並盛の本部に戻ってきて忙しいはずなのに、彼はものの30分ほどで不得手な私に編み方を叩きこむと風のように仕事に戻っていった。勿論、ヒバードに見つかったら上司から大目玉を食らうので居ないところで、だ。

 本当にすごい人だなあ。考えながら、棒を指先で撫でる。昔編んだ編み方とは違う、裏なんとか編みという編み方で編んだそれは記憶のものより柔らかく、肌触りがとてもいいものだった。なんでも毛糸によって合う編み方があるらしく、私の選んだのは少し難しい編み方の物だった。大丈夫か?と心配そうな問いかけに、私は曖昧に笑いを返した。昔は編み物よりも面白いものがあったからいろいろな方向に気が散って集中しきれなかった。けれど今は、私にはこれしかない。一応インターネットが使える携帯端末が用意されてはいるけれど、常に監視されていていまいち使う気になれない。以前「夢小説ってなんなの」と雲雀さんに聞かれた時は、本当に肝が冷えた。



「…本当に、暇つぶしにはちょうどいいや」


 当たり前だけれど、居候の私にはプライバシーというものは存在しない。ここに来て以来ずっと猫扱いされてきたので慣れてはいるけれど風呂とトイレ、寝室以外には完全に監視カメラが設置されていた。寝室には雲雀さんと同じで、ベッドとローテーブルと本棚しかない簡素な部屋だ。暇をつぶすには基本的に居間のテレビしかないのだけど、つけていた番組も記録されるため芸人たちが『群れていない』ニュース番組しか見れない。そんな環境下での二時まで起きているというのは、実の所本当に辛かった。だからこんなふうに何か目的ができるのは、私にとってほんとうにありがたい。多少の気恥ずかしさは拭えないけれど、目的があるというだけで夜更かしもなんだか楽しく思えた。



「名前!名前!」


 扉の向こうでヒバードが名前を呼ぶ声が聞こえる。約束の時間が近いことを知らせに来たのだろう。彼は一応鳥かごには入って入るけれど、私が自室にこもっている時は大抵かごから抜けだして呼びに来てくれる。

 昔は随分突っつかれたんだけどなあ。そう思いながらドアの死角にマフラーを隠して、扉を開ける。ドアノブに乗っていたらしいヒバードは小さく羽ばたくと肩に止まった。「カギ!カギ!」と叫ぶ彼は、私の立派な家族だ。私は弟のようなそれを軽くなで、大丈夫だよと安心させる。彼は安心したように一度頬ずりすると、再び羽ばたいてカゴの方へ戻っていった。彼は他のどの鳥よりも賢かった。私がカメラに見られるとマズイことを分かっているに違いない。



「あと、五センチくらいやろうかなあ」


 時刻は1時20分。この時間になっても帰ってこなければまず間違いなく外泊だ。鬼の居ぬ間に洗濯ではないけれど、出来る内にやってしまわないと。そう思いながら手を進め、ふと自分がマフラー作りをしていることを思い出し自嘲がこぼれた。こんなの、彼氏にも家族にもしたことがないのに。自嘲の思いが1つ、2つと網目に交わりマフラーに編みこまれていく。雲雀さんが巻けるくらい長いものになったら、ここには一体どんな思いがこもるのだろう。家族としての親しみだろうか。自分自身の変化に対する自嘲と呆れだろうか。…それとも?


「いや、ない。…ない」


 今更雲雀恭弥との甘い展開を期待するなんて、我ながら本当にどうにかしていると思う。そもそも彼が、こんな不恰好なマフラーを受け取ってくれるはずがないのだ。そう思うと少しだけ、心が落ち着く気がした。
 どうせ使ってもらえないのならやめてしまえばいいのに。悪魔のささやきが頭の中に響く。勇治さんには後で謝ればいい。どうせ受け取ってくれないんだから、これを仕上げるのは無意味だ。そもそもいくら24日と25日が雲雀恭弥の意向で活動停止するとしても、イコール私となにかあるというわけじゃない。一人で海外に行ってしまったこともあるくらいだ。期待するだけ、無駄だ。


「…期待する癖、まだ抜けないんだなあ」


 編もうとした手を止めて、手に絡めていた毛糸を外す。そうしてみると、こんな風に雲雀さんに対しマフラーを編んでいる自分がとても気持ち悪いもののように感じた。編み目もお世辞にも綺麗とはいえず、ワンコインで買ったマフラーにも見劣りしそうだった。こんなもの。そう思いながら紐を引っ張ってみると、ひとつひとつの思いがこもった目はあっさり解れて毛糸に戻っていく。いっそのこと、全部ほどいてしまおうか。怖いくらいに破壊衝動が目の前を覆って、毛糸を解く指先に力がこもった。怖い。他人ごとのようにそう思った。



「ヒバリ!ヒバリ!」


 ヒバードの声でふと我に返る。ヒバードはヒバリといった。彼は何も関係ないところで飼い主の名前を呼ばない。ということはどういうことか。理解する前に、体が動いた。私はドアの隅にやったマフラーを掴むと、勇治さんからカモフラージュ用にもらったおみやげの袋に入れる暇なくベットの下へ押し込む。指先がマフラーから離れたのと部屋のドアが開くのはほぼ同時だった。



「何をしているの」


 無機質な雲雀さんの声が、ベットの下に手を潜り込ませている私に振りかかる。彼の目は袋と私を往復し、何度目かで私の目で止まった。私は慌てて体を起こしながら脳をフル回転させる。悲しいことに、私は彼が優しくなるに連れ彼に嘘がつけるようになってきてしまった。昔は直ぐにバレてしまった嘘も、今は体裁は整えれるようになっていた。


「あの…頂いたペンダントを、落としてしまって。拾っていたんです」


 毛糸を買いに行った時につけて転がしておいた勇治さんのおみやげをそれとなく捕まえると、私はそれを彼に見せる。彼もヒバードを通して存在自体は把握していたのだろう。「山中勇治」と勇治さんのフルネームを小さくつぶやくと、今度は袋を注視した。ベットの下のマフラーの存在に気づかない彼は、やや間を置いてトンファーを構えた。瞬間に身を固くする私に彼はとんとんと足音を立てて近づくと、自然な動作で怒りの感情を振りかぶった。


「っぅ……ぁっ」


 頭に振り下ろされたはずのトンファーは、なぜだか私の肩にめり込んだ。体制を崩して床に崩れた私には、彼の表情を見る余裕はない。雲雀恭弥はたしかに優しくなった。けれども、優しくなったからといってこういう時の暴力が完全になくなったというわけじゃない。嘘がバレたのだろうか。そう思いながら痛みで歪む視界を彼に向ける。彼がちょうど、銀色のトンファーで銀細工のおみやげを破壊するところが目に入った。それで私は自らの失態に気づいて、痛みの理由に納得した。群れるのが嫌いな彼に、群れましたという証拠を見せつけてしまったのだ。それは毛虫嫌いの子の背中に毛虫を付けるのと同じ事。拳の1つや2つ食らっても何らおかしくはない。つまり今のは、完全に私が悪い。



「すみ、すみませんでした…」


 粉々になってしまった銀細工。いったいいくら位したのだろう。勇治さんは結局教えてくれなかったけれど、少なくとも私が雲雀さんに宛てるプレゼントの総額よりかは上だ。今日つけていた時に「使ってくれてんだな」とはにかんだ彼の笑みが脳裏にちらつく。彼は私の謝罪を聞いては居ない様子で粉々になったモノを見ると、足でよけた。そしてようやく、私に目を合わせた。


「名前」

 鳥肌が立つ程に冷たい声で私の名を口にした彼は、昼の時と同じようにに手首を掴んで立たせる。本当は立っていることもやっとだったけれど、彼が手を離してくれず私は只彼の前に立ち尽くすしかない。彼の手の力が強くなる。歪んだ視界で見た彼の顔は何だかむず痒がっている風にも見えた。


「…あの、雲雀さん」
「……何」

「その……群れて、すみませんでした」
「…へぇ、自覚はあるんだね」



 彼はそう言ってトンファーを左手で振り上げる。けれどそこには塵ほどの殺気はなく、身構えてはいるものの何となく振り下ろされないんだということがわかってしまった。彼は優しくなった。今まで何度も思ってきたけれど、ここまで明確に行動で示されたことはあまりない。あっけにとられる私を他所に、トンファーはゆるゆると私でも避けれるスピードで降りて先ほどあたった肩にやんわりと当たる。それでも全く同じ位置におろしてくる辺りは、流石は雲雀恭弥というところかもしれない。逃げる程でもない痛みが、じんわりと私の肩に熱を孕ませる。


「…名前」

 ここ最近、彼は必要以上に私の名前を呼ぶ。私はそれに返事で答えると、彼は真っ直ぐ私を見据えた。その視線の奥に彼には似合わない優しさが見えた気がして、私の心臓は跳ね上がる。怖い。素直に私はそう思った。優しい雲雀恭弥単体が怖いというのももちろんある。けれどそれ以上に、まるで自分が雲雀さんに大事に思われていると錯覚しそうで怖い。これだったら、まだ期待する余地がない分暴力を振るわれていたほうがマシだとさえ思う。それほどまでに、私は彼に優しくされるのが怖かった。期待しなければ、どんな理不尽な状況もすべて諦めることもできる。でも一度期待してしまえば、こんな何気ない暴力も苦痛に感じてしまう。


 だけどここ1年ほど前…とりわけここ一ヶ月くらいに渡り、私に対する彼の行動が誤魔化しようがないほど変わってきてしまった。それはまるで、私が向こうで夢小説として見てきたような暴力的な中にも僅かに優しさを匂わせる『恋愛物語』の『雲雀恭弥』そのものだった。そしてそれは5年間恐怖に耐えぬいた私には、不必要なものだった。


 雲雀恭弥の顔が少しだけ近くなる。何を考えているのかわからない瞳は相変わらずだけれど、その『何』の中にはもう身を引きたくなるほどの残虐性は感じない。近くなった顔に引くことも笑い飛ばすこともできないまま硬直した私の頬に、彼の冷たい指先が触れる。キスでもされてもおかしくない雰囲気だと一瞬でも思った自分を、できることなら殴って諌めて欲しかった。



「今日も起きてたね」


 口にした彼の言葉は決して至近距離でいう言葉ではない。けれど彼は顔の距離を変えないまま、何も答えられずにいる私に宛てた言葉を続けた。


「約束は守ったから、山中勇治と群れていたことはなかったことにしてあげる。鍵は僕がかけておいたから、もう眠っていいよ」



 彼はそれだけ言うと、あっさり顔と手を離した。そして茫然とする私に一瞥もくれることなく部屋を出ると、私の部屋の前にあるシャワールームに入っていった。私はどうしたらいいか分からず、遅れて入ってきたヒバードを見る。彼は一度私の方に乗り、それからすぐにベットの下に潜り込んでしまう。ヒバードにはお見通しだったんだろう。彼は慌てて押し込んだため棒が抜けてほつれてしまったマフラーを咥えて戻ってきた。「ハヤク、ハヤク」甲高い声が部屋に響く。遠くにシャワーの水の音が聞こえるから、雲雀さんにはきっと気づかれては居ないだろう。


「…本当に、何をやってるんだろうね。ヒバード」


 中途半端にほどけた部分を解き、目を揃えて棒を通し直す。雲雀さんが来る前は解こうとしていたのに、いざ彼を前にするとつい隠してしまう自分がいた。嘘までついて、殴られて、勇治さんからもらった折角の好意を壊してしまった。もうハタチは超えているのに、私はどうして何時まで経ってもこうなんだろうかと自重してしまう。大切なもの1つ守れず、自分の意志1つ貫き通すことができない。



「……どうしたらいいんだろう、ヒバード」

 途方に暮れながら彼を見る。気がつけば、彼の脚に設置されているカメラには黒のビニールテープが巻かれていた。きっと雲雀さんがやったんだろう。そう思いながらそのテープに触れると、ヒバードはくすぐったそうに逃げて私の肩に止まる。そして小学生が冷やかすように雲雀さんと私の名前を交互に繰り返すと、彼が触れた頬へキスするように優しくついばんだ。

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