番外編 | ナノ

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Merry Merry

(9/17)



不機嫌オーラを全身でかもし出す雲雀さんを前に、私はもういっそ泣きたい気持ちになりながら、正座している。
両手にトンファーを構えて私を見下ろすように立ちすくむ彼の前で、私は涙と悲鳴を噛み殺している。
既に一度殴られた痕が赤く腫れあがり、鈍いジンジンと痺れるような痛みが右頬の中心に円形状に広がっている。
ああもう、何が一体彼を怒らせたのか。全く理解できなくて、私は唇を噛み締めた。油断したら、文句が零れ落ちそうだ。



彼が帰ってきたのが10時ごろで、私は寝坊したものの何とか9時に起きたからとりあえず掃除洗濯をして。
財団の人が一足早く私のマンションに来て、雲雀さんが来ることを教えてくれたから軽食も作って。
その時にちょっと時間があるからと手伝いますと言われたためにちょっと手伝ってもらって…いる最中に彼が来て。
財団の人は殴られながら退避。逃げ帰っていくその人を呆然と見ていた私に、彼は一撃。
以上、彼が帰ってくる前とその後の行動。
さて、何処に問題点があった?


妄想少女だったなら『きゃあなにこれ嫉妬!?///』とスラッシュが必要な妄想を抱くんだろうけど。
彼が今更そんな感情を私に抱くとは思えない。この六年間、受けてきたトンファーの痛みは伊達じゃないのだ。
6年過ごした中で彼の気持ちを読み取るのなら……独占欲、というところだろうか。
以前の猫としか扱われなかった時も、彼は私が他の人間と接することをやたらと嫌っていたし。

…だけど、殴ること無いのに。

私は頬に手をやって、洗い物をしていて冷たくなった手で痛みを和らげる。
最近は殴ることも少なくなってきたから、大丈夫だと思っていたけど。其れはやっぱり、『特別な期間』でしかなかったらしい。
やっぱり私を家族として少しでも見てくれている、なんてとんだ思い上がりだったのだ。
そう考えると完成間近…いや、もう完成したといって良いマフラーを、一気に解きたくなる。
恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。私がけが舞い上がって、思いあがって、こんな馬鹿なことして。
……やっぱり、なれないことなんてするんじゃなかった。


心のそこから後悔したのなんて、一体何年ぶりなのだろう。
二週間強もの間、夜遅くにひばりさんとヒバードの目を盗んでやってきたことが、急に馬鹿馬鹿しく思えた。
心の奥底では、きちんと『今までお世話になったお礼』として作っていたことは理解しているし、彼の心情がどうあれ彼が私に色々与えてくれたことはゆるぎない事実。
だから、このマフラーを作った目的は、今でもきちんと生きている。分かっている。……分かっている、はずなのに。
情けなくて、何故だか悲しくて。私の瞳に、思わず涙が滲む。雲雀さんが何か呟いたような気がしたけど、上手く届かなかった。


「ごめん……なさ、い」

まるで6年前のように、私は訳が分からないまま『ごめんなさい』。
もう、面倒くさかった。彼が何に腹を立てていたのかを考えるのも、自分の馬鹿馬鹿しさを嘆くのも。
早く終われ。早くこの場を切り抜けたい。そうしたら、あれを一番に捨てに行く。そう決めた。
お礼ならもっと別の方法をとればいいだけのこと。それに、何も今すぐひばりさんのところを出て別れを告げるわけじゃない。
だから、お礼はゆっくり返していけば良い。いつかは、絶対返すから。

…だから、其れは今(マフラー)じゃない。


「何、其れ」


怒気を含んだ口調に、私は首をすくめて、俯く。
彼から背けたはおを皮肉げに歪ませていると、彼は私の頬を片手で鷲掴みにする。
ぐい、と強い力で上を向かされた私が見たものは、雲雀恭弥の苦虫を噛み潰したような表情。僅かに困惑した……困惑?


「そんなに痛くしていないはずだよ。何で泣いてるの、君」

「……わた、」

「きちんと言わなければ、伝わらないよ」


彼はそう言うと私の顎をゆっくりと離す。
ぺたり、と床にへたり込む私と視線を合わせるように彼はしゃがみこむと、トンファーを右手のみに構える。
優しい言葉みたいに態度も優しくするか、いっそ全部全部こんな風に乱暴だったら、いっそ好きか嫌いかをはっきりさせれるのに。
言わなきゃ殴るというように右手に構えられたトンファーから目を離し、私は彼を見る。
『言わなきゃ伝わらない』そのことば、雲雀さんにそっくりそのまま返してやりたい。そんな気持ちを抑えて、私は拳を握る。
大きく息を吸って言葉にした瞬間、彼は私から体を離し、ゆっくりと瞬きをし、意味がようやく飲み込めたというように目を大きく見開く。
途端に寡黙になった彼はその問いに答えないまま立ち上がり、「仕事の時間になったから、もういくよ」と吐き捨て、部屋から出て行ってしまう。

言葉にしてくれなかった彼の心は、今の私には分からない。
ただ、初めて彼の手から離れ置き去りにされた右手用のトンファーが、なんとなく、彼が焦っていたことを伝えてくれるだけだった。



『私は雲雀さんの家族に、なれて、いますか…?』

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