Monochrome | ナノ

(4/6)

「前から思ってたけど、やっぱ名前ちゃんの脅えた表情っていいよね」


 にこやかに吐き出された彼の言葉に、私は返す言葉が見つからない。
いや、見つからないといえば語弊があるのかもしれない。現に私は、『ふざけないで』と、彼に言いたくてたまらなかった。
なのに私の体は、手の中から滑り落ちたスズメのように小刻みに震えるだけだ。文句を言おうと意気込んだ喉からは、微かな息の音がひゅるりと口から零れるだけ。真っ赤に染まった手が、わざとでもないのにぶるぶると震えた。怖いと感じた。


 リアルな血と、死ぬはずも無かった動物の死。この状況下、とてもじゃないが他人事とは思えない。ダメだと思うのに自分の結末を想像してしまい、背筋がすぅっと寒くなる。いつのまにか正面に移動してきた彼は、怯え切った私を楽しげに見下ろす。まるで、残酷な映画の中に放り込まれたみたいだった。ヤメテと言ったところで止めてくれないことは、雰囲気だけで十分わかってしまった。

 貞操の危険から、一気に命の危険へとチェンジするものの、あまりにも日常離れした話に頭が追いつかない。……当たり前だ。日常だと思っていた一日に、突然銃だとかストーカー染みたコスプレだとかが出てきたんだ。現実味がないにも程がある。平和な国に生まれて平穏に育った一介の高校生の私には、夢だといわれた方が納得がいく光景ばかりだった。


 だけど、広げた掌はまごう事なく本来の肌色とは別の色に染まっている。
今まで擦りむいたり、かさぶたを引っぺがしたりして見て来たような、そんな暗紅色の赤色なんかじゃない。まるでルビーのように透き通った鮮やかな赤。血。自分のものではない大量のそれに、冷静な判断力を削ぎ落とされていく。恐怖が体を支配して、思うように足が動かない。


 彼はそんな私をまるで舐め回すように見た後、おかしそうに笑った。意思とは関係なく恐怖を感じ、とうとう私は笑い出した膝で支えきれなくなり、地面に崩れ落ちる。鈍い痛みが下半身に走り、顔が歪む。彼は私と視線を合わせるようにしゃがむと、にこりとした表情のままで、私に黒塗りの銃を正面から突きつけた。

視界の端に掠めているスズメの暖かさと小刻みな震えが脳裏を掠め、瞬きした瞬間に涙が零れ落ちた。



死にたくない。


 体を支配する感情は、最早それだけだった。
この人が狂気に満ちたコスプレイヤーだろうが、はたまたどこかの三流小説のように異世界からきた人間だろうが関係ない。どんな人間だろうと、目の前にいる男は私を殺そうとしている。実に楽しげに、私に銃を突きつけれいる。悲鳴をあげて助けを呼ぼうにも、暴れた瞬間引き金を引かれるのなら声も出せない。・・・いやその前に、声自体でない。



 私が言葉が出せないでいることを察したのか、彼は私を宥める様に頭をなでる。
しかし私にとってそれは恐怖でしかなく、震える唇から声のような吐息が零れただけだった。


「無理に喋らなくてもいいよ。だって元々、君に拒否権なんてないからね」


 随分と怖いことを、彼は至極楽しそうに言う。そして震える私の体を支えるように背に腕を回した。
しかし、抱きすくめられるような格好になっても背中には常に硬いものが押し付けられている。笑顔とソレとのギャップに背筋が凍った。嗚咽が零れそうになるのをギリギリの所で押さえ込む。せめて泣かずにいることが、この状況を楽しむ彼への精一杯の抵抗だった。

私は唇をかみ締めて、嗚咽を噛み殺す。悔しい。何で私はこんなに無力なんだ。銃を突きつけられたら借りてきた猫のように大人しくなって、変態一人突き飛ばすことすら出来ない。鳥肌が立つのに声一つ出せない。これじゃあまるで、助けを待つだけのお姫様じゃないか。



「……はな、…し、て」

 震える声でようやく私は感情を言葉に乗せる。だけど彼は黙れと言うように、銃を押し付ける力を強くするだけだった。
悔しくて情けなくて、我慢できずに私は涙を落としてしまった。はた、と零れた涙が彼の綺麗な白い服を汚したのが見え、いい気味だと心の中だけで精一杯罵った。


「信じなくていいし、聞き流してくれてかまわない。僕が勝手にしゃべるから、どう思うかは名前ちゃんの自由だよ」


彼はそういうと、私から体を離しつつ銃口だけは離さずに、私に微笑みかけてから、言葉をつむぐ。
スケールが大きすぎて何がなんだか分からない彼の話をまとめると、どうやらこういうことらしい。


 様々な時空に地球と同じものが存在する事。そしてそれらは『発想力』や『夢』としてそれぞれ干渉しあっている事。

漫画や小説などは干渉による情報の流出の産物であり、ここで二次元と呼ばれる世界は本当に存在する。その情報は99.9%の正確な情報で、流出してしまうことでなかなか変えられないものになってしまうらしい。だからこちらで家庭教師ヒットマンREBORNとして流出した「ミルフィオーレ敗北」は、彼の世界で99.9%の確率で決まってしまったらしい。でも流出はなかったことにはできないし、白蘭が過去に戻ってなんとななる確率でもない。ではどうすればいいか?ミルフィオーレは考え、そして答えを出した。
ならばいっそ関係ない異世界からきた人間を10年前の守護者のもとに送り込んで、過去自体を次元ごと変えてしまおうと。


……以上。それが、彼の中にある"設定"らしい。


 よくもまあそんな、三流同人誌作家がでっちあげたような薄っぺらい世界観を恥ずかしげも無く演じられるな、と、思った。行きつけのプロでもなんでもない夢小説家さん達でももっとましな設定で読者を楽しませるだろうに。
彼の話を聞くうちに冷静になった私だったけど、すぐに銃の存在を思い出しすぐに緊張感に体がこわばる。逆らったら殺されるのだ。この銃がある以上、私はとりあえず彼の世界観を演じなければいけない。嘘だと分かっていても馬鹿げていても、私はまだ死にたくない。

『気をつけてね』と、私を見送ってくれた母親を思い出して、思わず涙が出た。『今日の朝食はホットケーキだから、気分が悪くならないうちに帰ってくるのよ』と、呆れたように見送ってくれた寝惚け眼の母を思い出す。――帰りたい。家に帰りたい。



 大人しくなった私を余所に、彼は空いている片方の手を大きなボストンバックの中に手を突っ込む。そして白いシャツと緑がかった濃い灰色のスカートに、黒いベスト、赤いリボンを投げてよこした。「着て」と、残酷な笑顔を銃と共に突き付けた。


 彼は着ろと行った。でもここは野外で、銃が下ろされないあたり場所も移動できそうにない。
 明らかに動揺する私に、彼はうんと楽しげに銃をつんつんと動かして見せた。この変態野郎、と胸の中で毒づく。
私は地面を睨みながら、自分の着ていたパーカーに手をかける。大丈夫だ。付き合った経験だってある。男の人に見られるのが初めてってわけじゃない。今更下着姿を男子に晒したって恥ずかしくない。

 震える指で必死にパーカーのすそを掴みながら、何度もそう自分に言い聞かせる。面倒でキャミソールを着てこなかったのを、こんなに後悔したのは初めてだ。
私は出来るだけ彼に見られる時間が少なくなるように手早く着替える。コスプレをするという恥ずかしさも相まって、目頭が熱くなった。
それにセーラー服の高校に通っているせいか、中学ぶりのブレザーを着ることに羞恥心を感じて指先が震える。恐怖と羞恥が入り混じって、視界が涙で歪んだ。
彼はそんな私を見ると、「似合うね」と嬉しそうな笑顔でそう言って、続けざまにボストンバックから馬鹿でかい銃を取り出した。


…どうやら、この大きいバックを占領していたのはこの銃のだったらしい。彼は持っていた黒塗りの銃をベルト部分に差し込むと、今度はそちらのほうを私に向けた。


「君の役目は、このトリップバズーカで僕らの世界に行きボンゴレ最強の守護者に何らかの変化を与えることだよ」

彼はそういうと、弾をセットする。
そんなものをぶっ放したら、私は確実に死ぬ。漫画の中ならいざ知らず、リアルで撃たれても死なない銃なんてあるわけない。ましてやバズーカーという大きさの銃だ。即死の未来しか見えない。心臓の鼓動の音が、やけにうるさく感じた。


「や…」
「大丈夫だよ。難しいことじゃない。ただ君は“そこに居れば”いいんだよ。あ、でも浮気はいやだなぁ。まあそこは、名前ちゃんを信じてるよ」


 彼の言葉が頭の中に入らない。逃げようと身じろぎした瞬間、ジャキッと銃弾を装填する音が響いた。


「い、や…っ!」

心よりも先に、体が動いて、私はその銃を突き飛ばした。なんてことをしたんだろうと思う前に、私のすくんでいた足は恐怖に突き動かされるように立ち上がる。
しかし、一歩踏み出すか踏み出さないかの瞬間、パン、というはじける音とともに、私の髪の毛の下の部分が跳ね上がった。チリッとした音ともに、火傷しそうなほどの熱が首筋にジワリと広がった。


「ッう……あ゛ぁっ」

首筋に手をやると、パーカーで拭ったスズメの血の上に、また赤い液体が付着していた。そして後れて、切り付けられた様な痛みが首にじわりと広がる。事実に気づいた瞬間息を呑み、叫ぶ悲鳴すらも恐怖の中に掻き消えてしまう。
 私は呆然と白い彼、白蘭と名乗った男を見る。彼はにこりと、でもどこか寂しそうな表情で微笑んでいた。彼の口が動く。


「また会おうね。絶対だ」


 爆発音のような音と共に、腹部に強い圧迫感を感じた。しかしそれは一瞬で、すぐにふわりと暖かい空気が恐怖ですくみきった体をほぐすように優しく包む。
死んだのだろうか。強く瞑っていた目を恐る恐るあけると、一番初めにクリーム色のタイルが目に入った。白くかすんだ生暖かい空気に、私は思わず震え続けている肩を抱きしめる。湿度がこもったあたりを見渡して、必死にこのわけのわからない状況を理解しようと努めた。


 背にしていたはずの木は不思議なことに、白い浴槽……しかも高級ホテルのような大きな浴槽に変わっていた。
ふと自分の目の前にはポスターがあり、そこで思わず目がとまる。そこにはアニメ調の女の子が描かれていた。瞳は大きいものの、まつげはそこまで長くはない。漫画の登場人物だとはおもうのだけど、いかんせん特徴のない女の子だ。マニアックなモブキャラだろうか。

 何でこんなもの。と、手を伸ばそうとすると、ポスターの中の女の子も、私の動きに合わせて手を伸ばす。「ヒッ」と引きつった悲鳴をあげながら鏡から一歩後退すると、彼女も一歩下がった。え。私は声には出さず口パクで呟く。彼女も、私と同じように口を動かした。
私の理解が進まないうちに、彼女の後ろに黒い男が描かれていることに気づく。裏地が赤い、長すぎる学ラン。その男は銀色の棒を腕に装備し――高く高く、振り上げていた。



「ひっ」

 思わず飛びのくと、私のいた場所に、ポスターに写っていたのと同じ白い腕と銀色の棒が振り下ろされていた。
目の前に振り下ろされたそれは、見たことがあるものだった。いや、実際に見たことは無いけど、これは紙面では何度も見たことがある。……トンファーと呼ばれる、沖縄古来の武器だ。


「君、僕の家で何やってるの?」

怯えたまぶたを押し上げれば、絡んだ視線はとても冷たい。
まるで聞くもの全てに恐怖を植え付けるような鋭い声が、暖かな浴室に冷やかに響いた。


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