番外編 | ナノ

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Merry Merry

(14/17)

でも結局のところ、同じなんだと思う。
僕と。そして、名前は。



体を硬直させた名前は目をそらしたまま、僕の問いに答えないまま、心が無いみたいにただ前を見つめている。
僕が聞いたのに無視なんて、いい度胸してるね。咬み殺してあげるよ。…といいたいところだけど、生憎僕にもそんな余裕は無い。
彼女は顔をまるで今夜来ると言われている老人の服みたいに真っ赤にさせて、唇を震わせてる。
ためしにもう一度こめかみ辺りを彼女の頭に押し付けてみたけど、やはり彼女はどう見ても『安心』しているようには見えない。
それどころか何か焦ったように視線を泳がせているし、落ち着きも無い。…まるで、僕を見ているみたいだった。


もし本当に家族愛とやらが『暖かくて安心して、当たり前のように居るため気づかないが離れると寂しい』物なのだとしたら。
本当にそれだけだとしたら、僕は名前に対しては家族と思っていないだろう。
寧ろ傍に居れば居るほど落ち着けなくなるし、僕らしく居られなくなる。
僕が僕で居られなくなることは、不快とまでは行かないが、違和感を感じてしまい、余り居心地のいいものじゃない。
適度に離れていればいいのだけど、こんな風に傍に居れば居るほど…僕は『僕』を見失う。
だけど最近のように離れすぎても僕は僕を見失うのだから、本当に厄介だ。
いい加減この理由を見つけないと、苛立ってしょうがない。原因不明なものにいつまでも悩まされる程、僕は呑気じゃないから。



「ねえ、答えてよ。名前」

「…私には……その、分から無…」

「君、嘘つくのへただよね。知ってたけど」


僕がそう言うと、名前は小さい肩をびくりと揺らして、消え入りそうな声で諦めたように「しませんよ…」と言う。
どうやら、家族と言うものはこんな風に密着しないらしい。じゃあ、一体何なの?と彼女に問うけど、彼女は今度こそ完璧に黙ってしまった。
「やっぱり…」と蚊の鳴くような声で呟いたけど、それ以上その話題に触れることを拒むように立ち上がって、僕の向かい側に座った。
た、食べませんか?と取り繕うように笑う彼女にイラついて思わずトンファーを出すと、彼女は表情を笑顔のまま引きつらせた。

昔から、そう。
僕が彼女に問いかけたとき、彼女は必ず誤魔化すように下手糞な嘘をつく。
今僕の右手の中指にあるリングを彼女が持ってきた時も、素直に赤ん坊から貰ったといえばよかったのに、嘘をついて。
そもそも彼女と始めてあったときの事を後から聞いたとき、全部覚えていないなんて嘘をついていたし。
あの時は余りにも下手糞な演技に呆れてそれ以上深入りするのをやめたけど。今回はもう、その手には乗ってあげない。


睨むようにして彼女を見ると、彼女は泣きそうな表情をして、俯いた。
これは、彼女の癖だった。不味いことがあると、直ぐに泣きそうな顔をする。…まるで、獰猛な犬に怯える子猫みたいに。
だけど、こんなことでほだされる僕じゃない。ほんの少しだけ感じた感情をかき消して、僕は彼女を真っ直ぐに見る。
名前は僕が何も反応しないのを見て、何かに耐えるように唇を噛み締めた。苦虫を噛み潰したような、妙な表情。



「それは、雲雀さん自身にしか、分からないと…思い、ます」

「じゃあ、君の答えでいいよ。君は、僕をどんな風に認識しているの?」

「…家族」


僕が質問すると、彼女は苛立ったように表情をゆがめる。
彼女が『怒っている』姿なんて、6年間共に過ごしていても見るのは初めてで、僕は思わず質問を重ねる。


「嘘だね。君がさっき言ったカゾクアイの定義に、今の君は当てはまっているようには見えない」

「…じゃあ、なんだっていう…んです、か」

「それは僕が聞いてるんでしょ」


彼女の言葉にはっきりとした怒気が含まれ、口調が荒々しくなる。
冷静に僕が言葉を返した瞬間、彼女は俯けていた表情を上にあげて、初めて僕を“睨んだ”。
全く迫力の無いソレは、恐怖こそ与えないものの、僕に動揺を与えるのは十分すぎた。


「もう嫌だ…っ、知らない。知らない。絶対、嫌だ……っ」


彼女は全てを拒絶するように両耳を両手で押さえると、はじかれたように立ち上がってリビングから出て行こうとする。
反射的に伸ばした腕は軽く彼女をかすめただけで、彼女を上手く捕まえることが出来なかった。
リビングの扉が閉められ、数秒後に玄関のドアが閉められる音が、独りきりになった部屋に響いた。

静寂

彼女が逃げたという事実は理解しているが、僕は上手く反応することが出来ない。
だって、そうでしょ?
6年間ずっと自分のものだと思ってきた猫。全てを知っていると思っていたモノを、実は全然知らなかったという事実を突きつけられたのだから。
僕は名前が僕に敬語なのは、元からこういう口調が癖だから、と言う認識しかしていなかった。
臆病者で、いつも小動物のように震えていて、無力で。そしてどこか控えめな印象しか、僕は持っていなかった。

だけど――違った。

結局のところ彼女は、僕を前にして本音を吐露したことなど一度も無いのだろう。
先ほどヒバードが歌った、『消えちゃえ』だの『もう嫌だ』などの自暴自棄の言葉は、全て彼女の本音。
全て知ったような気になっていたのは、どうやら僕だけだったらしい。――馬鹿にされたようで、腹が立つ。



「許さないよ、名前」


僕はそう零すと、立ち上がってコートを着て、自室に戻る。
右手の袖にもトンファーを忍ばせて……ふと、机の上の黒い塊に目をやる。
とりあえず直したソレを一瞥する。少しだけ迷って、手に取った。



(“逃がさない”)

(そう、言ったでしょ?)

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