番外編 | ナノ

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Merry Merry

(12/17)


家に帰り辛いのかと問われれば直ぐに否定できない僕がいるのは、やはり否定できない事実だった。


しかし、23日の15時頃にイタリアにおける地下アジトに組織ぐるみでの侵入したらしく、急遽イタリアに向かうこととなった。
財団のジェット機とはいえ、やはりイタリアまでは遠く、片道だけで半日弱はかかってしまう。
とりあえずはイタリア基地へ行き、状況を確認。そして色々と『始末』した後、組織の洗い出し。
再び並盛に戻るのは無理かと思ったけれど、イタリアに飛ばしていた山中勇治の計らいで何とか日本時間で24日中には戻ってこれた…が。
時刻は22時をゆうに越えていて、今更帰ってもどうしようもないような時間だった。
このまま財団で仕事をしてから帰ろうかと思ったけど、せっかく山中勇治が面倒な雑務を全て処理すると言ってくれたことを思い出し、仕方なく戻る。
部屋には当たり前のように電気がついていたが、中に入っても足音一つしなかった。
シンと静まり返った部屋が、やけに広く感じる。早く切り上げてきたのに、眠ってしまったのだろうかと部屋を先に覗けば、ベットはかろうじて空っぽだった。




リビングに入ると、デミグラスソースの独特の匂いが、部屋全体に充満していた。
リビングの方を覗き込むと、彼女はどうやらソファーの方で寝てしまったらしい。全く、僕はこんなに疲れて帰ってきたのに、いい身分だね、君は。
僕はとりあえず彼女を放置してキッチンに入って、鍋のふたを開ける。
どうやら、作ってあったのは煮込みハンバーグらしかった。肉の塊が二つ、鍋の中に浮いている。
その数に少し目を疑いながら、僕はゆっくりと鍋の蓋を戻す。


どうやら名前は待っていたらしい。
こんな遅くまで、ご飯も食べずに。


僕はキッチンから出ると、荷物をその辺に放り投げるようにしておいて、名前が寝ているソファーの前へと移動する。
くたりと力を失っている彼女は伸びた髪で顔を隠しながら、小さな寝息を立てて眠っていた。
前髪を掻き分けてやれば、真っ赤に腫れた顔が露になり、同時に塩辛い匂いが一瞬だけ、鼻にこびりついたデミグラスソースの匂いをかき消した。
瞼にそっと人差し指の腹を押し当てると、いまだにぬれている睫についていた水滴が僕の指に移る。
舌先で突いて確かめると、それはやはり、塩辛かった。


「泣いてたの」


声に出しても、彼女は起きるどころかピクリとも動かない。泣きつかれたように、ぐったりとクッションに片頬を押し付けているまま。
口を僅かに開けて、喘ぐように呼吸をするたびに小さく体を上下に揺らす彼女は、やはり6年前と少しも変わっていない。
猫のような、でも紛れも無い人間な彼女。
涙でぬれたのか、束になって固まっている髪をほぐしてやると、彼女はくすぐったがる様に身じろぎして、小さく呻く。
遅くなったね。と呟くと、彼女は僅かに睫を動かす。だけど完全には起きれていないのか、その瞼はかたくなに閉じられたままだ。

彼女の腹が、まるで小動物の鳴き声のような音を立てる。
そういえば、名前はこんな時間まで何も食べていなかったんだっけ。と思いながら、時計を見上げる。もう、23時を越えていた。夕食には、遅すぎる。
…馬鹿な子。先に食べればよかったのに。
そう思いながら白い頬を撫でてやると、彼女は僅かに開いた唇から僕の名前を零す。目の置くから、また一筋雫が零れ落ちて、頬をぬらした。


「…本当に、馬鹿な子」


自然に持ち上がる口の端をそのままに、僕は立ち上がる。
いつもは冷たい料理なんて絶対に食べないけど、今日のは僕の過失だから、温めてあげるよ。
そう思いながら立ち上がると、ふと自分の足の下の違和感に気づく。足をどけてみると、一本の黒い毛糸だった。
何これと、随分と長いソレをひろいあげると、リビングの端側まで持ち上がる。手繰り寄せようとすると僅かな重みを感じた。

糸の端を掴んだまま手繰られるように移動すると、長い糸は黒い塊に繋がっていた。
…この糸は、これがほつれたもの、か。
黒い布の前に片膝を突いて拾おうとすると、不意にその黒い塊が小さく動く。ゆれるソレの隙間から黄色の塊が顔を覗かせた。


「ヒバリサン、オソイナア」

甲高い声が響くと同時に、小さな羽音を響かせてヒバードが僕の上を飛び出す。
いつもなら僕の名を呼んで肩にとまるはずのそれは、いつまでたっても僕の肩には乗らない。寧ろ僕を見下すように、僕の頭上で円を描きながら飛び続ける。


「オソイナア、オソイナア、ヒバリサン、ヒバリサン、コナイナア、バカミタイ、バカミタイ!」

脈絡の無い言葉を言いながら飛び続けるヒバードは僕の上を旋回すると、ソファーの上に止まる。
今の言葉は、僕は教えていない。恐らく、彼女の今日の呟きを覚えてしまったのだろう。
だけどいくらその辺の鳥とは違うとはいえ、所詮は鳥だ。何回も口ずさまなければ、覚えることはできない。
…そんなに何回も、言っていたのか。名前は。


胸の奥に妙な感情がうずき、僕は思わず表情をゆがめる。
ヒバードは名前の呟きを執拗に繰り返しては、まるで僕を責めるように歌い続ける。


「煩い、よ」

「モウイヤダ、モウイヤダ、モウイヤダ」



彼女のものとは思えない自暴自棄な言葉に、僕は僅かに苛立ちを感じた。
どうしようもなかった。別に帰ってきたくなかったわけじゃないし、帰ってくるつもりだった。仕事だったから、しょうがないでしょ?

―…これ以上僕にどうしろっていうのさ。

僕は黒い塊を半ば自棄気味に鷲掴みにすると、ふとその中の違和感に気づき、僕は丸まったソレを開いてみる。


20センチ幅で、長さは2メートル弱くらいだろうか。
丸まっていた時には分からなかったけれど、ソレは間違いなく、黒色の――マフラーだった。
…何でこんなものがあるのだろう。しかも、何でこんなものがほつれた状態でこんな場所に転がっているのだろう。
拾い上げて伸ばしてみると、ソレは網目がちぐはぐで、売り物としては余りにお粗末すぎた。まるで手作りのような……不器用さ。



「……名前?」


思わず立ち上がって彼女を見ても、彼女はや去りさっきと同じように眠っているだけ。
僕はソレを抱えたまま彼女を起こそうと揺り動かすけど、彼女は吐息を零すだけで頑としておきようとしない。
こうなったらトンファーで……と、左手の仕込みトンファーを装備しようとしたその刹那、ソファーの下の紙袋の存在に気づく。
何の重みも感じない、ただの茶色い袋をひっくり返すと、中から白い紙がひらひらと落ちる。
拾い上げて裏返すと、そこには彼女の文字がつづられていた。


「クリスマス、オワッチャエ、オワッチャエ!」

ヒバードの声が、やけに大きく、室内に響く。



だけど僕は、そのカードの文字から、未だ上手く目が離せないで居た。



『Merry Christmas、雲雀さん』





(君が泣いていた原因はこれだったのかい?)

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