番外編 | ナノ

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Merry Merry

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 昼なのに息が白い。手袋を忘れて手が凍え、買い物かごを持つ指先が震える。商店街の電気屋さんの店頭に並んだテレビがにこやかに笑った。「今年は一段と寒さが冷え込みますね。今日も暖かくしてお出かけしてください」今年はホワイトクリスマスになるね!とすれ違ったカップルの女の子が楽しそうに言った。私はそれらを微笑ましく見ながら、指先に吐息をふきかける。黒い毛糸の入った手芸屋のビニール袋が、商店街にかかるクリスマスソングに合わせるように音を出した。ここに来て何度目の冬だろう。ふと気になって1つ2つとかじかんだ指を折って数えると、6本目でそれは終わった。




Merry Merry

 事の発端は風紀委員の頃からお世話になっている勇治さんの一言だった。
12月の上旬に戻ってきた彼は手には山ほどのイタリアみやげが抱えられていて、普段の礼だとその中のアクセサリーをもらった。それは見たこともないほど綺麗な細工で、私はこの世界にきて初めてアクセサリーをつけた。そこまでは普段と変わらないやり取りだったのだけど、勇治さんはふと思い出した様に爆弾のような言葉を落としたのだ。


「お前は雲雀さんに何をプレゼントするんだ?」


 まるで当たり前の事な口調で言われたその言葉に固まったのは私だった。
雲雀さんは人が集まる行事が苦手だという先入観が、6年前から私の中にはあった。勿論夏祭りの日は場所代を集めに行くし、大晦日は人を退けた神社にお参りしようとする。だけど私は、一度もそこに連れていってもらったことはない。

今年は一度だけお花見に連れていってもらえたけれど、それだけだ。だから私は行事を意識しなかったし、なんとなくしてはいけないものだと思っていた。――クリスマスなんて群れるための行事なんて、したいと思ったこともない。仮にそんな事を言えば、トンファーによる物理的なプレゼントをもらう気しかしなかったからだ。

 その事を勇治さんに説明すると、彼は困ったように頭をかいた。そして「いや…でも今年は雲雀さんの意向で24・25日と休みだぞ」と、さらなる爆弾発言を落としたのだ。



 そんなこんなで急遽食品買い物のついでに毛糸を買ってきたのだけど、本当にこの選択で良かったのかと不安が拭えない。そもそも手編みのマフラーという物自体が雲雀さんに似合わない。着けてもらえる確率は、多く見積もっても3%くらいだ。ならどうしてこれにしたのかといえば、私の大好きな勇治さんの助言だった。


 マフラーにすると言い出したのは私だ。雲雀さんは車の免許は持っているけれど、車はあまり使っていない。並盛が相当好きらしく、彼はいつも歩いて財団のある神社に向かっていた。だからいつも帰ってくる時は首や顔を真っ赤にさせている。勿論マフラーはしていたのだけど、誰のものかわからない血でだいぶ繊維が固まってしまっていた。



「手作りかぁ……」


 勇治さんが言うには、絶対手作りの方がいいらしい。今日び恋人同士でもやらないし買った方が安いし物もいいと言っては見たけれど、勇治さんはそこだけは頑として譲らなかった。私の持つお金は微々たるものだ。だから高級なスーツで身を包んでいる雲雀さんに中途半端なものをあげるよりも、少し不恰好でも作ったほうがいい。そう豪語する彼の気迫に根負けして毛糸を買ってきてしまったのだけど、改めて考えたら選択を誤った気がしてならない。腹をくくって作ろうとは思う。思うけど、やはり気恥ずかしいし怒られそうな気もする。喜ぶ彼の姿よりも、私の腹に標準を定めながら『余計なことしないで』と無表情で言う姿の方がありありと想像できてしまう。



「…ヒバード、あっち向いてってば」
「マッカ!マッカ!」

「もう、カメラがついてるんだから大人しくしてね」


 足に取り付けられたカメラから庇うように袋を持ち直しながらヒバードを撫でてやる。あと少しで商店街を抜ける。そのもう少し先は、5年間私が居候している雲雀さんの家だ。家に帰ったらとりあえずヒバードを鳥かごの中に入れて自分の部屋でつくろう。居間はカメラが付いているけど、私の自室としてあてがわれている部屋にはない…と、草壁さんには聞いている。彼も上司に逆らえないところがあるから、本当かどうかはわからないけれど。…今度勇治さんに聞いてみよう。


 そんな事を考えていると、ふと後ろが騒がしいことに気づく。何の気なしに振り返ると、商店街の人がそそくさと歩道の端によっていた。その向こうに黒い人影を見つけ、私は不審に思われない程度の速さで手芸屋の袋を食品の入った買い物バックの底に押し込んだ。程なくして、その黒い人影は私の横で止まる。昔ほどには緊張しなくなったその人は、ここに来た時と比べたら随分と身長が伸びている。その手に構えられたトンファーに癖で一瞬固まってしまったが、それが自分に振りあげられないことを確認して呼吸を整えた。その私の様子に気づいたのだろうか。雲雀さんは睨むように目を細めた。



「お疲れ様です、雲雀さん」
「…何をしているの?」

「買い物…と、例の郵便物を出しに行って来ました。雲雀さんは今から外回りですか?」
「家に資料を取りに行くだけだよ。今日は遅くなるけど、約束はわかってるね」

「二時に施錠…ですね。大丈夫です」
「そう。郵便物は間違いなく送ったのかい?」

「受付の人にも確認したので大丈夫です」


 横に歩く雲雀さんのペースは早く、私は小走りでついていかなければならない。歩くペースを合わせてくれるディーノさんやロマーリオさん、草壁さんや勇治さんとは大違いだ。彼はいつも、私を置いていきたいのかと思うほど早く歩く。一度彼のペースに合わせなかったことがあるけれど、その時はトンファーで殴られたのでそれ以来はこんな調子だ。ガサガサと買い物バックが揺れる。ビニールの音が微かに響くのが、妙に気になってしょうがなかった。


「名前」

 短く雲雀さんが私の名前を呼ぶ。1年前くらいからだろうか。雲雀さんは私をフルネームで呼ばなくなって、代わりに名前で呼ぶようになった。それまではずっとフルネームで呼ばれていたせいか彼の名前呼びは酷くくすぐったいし、怖く感じる。何が怖いって、少し親密になれたんだと思ってしまう自分がだ。



「…え?あ、なんでしょうか」

 考え事をしていたせいか、反応が遅くなった。途端に彼の腿から離れ軽く持ち上げられたトンファーに反応するように、私の意識は戻ってくる。私のこれは、もう完全に癖のようなものだった。以前草壁さんにそこまで怯える必要はないだろうと言われたことがある。でもダメなのだ。もう6年にも渡るトンファーの恐怖が体に染み付いているし、何よりこんなに優しくなった彼も完全に殴らなくなったわけじゃない。今がいい例だ。
 それに無防備で暴力を振るわれるのと身構えてされるのでは、痛み方がぜんぜん違う。後者のほうが、心も体もそこまで痛いと思えない。



「…分かってると思うけど、寝たら承知しないからね」


 彼は目を細め、脅すようにそういった。私はハイと返事をしながら、不思議な人だと改めて実感する。
 彼の言う二時に施錠するというのは、雲雀恭弥が住むマンションの鍵のことだ。白蘭のことがあってオートロックにはなっているけれど、それとは別に内側からしか開けれない鍵が存在する。それは午前二時に私が施錠しなければいけない鍵で、施錠してあるかないかは財団と雲雀さんの持つ端末から常に監視されている。この鍵をつけたばかりの頃なぜ二時なのかと聞いたことがあったけれど、その問いに雲雀さんは答えてくれなかったから分からずじまいになっていた。それに今の科学力だったら自動や遠隔ロックもできるのに、どうして私が手動でやるのかも気になる。勿論、聞く勇気はないけれど。



「まぁ、分かっていればいいよ」
「…はい」


 彼は満足気な表情になり、『雲雀恭弥』独自の笑いを浮かべる。口だけで微笑む作り笑いのような表情に、私は少しだけ見入ってしまった。ディーノさんと比べてしまったら全然だけれど、彼の笑みは6年前とは比べ物にならないくらい優しい。私一人の外出もヒバードを連れていけば許してくれる。けれど彼は、相変わらず私を家に匿い続けている。ロータスイーター、もといトリップの謎は全て解けたのだから彼のメリットなんて何もないはずなのに。私は彼の目を見つめ返すと、彼はふと足を止めた。追い抜きそうになるのをつんのめりながら踏みとどまると、彼はトンファーの先で私の不安定に揺れた体を優しく押し戻した。



「名前」


 彼は短く私の名前を呼ぶと、軽く手首に触れる。まただ。雲雀さんは最近私の体にとても良く触れる。昔も気まぐれに触れてくることはあったけれど、それは髪だけの話でこうして体に触れることはまずなかった。雲雀さんの冷たい指先が袖先から中に侵入する。寒いんだろうか。そう思った瞬間、手首を鷲掴みにされて引っ張られた。


「遅いよ。僕は忙しいんだ」


 彼はそう言うと、すぐに私から目を逸らしてすたすたと歩き出す。繋がれたままの手は離れることはない。6年一緒に過ごしても何を考えているかちっともわからない彼を見ながら、ふと勇治さんの言葉を思い出した。

『お前と雲雀さんは家族みたいなものだしなぁ』彼はそう言って苦笑した。私には苦笑の意味がわからなかった。けれど1つだけ言えることがあった。彼はともかく、私の方は雲雀さんに家族意識を持っているということだ。私にはもう笑い合える家族はいないけれど、彼がいることでその寂しさが少しずつ和らいできている気がする。手を繋ぐのも、緊張はするけれど嫌ではない。だけどそれは私の一方的な感情だった。



「…雲雀さん」
「何」

 何の気なしに呟いた言葉だったが、私を引きずるようにして歩いていた雲雀さんは応えてくれる。彼は私のことをどう認識しているんだろうか。聞きたくなったけれど、私は少しだけ迷って伝えたい言葉の続きを綴じてしまう。小さく息を吸うと冷たい空気が体の中を巡って、知らず知らずに火照っていた体温を少しだけ冷ました。


「お仕事、頑張ってください」


 私はそれだけいって言葉を切った。まだ家につくまでは距離があったけれど、それが合図となって私と彼の会話は終了してしまった。ただ義務的に繋がれる雲雀さんの手が、強く私の歩く道を決めていく。それだけは6年前と何ら変わりのないことで、私は伝え損なった思いを心の底の方に押し込める。同じ方向に歩いているのに、向かっている先は私と彼とでぜんぜん違う。私の行く先は、何時まで経っても彼の背中だ。


 息をついて自分の買い物バックに目をやれば、手芸屋のビニール袋がここにいるよと主張するように野菜の隙間からはみ出していた。

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