番外編 | ナノ

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Merry Merry

(10/17)

そんなの、こっちが訊きたい。



確かに、僕は苛々していたのかもしれない。
帰った瞬間に黒いスーツ姿の男が名前をふざける様に抱きしめていたせいなのか。
若しくは、僕の寝つきが悪くなる程影響を及ぼす名前が、僕が居ない場でもあっけらかんと笑っていたせいなのか。
恐らく後者よりの怒りは、まるで閃光の様に目をくらませて、気が付いたら名前とその男を殴っていた。
男が財団の人間だと知ったのは、殴りかかった後のことだ。僕は適当に男を帰すと、床に正座していた彼女を見下ろした。

やはり僕は、彼女に対して憤りを感じているのだと、その時初めて分かった。
僕がこんなにも惑わされているのに、楽しそうに笑う彼女が、どうしてだか許せなかった。
殴るつもりなんて、無かった。だけど、そんな言葉を思い出したのは殴った後で、彼女の頬は円形状に赤くはれ上がっていた。
触れようと手を伸ばすと、彼女はその手を避けるようにへたり込んで、挙句は泣き出して。
「何で泣いてるの」と聞けば、まるでいつかの小動物のように小さく震えてごめんなさいと泣き出す名前。
会話のキャッチボールもあったものじゃない。僕はただ訊いただけなのに。彼女は、怯えていた。


駄目だと思いながら、僕は声をかけながら再び彼女にトンファーを向けていた。
僕は、泣きじゃくる彼女から僕の知りたい言葉を引き出すやり方を、トンファー以外では思いつかない。
だけど名前は急に震えるのをやめて、意を決したように僕を見た。そして吐き出したのは、僕の知りたい答えではない『問い』
思わず部屋を出てきてしまったが、あの場合はなんと答えておけばよかったのだろうか。
“返答に困る”なんてことは、僕の人生の中で一度だって無かったことなのに。ああ、思い出しただけで、胸がむず痒い。イラつく。


『家族と思っているか否か』そんなもの適当に流せばいい。
寧ろ僕の『何で泣いているの』という質問に答えてよと言ってはぐらかせば良かっただけだ。
なのに何故今僕は、マンションを出て車に乗っているのだろう。何故仕事場に向かっているのだろう。全く、理解できない。


自分で自分の変化がわかるほど、ここ最近の僕はおかしい。
ここ最近…いや、ここ近年、とでも言うべきか。十年以上も築いてきた僕自身のペースが、崩されつつあると感じてきたのは。
名前にやたら構ってみたくなったり、傍にいさせるというよりは傍にいてほしいと願うようになった。
殴るという行為を封印している最中は『からかい』という行為で、わざと彼女に触れてその反応を楽しんだりもした。
その最中(さなか)、僕は確かにそこに“愉しさ”を感じていたし、彼女も間違っても泣いたりしなかった。其れが、嬉しいと感じた。

だけどそもそも、僕はこのまちの秩序であり、絶対的存在だったはず。
誰をなぐろうが、咬み殺そうが、関係ない。そのはずだったのに。


こんな甘さを抱いたのは名前のせいか。それとも沢田綱吉のせいか。僕自身が、弱いせいか。
認めたくは無いが、後者にもいっぺんの真理を含んでいることは、この腑抜けてしまった自分を見ればあまりにも明白で。
自分自身を噛み殺したい気持ちは日々膨らんでいく。別に自殺願望とか馬鹿げたことを考えているわけじゃないんだけど。
でも、何だか気持ちが悪い。僕が僕じゃなくなるみたいで。凄く、気持ちが悪い。



「……気分が悪いな」


明日がクリスマスイヴだからだろうか。
町は緑と赤色の装飾でやたらと飾られているし、渋滞している道は迂回するのも面倒なほど込み合っていた。僕は窓を僅かに開け、息をつく。
並盛の町並みは6年の月日がたってもなんら変わりは無く、だからこそ自分自身の変化を顕著に感じてしまうのだろう。
初めて名前をつれて歩いた商店街の方向はあの時のままの姿で立ち並んでいるというのに。
今の僕は彼女を咬み殺すことに一抹の罪悪感を覚えてしまう。否……寧ろ、咬み殺したくないと、思ってしまう。


強く鋭い日差しが、しばらく地下に篭りっきりだった目を焼き付ける。
余りの眩しさに目を瞑ると、瞼の裏に黒点が無数に浮かび、まるで意思を持ったように眼球にあわせて上下左右に動く。
まったく、気分が悪い。僕は目頭を軽く揉み解しながら、窓の外を見る。自然に零れ落ちる息は、堪えきれずに憂鬱げに吐き出された。


“咬み殺す以外の方法で触れたい”
紛れも無い自分自身の言葉に、僕の体に最近よく感じる気持ち悪い感情が這い回る。
窓の外に目をやれば、今すぐにでも咬み殺したくなるような男女の群れが通りを行きかい、談笑しあう。

やはり、風紀が乱れるのは許せない。

僕は袖に常備しているトンファーを出そうとして……ふと、右腕の軽さに気づく。
まさかとおもったけど、どうやらそのまさからしい。仕込んであったはずのトンファーは、右側だけなくなっている。



僕が、トンファーを忘れてくるなんて。

恐らくは、部屋のリビングだろう。全く、何てこと。この僕が、今まで肌身離さず持っていたトンファーを忘れるなんて。



“動揺”

彼女の言葉に、何故そんなにかき乱されなければいけないのだろう。
仮にも昔は、猫と言って今よりもっと傍にいさせたし枕にもさせた。奴隷にもなれない、役立たずのペットとして扱っていたのに。
6年たった今、何故今更『家族』という単語に動揺しなければならないのか、分からない。
世の中ではペットは家族だという認識が蔓延っているらしいのだから、彼女の言葉にもし真剣に返すのだとしても、頷けばよかったのに。


なのに、何なんだ。この、違和感。


家族というものを知らないせいだろうか。彼女をその枠に当てはめるには、些か抵抗感を感じるのは。
しかし、だからといってこれという似合いの枠を見出すことも出来ないのだけれど。とにかく、家族とは思えないのは事実で。
出せない答えにイラつきつつ外を見れば、通りの端で唇を触れ合わせている男女が目に付いて、僕は顔をしかめる。
咬み殺す、そう思ったけど、ようやく進みだした車の動きに、僕はかみ殺すのはやめてアクセルを踏んだ。


窓を前回にして、冷たい空気を一杯に吸い込む。
だけど、2週間前までは。初めて共に祭ごとをするという慣れない事を計画する前までの僕の行動は。
家族というよりは寧ろ、さっきの群れに近いのかもしれない。

そんなことを思ったけれど、僕は直ぐに心の中で否定して、窓を閉める。
空気を入れ替えたのに、胸に感じる痒みのような苛立ちのような、妙な感情は膨らむばかりで、一向に収まらない。
明日までに収まりそうも無い焦燥感にも似た倦怠感を誤魔化すために、僕はアクセルを強く踏んだ。





(明日こそきずつけないから)

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