番外編 | ナノ

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Merry Merry

(11/17)

規則正しい時計の音が、静かな部屋に木霊する。
私はそんな音を左耳だけで聞きながら、下にしている右耳をクッションに押し付けた。篭った様な布擦れの音が、右耳だけに響く。
リビングのソファーに最初は座っていたけど、もう其れさえも辛くなって、いつのまにか横になっていた。
多分雲雀さんが帰ってきたら行儀悪いって怒られちゃうだろうけど、ベットに行ったら本格的に熟睡しちゃいそうだから、行けない。

ぎゅう、と胸の下に押し付けているクッションを抱くと、何だか息苦しくなって、私は唇を噛み締めた。
時計の時針が指し示す数字は、クリスマスイブという日付になって二回目の9の数字を指している。分針は、30をとっくに越えていた。

きゅう、とおなかが小さく音を立てる。もういっそ寝てしまおうかなって、そんなことを思う。
未使用の白いお皿を並べたのはいいけど、何かもうしまっといたほうがいいのかもしれない。彼が食べてくれるとも、限らないし。



『24日と25日、外出禁止だから』

そんなことを言うから、昨日の夜…遅くても今日のお昼には戻ってくると思っていたけど。もう外は真っ黒。
太陽は沈んで、月と星がキラキラと綺麗に瞬く時間。もう嫌だ。なんか、待ち疲れた。
ここまで来ると、寧ろ外出禁止って言うのは『クリスマスだからって外に出て浮かれないでよね』という意味にも取れる気がして、怖い。
だけど、今まで行事のときでも自由に外で遊べたし、雲雀さんの許可のもとたまに凪ちゃんと出かけたりしていたから。
だからあの台詞は『クリスマスをやるから』という意味に聞こえて舞い上がってしまったけど、もしかしたら違うのかもしれない。

最近忙しいのは休暇をとるためじゃなくて、ただ単に忙しいだけ。
だから今日はもう帰ってこないし、ご飯も食べない。――その想像は余りにも『有り得る未来』で、私はため息を付いた。

もしそうだったら、二人分作っちゃった料理を自分だけで食べなければいけないし。
食べ切れたとしても、食材を無駄にして怒られる可能性も否めない。もう、八方塞だ。っていうか、もう嫌だ。



「カッコワル……」

やっぱり、ヒトリだけで舞い上がっていたらしい。
もう駄目だ。ため息をついてもどうにもならないぐらい、何か色々と疲れてしまった。
待つことがこんなにも精神的疲労を強いられるなんてもうずっと忘れていた。
雲雀さんは時間に正確だから、遅れもしないし早くも来ない。そんなものばっかり見ていたから、当たり前のことさえももう忘れていた。

期待する胸の高鳴り。そして、期待が外れた時の落胆と疲労感。疲労、疲労、苦痛。
いつか、期待したくないから。裏切られたくないから彼氏なんていらない。好きになんてならない。―なんて時期も合ったっけ。
物語上としてはよくあるけど、現実になかなか無い同棲シュチエーション(しかも強制)におかれている今、彼氏も何もあったものじゃないけど。


…いや、この私の構図は、さながら旦那の帰りを待つ新妻か。
そんなことを思ったら何だか可笑しくて、クッションに顔を押し付けて嗤ってみた。乾いた笑いが、からからに渇いた喉の奥から零れ落ちる。



こんなことなら、凪ちゃんと犬と千種で公園でジュースパーティーしていたほうがよっぽど楽しい。
お金が無いから皆ジュースと100円のお菓子袋一袋だけど。それでも、一人でこんな風に待たされているよりは、絶対楽しい。
ひとりぼっちで、自分で作った料理が余るのを見ながらねるより、ずっとずっと――


「アホ名前……自業自得だバカヤロウ」


ばふっとクッションに顔を埋めると、何だか湿っぽい、塩辛い臭いがした。
湿ったようなしゃっくりが私の口から立て続けに零れて、私は誤魔化すように自分を罵倒する。だけど、そんなんで自分自身を誤魔化せるわけが無かった。
クッションに押し付けて何とか噛み殺していた嗚咽が、酸欠で喘ぐ私の口から立て続けに零れる。
伝った生暖かい水滴が鬱陶しくて、私は乱暴にクッションに顔を押し付けた。
何で泣いているんだろう。私が悪いのに。


きちんと雲雀さんに確認を取らずに舞い上がった私のミス。
きちんと状況を把握しなかった私の完全なる過失。つまりは、私が悪いのに。何でこんなに悲しいのだろう。
夕食を作って帰ってこないことなんて最近ざらにあるし、そんなの対した突飛事項でもないはずなの、に。
クリスマスの効果だろうか。酷くやり切れなくて、酷く胸が痛くて。――酷く、寂しさを感じてしまうのは。


「……もう、嫌だ」

クリスマスなんて、嫌い。期待させるから。暖かさを、期待させるから。



言葉にしたことが引き金になったのか、私の胸の奥でわかだまっていた黒い感情が音を立てて破裂する。
ソファーの横においてあった紙袋に乱暴に左手を突っ込むと、中の物を鷲掴みにするようにひきずりだした。
くろい、ふわふわの暖かいマフラー。私は其れの端に手をかけると、思い切り引いた。


プチン、というはじける音が、静かな部屋にはやけに大きく響いた。私はその端を持って振りかぶる。
勢いよく飛んでいく大きなマフラーは飛んでいった距離だけ解け、フローリングに線を描く。
そんなものを見ていたらまた悲しくなって、私は我慢できずにまた、泣いた。
恥ずかしくて。情けなくて。何だか、悲しくて、寂しくて。
混濁した感情がせめぎあって、私は久しぶりに子どものように声をあげて泣いた。こんなに泣いたのは、あの時以来かもしれない。


『名前』

そう呼んでくれたてはとても暖かかったのを思い出して、私はこみ上げる感情を堪えるように、クッションに抱きついた。
泣きじゃくった成果、酷く眠たい。どうせ、雲雀さんは今日も帰ってこないから、寝ても、多分怒られないだろうけれど。

私はブラックアウトする意識を、少しも我慢することなく簡単に手放した。
早くクリスマスなんて終わってしまえばいいのに。そんなことを、心の中だけで、小さく呟いていた。




(悪い夢よ、はやくさめて)

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