番外編 | ナノ

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Merry Merry

(17/17)

嗚呼何だ、簡単な事だったのか。




最後の花火が消える頃になると、彼女は疲れ果てたというように僕の膝に倒れこんで寝てしまった。
少ないと思っていたけど、さすがにイタリアに行ったときに向こうでもかき集めただけあってか、30分くらいは続いた。
これが、僕の用意したクリスマスプレゼントだったんだけど。当の本人は、もう眠っている。
まあ、無理も無いか。僕は携帯を取り出して、時間を確認する。

画面に表示された数字は、3時38分。
2時にロックするように行ってた時はその直後直ぐに寝てたみたいだから、よほど眠かったに違いない。
まったく、猫みたいだ。僕はそう思いながら、膝に乗っている彼女の背中と膝の裏に腕を通し、持ち上げる。
完全に熟睡していた名前は小さく呻くだけで、僕に抱かれていることに気づかない。
おきていたら、一体どんな反応するんだろうね、君は。
見たいような、其れで居て暴れるだろうから見たくないような。そんな、微妙なところだけど、やはり見たいのかもしれない。


そんなことを考えながら階段を下り、神社から少し離れた場所に止めていた車の助手席に、彼女を乗せる。
エンジンをかけてエアコンをかけるけど、車内は既に外気と同じほどに冷え切っていた。
しょうがないな。僕はコートを脱いで車内に乗り込むと、そのコートを彼女にかけてやる。
マフラーをかけようと思ったけど、やめておいた。だってこれは、僕のものなんだから。彼女に貸すのも、嫌だ。

横になったままの彼女に触れるけど、彼女は一向に起きる気配を見せない。
まるで子どもみたいだね。…最も、そんな彼女にこうやって触れている僕も、相当愚かなんだけど。


「名前」

「ん、ひば…り、さ……」

閉じていた瞼をわずかに上げて、まるで僕を探すように小さく首を動かす。
それはまるで、生まれたての小動物が母親を探す姿で。僕は可笑しさを堪えきれずに、姿勢を落として、彼女の耳元に唇をやる。


「恭弥だよ」

「きょ…や…?」

「そう、恭弥」

「きょーや……きょ…や、」


彼女はうわ言の様に数回繰り返すと、やがてその声を寝息へと戻してしまう。
恭弥、か。普段の君なら、きっと言ってくれないんだろうね。分かっているだけに、少し惜しいような気持ちになる。


先ほど、彼女に問われるがままに言葉を返して、初めて分かったことがある。
僕がイラついている理由。そして、この胸の奥に時折感じる、もどかしさや痒みのような苛立ちの理由。

其れは、彼女との差だった。

僕が思っているのに、彼女は僕ほど僕のことを思ってなどいない。そんなものに、僕は腹を立てていたらしい。
この僕が気を許してあげているのに、本人はその自覚が無くて、自分など取るに足らない存在だと位置づけている。其れが、ムカツク。
きちんと自覚して欲しかった。彼女が、僕のものだということを。そして彼女が思う以上に、僕は名前のことを。



「……まあ、死んでも君には言わないけどね」


タイセツだなんて、まるで僕が群れることが好きな草食動物に成り下がったみたいで、本当に腹立たしいよ。
だけどまあ、君が相手なら其れも別に、そこまで不快でもないんだけど。


名残惜しく彼女に触れてから、僕はシートベルトを締めて、ギアをドライブに戻す。
早く帰ってしまおう。もう既に寝ている彼女なら、多分同じベットで寝ても文句は言えないだろうし。
明日目が覚めたときが楽しみだよ。そう思いながら、アクセルを踏む。



眠る直前に、君が言った言葉は、多分無意識だったんだろうけれど、僕は絶対に忘れてあげない。
『一緒にいたい』だなんて、随分変わった君が可笑しくて眠気も吹き飛んでしまったくらいだしね。
まあ、変わったのが僕だけじゃないと言うことが分かっただけで、この面倒くさい行事も少しは役に立ったかな、と思う。



「ねえ名前、Merry,Christmas」




(君は今日と言う日に)

(一体何を得るんだろうね?)

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