Merry Merry
「吃驚したよ。ここが僕の仕事場と知っていながら、ここにあえて逃げてくるなんてね」
「…あ」
「…忘れてたの。まあ、いいけど。君がここに来ることは、薄々分かっていたしね」
彼は…いや、雲雀さんはそういうと、ふ、と笑いのような吐息のような息をついた。
ぐ、と首根っこを引っつかまれて、疲れた体を無理やり立ち上がらせられる。
イタイイタイ!と思わずさっきのような彼に対して馴れ馴れしすぎる言葉を言ってしまうけど、彼は気にしていないようにずるずると私を境内のほうへと引っ張っていく。
この状況下、死を覚悟する私に追い討ちをかけるように、「僕から逃げようだなんていい度胸してるね」と零す。
言葉に詰まった私を引きずるようにしながら階段を上るかれは、頂上に着くやいなやパッと離す。
あまりの疲れに、地面にへたり込む私を彼は一瞥すると、ふいに鳴った携帯を取り出し何やら一言二個と交わした後、直ぐにきった。
どうやら、仕事<咬み殺すというあまり私の望まない不等号が成立したらしい。心なしか、彼は少し楽しそうだ。
「あ、の、本当に…申し訳ありません……でし、た」
「君は何に対して謝っているの?逃げたことかい。それとも、僕の質問を何度も無視したことかい?」
「…全部…?」
「誠意が感じられないな」
「や、本当にごめんなさい…っ!」
取り出されたトンファーに反射的に顔を庇うと、彼は「これが、怖いかい?」と愉しそうに笑う。
其れが私には悪魔の微笑にしか見えなくて、その場にうずくまった。彼はそう、と興味がなさそうに呟くと、小さくため息をついた。
「じゃあ、捨てておくよ」
「……え?」
ごつっという音とともに、彼の後方に捨てられたトンファーは、綺麗な月明かりに照らされて、綺麗に煌いている。
目を、耳を、疑った。あの雲雀さんが、相棒のように扱っていたトンファーを投げ捨てるなんて。正直、信じられない。
「これで怖くないでしょ」と彼は面倒くさそうに言うと、私に近づく。彼が伸ばした手が、私の動きを封じるにしては余りにも優しく、私の手首に絡んだ。
「落ち着いたかい?」
降ってきたのは、意外な言葉。
てっきりトンファーで八つ裂きにされると思っていた私はすっかり動揺し、その言葉により落ち着きをなくしていく。
「な、なんのことですか…」とつっかえながら必死にこの状況を整理しようとするけれど、私の頭は混乱していくばかり。
今更に、思い出す。私は、痛みとか恐怖とか、そう言う中では冷静に判断できるけど、こういう優しさには、余りにも不慣れなのだ。
彼は呆れたように「さっきのことだよ」といって、初めて私は『暴言を吐き捨てて逃げた』ことを指していたのだと、気づく。
「あ、あの、本当にすみませんでした…」
「謝罪の言葉が欲しいわけじゃない」
「……答え、ですか?」
「其れも要らない。冷静に考えれば、君に教わるなんて、僕のプライドが許さないからね」
「…そ、そうですか」
だったら聞いてこないで欲しい。…なんて、言えるはずもなく。
口を開いて、やめた私を見て、彼は表情を歪ませる。目つきが鋭いだけに、その表情は迫力があった。
「腑に落ちないのは、君が僕に懐かないこと。それだけだよ」
「懐…って……」
「恭弥でいいっていうのに相変わらず呼ばないし。癖かと思ったその口調も実は意識的なもの。僕の命令に一々逆らうのかと思えば、それ以外の命令には忠実に従うなんて。馬鹿にしてるの?名前」
「…決してそんなことは、無いんですが」
ただ、雲雀さんには独特の気品と言うか、近寄りがたい雰囲気があって。
どうしても気軽に話しかけれるタイプには見えないのだ。だから自然に敬語にもなるし、雲雀さんと言う呼び名になる。
本当に、それだけだった。
「あの、雲雀さん…」
「なんだい、名前」
「雲雀さんは如何して、私に名前で呼ばせたいんですか…?」
「理由が要るの?」
「だって…草壁さんは例外ですけど…勇治さ…財団の皆さんは雲雀さんと呼んでますし、敬語に限っては草壁さんだって…っ」
満天の星を仰いでいた彼は不意に視線を私にやり、左手で私の口を覆う。うるさい、と言うことらしい。
私は素直に黙ると、彼は僅かに考えるように、視線を下へやった。
「しいて言うのなら、腹が立つ。それだけだよ。まるで僕一人が気を許しているみたいで、不快だ」
「……っ!」
「ねえ、名前#。もし今度財団の人間と君が僕にとって同じ存在なんて言葉を口にしたら、君でも本気で咬み殺すからね」
彼はそう言うと、「ああ、やっとか」と呟きながら、再び空を仰ぐ。
その瞬間、大きな爆発音とともに、ぱあ、と空が赤色に染まった。
反射的に上を見ると、今度は空にオレンジ色の花が咲き誇り、一瞬で光の粒に消えてしまう。
「花……火…?な、何でこんな時間に…」
「手配させるのに、苦労したよ。数が限られてるから直ぐ終わるけどね。花火なんて煩いだけかと思ってたけど、冬の花火は静かで良い」
「……え、雲雀さ…?」
「Merry Christmas.馬鹿げてるから、もうやらないけどね」
彼はそう言うと、不敵に口の端を持ち上げて、笑う。
そんな彼を呆然と見つめて……私は、言葉を失った。
暗くてよく見えなかった彼の首元が、花火に照らされる。巻き付いていたのは、黒いマフラー。
彼は私の視線に気づいたように「ああこれ」というと、ふと表情を緩めて、「サンタクロースがくれたんだ」と嘯いた。
(捨てようと思ったのに)
(何でだろう)
(何故だか、嬉しいの)
戻る?進む
(目次)
(16/17)
「吃驚したよ。ここが僕の仕事場と知っていながら、ここにあえて逃げてくるなんてね」
「…あ」
「…忘れてたの。まあ、いいけど。君がここに来ることは、薄々分かっていたしね」
彼は…いや、雲雀さんはそういうと、ふ、と笑いのような吐息のような息をついた。
ぐ、と首根っこを引っつかまれて、疲れた体を無理やり立ち上がらせられる。
イタイイタイ!と思わずさっきのような彼に対して馴れ馴れしすぎる言葉を言ってしまうけど、彼は気にしていないようにずるずると私を境内のほうへと引っ張っていく。
この状況下、死を覚悟する私に追い討ちをかけるように、「僕から逃げようだなんていい度胸してるね」と零す。
言葉に詰まった私を引きずるようにしながら階段を上るかれは、頂上に着くやいなやパッと離す。
あまりの疲れに、地面にへたり込む私を彼は一瞥すると、ふいに鳴った携帯を取り出し何やら一言二個と交わした後、直ぐにきった。
どうやら、仕事<咬み殺すというあまり私の望まない不等号が成立したらしい。心なしか、彼は少し楽しそうだ。
「あ、の、本当に…申し訳ありません……でし、た」
「君は何に対して謝っているの?逃げたことかい。それとも、僕の質問を何度も無視したことかい?」
「…全部…?」
「誠意が感じられないな」
「や、本当にごめんなさい…っ!」
取り出されたトンファーに反射的に顔を庇うと、彼は「これが、怖いかい?」と愉しそうに笑う。
其れが私には悪魔の微笑にしか見えなくて、その場にうずくまった。彼はそう、と興味がなさそうに呟くと、小さくため息をついた。
「じゃあ、捨てておくよ」
「……え?」
ごつっという音とともに、彼の後方に捨てられたトンファーは、綺麗な月明かりに照らされて、綺麗に煌いている。
目を、耳を、疑った。あの雲雀さんが、相棒のように扱っていたトンファーを投げ捨てるなんて。正直、信じられない。
「これで怖くないでしょ」と彼は面倒くさそうに言うと、私に近づく。彼が伸ばした手が、私の動きを封じるにしては余りにも優しく、私の手首に絡んだ。
「落ち着いたかい?」
降ってきたのは、意外な言葉。
てっきりトンファーで八つ裂きにされると思っていた私はすっかり動揺し、その言葉により落ち着きをなくしていく。
「な、なんのことですか…」とつっかえながら必死にこの状況を整理しようとするけれど、私の頭は混乱していくばかり。
今更に、思い出す。私は、痛みとか恐怖とか、そう言う中では冷静に判断できるけど、こういう優しさには、余りにも不慣れなのだ。
彼は呆れたように「さっきのことだよ」といって、初めて私は『暴言を吐き捨てて逃げた』ことを指していたのだと、気づく。
「あ、あの、本当にすみませんでした…」
「謝罪の言葉が欲しいわけじゃない」
「……答え、ですか?」
「其れも要らない。冷静に考えれば、君に教わるなんて、僕のプライドが許さないからね」
「…そ、そうですか」
だったら聞いてこないで欲しい。…なんて、言えるはずもなく。
口を開いて、やめた私を見て、彼は表情を歪ませる。目つきが鋭いだけに、その表情は迫力があった。
「腑に落ちないのは、君が僕に懐かないこと。それだけだよ」
「懐…って……」
「恭弥でいいっていうのに相変わらず呼ばないし。癖かと思ったその口調も実は意識的なもの。僕の命令に一々逆らうのかと思えば、それ以外の命令には忠実に従うなんて。馬鹿にしてるの?名前」
「…決してそんなことは、無いんですが」
ただ、雲雀さんには独特の気品と言うか、近寄りがたい雰囲気があって。
どうしても気軽に話しかけれるタイプには見えないのだ。だから自然に敬語にもなるし、雲雀さんと言う呼び名になる。
本当に、それだけだった。
「あの、雲雀さん…」
「なんだい、名前」
「雲雀さんは如何して、私に名前で呼ばせたいんですか…?」
「理由が要るの?」
「だって…草壁さんは例外ですけど…勇治さ…財団の皆さんは雲雀さんと呼んでますし、敬語に限っては草壁さんだって…っ」
満天の星を仰いでいた彼は不意に視線を私にやり、左手で私の口を覆う。うるさい、と言うことらしい。
私は素直に黙ると、彼は僅かに考えるように、視線を下へやった。
「しいて言うのなら、腹が立つ。それだけだよ。まるで僕一人が気を許しているみたいで、不快だ」
「……っ!」
「ねえ、名前#。もし今度財団の人間と君が僕にとって同じ存在なんて言葉を口にしたら、君でも本気で咬み殺すからね」
彼はそう言うと、「ああ、やっとか」と呟きながら、再び空を仰ぐ。
その瞬間、大きな爆発音とともに、ぱあ、と空が赤色に染まった。
反射的に上を見ると、今度は空にオレンジ色の花が咲き誇り、一瞬で光の粒に消えてしまう。
「花……火…?な、何でこんな時間に…」
「手配させるのに、苦労したよ。数が限られてるから直ぐ終わるけどね。花火なんて煩いだけかと思ってたけど、冬の花火は静かで良い」
「……え、雲雀さ…?」
「Merry Christmas.馬鹿げてるから、もうやらないけどね」
彼はそう言うと、不敵に口の端を持ち上げて、笑う。
そんな彼を呆然と見つめて……私は、言葉を失った。
暗くてよく見えなかった彼の首元が、花火に照らされる。巻き付いていたのは、黒いマフラー。
彼は私の視線に気づいたように「ああこれ」というと、ふと表情を緩めて、「サンタクロースがくれたんだ」と嘯いた。
(捨てようと思ったのに)
(何でだろう)
(何故だか、嬉しいの)
戻る?進む
(目次)