Infrared | ナノ

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 その日から、私と鳳さんの交換日記みたいなメールのやり取りが始まった。
といっても私とは違って多忙を極める鳳さんが学校の休み時間と夜の9時から11時の合間に私にメールを送り、私はそれに返信をしていくだけのやりとりだ。内容も至ってシンプルで、彼が話す内容も彼が私から引き出す内容も日記帳に書いたらいいのにという内容ばかりだった。そんなやりとりでも、楽しくないのかと言われたらそれは嘘になる。学校ごとに放課の間隔が違うからメールの数自体はかなり少ないけれど、それでも絵文字のないシンプルな記号しかないメールは様々な表情を想像できて楽しいし、内容が多い分人と話している感じが凄くした。それに、意外な効果もあった。



 教室の外の廊下で談笑する一組のカップルが目に入っても、さして気にならなくなった。その片方はつい先日別れた元彼なんだけど、それでも全くもって気にならない。それどころか、どうぞ幸せになってくださいって気持ちさえ湧いてくるから不思議だ。

 友達はメール主……鳳くんを好きになったんじゃない?と口をそろえて言うけれど、私は違うと思ってる。いや、でも鳳くんのことは人間的にはとても好きだ。決して驕ることなく、常に向上心を持つその姿勢には憧れるしそうありたいと思わせてくれる。確かに同じ「好き」だけど、その辺がちょっと違うんだと自分では思ってる。「そんなんどっちも変わらないよ」と、天文部の友達はお菓子をかじりながら笑った。私は前に別れた彼氏が最初の恋愛且つ最初の恋人だったから、よく分からないと苦笑しておいた。私の中ではたしかに違う感情は、周りから見れば全く一緒のように見えてしまうらしい。でも少なくとも私は、鳳くんのことを恋愛的な意味の好きだとは思っていなかった。



『そういえば、来週から合宿があるんだ。前みたいにそう遠くにはいかないんだけど』


 すっかり敬語のとれた文面は、やっぱりブログもしくは最近はやってるツイッターみたいなもので事足りてしまいそうな内容だと思った。友達にむりやり鳳くんとのメールを見られたことがあるけれど、その友達は「中学生か!」と私のケータイを投げつける真似をした。彼女は今はもう廃れてしまったタカトシの大ファンらしい。ベシッと額を叩かれて、呆れたような顔で肩をすくめられた。私にはどのへんが中学生か分からないけど、3年も付き合ってる彼氏がいる彼女からは別の景色が見えるんだなあと何となく思った。


「えーっと…」
『相変わらず凄い部長さんだね。そう遠くに行かないっていっても前が前だしなあ。大変そうだけど合宿頑張ってね』

「凄い楽しそうだな」


 ふと顔を上げると、先程まで新しい彼女と談笑していた元彼兼クラスメートが話しかけてきた。視界の端にいる友だちが心配そうにこっちを見るのが分かった。後ろで「シュラバってやつか!」と楽しそうな男子たちの声が聞こえる。勝手に言ってるといいよと私は密かに溜息を付いた。……そういえば、鳳くんとメールして2、3週間くらい経つけれど心なしか自分の口調が柔らかくなった気がする。気のせいかも知れないけれど。


「そうかな?」と苦笑で返すと、その人も同じ様な表情で自覚なしかよと笑った。あまりの状況に見かねたのか友達がこっちへ来ようとしたその瞬間、始業のベルが鳴る。先生はまだこないけれど各々自分の席を目指す中、その人は戻らなかった。


「よかった、元気そうで。安心した」
「うん」


 なんて返したらいいか分からなかったので、取り敢えず相槌だけを返した。相手はまだなにか言いたそうに口を開いたけれど、前の席の男子に「お前もどれよ、邪魔」と言われてさっさと戻っていった。その姿を目で追ってると、前の男子が「大丈夫か?」と誰に言ってるか分からないほど淡々と問う。……そういえばあの人は、女子ウケはいいけど男子ウケはすこぶる悪い人だったなあと思いながら「ごめんね、ありがとう」とだけ返しておいた。机の上においておいた携帯がピカピカと点滅する。開くと、鳳くんからメールがきていた。――さっきなにか聞こうとしたのは、このメール主のことなんだろうか。ふとそんな事を思った。



『国内っていうより、今回は島の別荘なんだ。前にも言ったけど冬休みのヨーロッパ合宿に比べたら全然近いよ』


 今の時間は授業中なのに。そう思いながら、私は携帯を閉じる。別にいつでも、というか夜には絶対メールできるんだからこんなところでメールして没収されてもつまらない。このご時世に携帯を禁止している我が高校は、教師の目に携帯が触れたら取り上げられてしまうのだ。……それだけは、避けたい。

 溜息をついてると、手の中に隠した携帯がまた点滅した。ひらいてみると先程から心配した視線を送ってくる友達で、「大丈夫?」とだけ書かれている。私はそれに「大丈夫」と返信してから、こんどこそ携帯をしまった。先生がタイミングよく入ってくる。学級代表が号令をかけ、賑やかだった教室内が少しだけ静かになった。後ろで「クラスカップルって別れると気まずいよなあ」と笑っていた声も、いつの間にか消えていた。



 教科書に挟んでおいた使いかけのルーズリーフをだしながら、私はちょっとだけ家で見たウィキペディアのページを思い出す。
少しだけ『テニスの全国大会』というものが気になって、私は思わず検索をかけていた。でもさしてインターネットに明るくない私がやっとの思いで見つけたのは「全国選抜高等学校テニス大会」だけだった。

 昔っから文化系で、しかも中学時代は文化部の義務である運動部の応援さえサボっていた私は、いつ試合があるのかはよく知らない。けれどその全国選抜高等なんちゃらの試合は、3月にあるらしい。昔はやったテニスの王子様みたいな漫画の中だと夏に全国大会があったから、てっきり現実もそうなんだと思ってた。……いや、でも最初のメールのほうで『今年も全国大会3位』といってたから、夏は夏でなにかあるんだろうけれど。……鳳くんに聞くのも恥ずかしいからこっそり調べようと思っていたのに、情けない。



 別に、鳳くんを知って何かしていっていうわけじゃない。ただ、何も知らない人とメールするのはちょっと怖いし仲良くなってきた“友達”のことをもっと深く知りたいだけ。この気持が好きだというのなら、私はもしかしたら自分の自覚していない場所で鳳くんのことが好きなのかも知れない。……でも私は好きになると『その人を知りたい』というよりは『その人の好みの女の子でありたい!』と思うタイプだから、やっぱり違うのかも知れないけど。どちらにしても失恋のショックが癒える程には、私は鳳くんのことを慕っていることは事実だ。



「……人のこと言えないなあ、ほんと」


 ポツリと、心のなかで呟いてみる。好きな人ができて付き合ってる人と別れる人と、別れて一週間で新しい好きな人ができるのの一体全体何が違うのか。寧ろ後者のほうが流されている気がして、客観的に見ても好きじゃない。

 鳳くんが優しすぎるんだよなあなんて言ってみても、それは結局私の意思が弱いだけで何の言い訳にもならない。天然たらし的な性格の怖さを身を持って体験しながら、私は普段なら絶対にしない授業中メールを決行してみた。


『ヨーロッパと同じぐらい島も凄いと思う……。合宿中はメールできないだろうし、おみやげ話楽しみにしてるね』


 コソコソ先生の目をかいくぐりながらメールを打って、送信する。今の時間は鳳くんも授業中だからしばらくは帰って来ないだろう。そう思って安心していたら、意外なことに返信はすぐ帰ってきた。こういう時にスライドだったらいいんだけどなあと思いながら音を立てないように両手でゆっくり携帯をひらくと、やっぱり鳳くんのメールがきていた。そういえば最近になってからだ。彼が、授業中もメールを返すようになったのは。


 てっきり『分かった。じゃあまた夜にね』みたいな終了メールだと踏んで見た画面は、予想外に私の心臓を重くさせた。送った相手を勘違いさせるような天然メールは、正直この3週間でかなり免疫がついたと思っていた。……けれどそれは思い違いだったらしい。心臓にも精神上にも悪い爆弾のようなメールを閉じてから、私は溜息を付いた。



『海が凄くきれいな島だって宍戸先輩がいってたから、Aさんに似合いそうな貝でもおみやげに持ってくるよ』


 この場合仮に惚れたとしたら、私が軽い女になってしまうんだろうか。それともこれは不可抗力と言えるんだろうか。そんな事を真剣に考えていたら当てられて、答えられなかった罰として授業後プリント集めとけと言われてしまった。



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