番外編 | ナノ

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Merry Merry

(8/17)



どうしたら同じになるのかと、
其ればかりを考える。


突然鳴り響いた携帯のバイブ音に、集中していた意識が音を立てて途切れた。
やたら重い瞼を押し上げ。無い空を仰ぐよう似時計を見れば、深夜の二時。
ああ、セキュリティーロックを掛けた知らせかと思いながら、僕は携帯を開かずに指先ではじいた。

家のマンションに、オートロックとは別につけた内側からの特別な鍵は、破られた時と同じよう、掛けた時も知らせが来るようにしてある。
意外とずさんな彼女を監視させるためにつけたのだけど、意外なまでに彼女は僕の言葉には従順だった。
遅くても2時5分には必ず掛けられる鍵。――恐らくリビングあたりでいつも寝ないで待っているのだろう。彼女が掛け損ねたことなんて、一度も無い。
僕の帰りを待つその映像を見たくないわけでもないが、そんなことをしていたら本末転倒だから、そんな馬鹿なことはしない。
6時間ほど連続で働いたせいか、こめかみ辺りに鈍い痛みを感じる。欠伸を咬み殺すと、塩辛い涙だけが、視界を潤わせた。


ここ3日ほど自分のベットで寝ていないせいか、日に日に肩がこっていくのが分かる。
ここのベットも家と同じもので、寝心地が悪いわけではないが、どうしたことか寝付くのが遅い。
6年も昔から共に寝ている彼女が居ないせいだということは薄々自覚しているが、納得いく答えでもない。
と、いうか。納得したくない。


「全く、頭が痛いよ」

指で携帯をはじく士からを強くすると、机の上においてあった黒い携帯は糸も簡単に机の上から落ちた。
カシャンという音がしたが、気にしない。重要なデータはバックアップをとってあるし、こんなに遅くに僕に用があるやつなんていないから。
ふと、一瞬彼女の顔が思い浮かんだけど、僕は其れを直ぐに否定。彼女だって、多分もう寝てしまっているだろう。
時刻は2時10分。寝つきが良い彼女のことだから、多分施錠した後直ぐに寝てしまっただろうし。

何故だろうか。…何か、許せない。

僕がこんなに疲れているのに、如何して君だけそんなに平然と施錠した後寝ているなんて、理不尽だと感じる。
どうせ彼女のことだ。2時まで仕方なく起きて、来ないと分かった瞬間に施錠しているのだろう。
もう少し待てば来る等と思いもしないで、平然とかって、それで終わり。何の感情も伴っていない、ただの行為。
これじゃあ、一抹の寂しさを覚えている僕だけが家に帰りたかっているみたいで、イラつく。
彼女は平然と夢の中に入っているというのに、僕だけが快眠できずにいる。そんなの、許せない。
でもまあ、僕だけがこんな風に一人でから回っているのは、今に始まったことでもないのだけれど、ね。


「厄介な人間だね、君は」


立ち上がり携帯を拾い上げて、開く。当たり前のように着信も受信もなく、僕は電源を切った。こうすれば、期待することも無い。
全く、こんなちっぽけな機械に一抹の期待感を抱くなど、以前の僕からしたら考えられないことだ。
他人との関わりを疎ましく思いはすれど、期待なんて塵ほどにも抱いたことは無かったし、抱きたくも無かった。
他人の温度を嫌い、馴れ合いを嫌い、他者と深く係わり合いを持つことに嫌悪する。それが僕だったはずなのに、何なのこのザマは?
過去の僕が今の僕を見たら、きっと嗤って咬み殺すだろう。今の僕自身、自分を咬み殺したいぐらいだ。こんなの、僕じゃない。僕であって、欲しくない。


――そう、思うのに。


どこか期待している僕が居る。
どこか、認めたいと思っている僕も居る。

腑抜けた草食動物…沢田綱吉の影響なのか。それとも、彼女か。
どちらでも良い。どちらでも結果は同じ。僕は、僕の望む僕ではないということ。僕自身が過去に描いた、未来の僕の姿ではないということ。


如何して僕は、…いや、僕だけが彼女と同じように平然としていられないのかと、そんなことを考えるようになったのはいつ頃からなのか。
随分最近のような気もするし、其れは出会った最初からだったような気もする。
寝床を共にする時に感じる、妙な感情。暖かさに感じる安堵感の中に潜む、一握りの焦燥。
苛々するような、もどかしい感情。痒いような痛い様な、其れで居て原因が分からない、行き場の無い感情。
其れに対して彼女はいつも僕に寄り添うようにすっと眠りの世界についてしまう。
多分、僕が昔のように直ぐに寝ていると思っているのだろう。だけど手を勝手に握ってくる彼女に、僕も直ぐに眠ってしまうのだけど。

家族というものが一体どのような関係なのか、僕には分からない。
他人と一緒にすごした期間で一番長いのは恐らく『彼女』だし、血縁者は顔も忘れた。
だけど、何となく分かるのは。これは一般的に言われるところの『家族に対する感情』ではないこと。それだけだ。
だからと言ってこのもどかしさが何なのかも分からないし、やたらいらだつこの感情の原因も、分かりはしないのだけど。



「失礼します恭弥さん。明日の予定のことですが……」

哲矢が入ってきて、小さく礼をする。
明日の予定はとくには無い。今日と変わらぬ仕事を、ただ永遠と繰り返すだけ。
変わりないよ。と、そういおうとして、ふと彼女の顔を思い出す。……まあ、休憩も、たまにはいいのかもしれない。


「7時ぐらいに、少しだけ家に戻るよ。家が汚れてたら困るからね」

「へい。ではリボーンさんにそのように伝えておきやす」


ああ、赤ん坊がここに来るのか。
僕は軽くうなづいて見せると、哲矢は出て行こうと踵を返す。
僕は携帯を一瞥し、ああ、と声を漏らす。哲矢は振り返り、「どうかしましたか?」と、声に出す。


「…明日、やっぱり10時ぐらいからにするよ」

「…へい、分かりました」


僅かに訝しげな顔をして哲矢はそう言うと、今度こそ出て行った。
一人きりになった空間。今から寝てれば、6時には起きれるだろうか。それから仕事をして、帰れば良い。


「そうしないと、君はきっと、起きてないでしょ」


口の端を持ち上げて、居もしない彼女に呟く。
多分届かない。けど届いてもどうせ訳が分かっていないように苦笑するだけだから、丁度いいだろう。



(出来れば久しぶりに会う君に)
(殴る以外の方法で“触れたい”)


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