Monochrome | ナノ

(3/6)

 妙な沈黙が、二人の間に走る。

 彼の格好を、私は知っていた。というかいろいろな意味で見たことがあった。
私の今一番はまっているジャンルの漫画『家庭教師ヒットマンREBORN』。その中に出てくる敵役、ミルフィオーネの白蘭だ。外国人が真似ているせいか、その似具合も半端じゃない。しかしその当の本人にきょとんとされてしまい、今度は私が途方にくれた。え、何この人。偶然の産物でこんなに漫画のキャラと似ているの?それとも英語ではコスプレと言わないんだろうか。……コスチュームプレイ?


 私は『偶然の産物案』を一瞬で却下すると、彼のオーラに巻き込まれないように気を引き締める。
最近この漫画を一巻から買い始めて早21巻目。そんなにわかな私でも「ここまで彼を忠実に再現するなんて凄いなあ」と思う程に彼はそれにそっくりだった。さらに言えば彼の指にはまった指輪は、まるで本物のマーレリングみたいだった。……敵役でも、商品化ってされるんだなあとちょっと感心してしまう。

そんなことを思いながら、私は現実逃避を繰り返す。彼はそんな私に困ったように眉根を寄せつつ、それでもやはり笑っていた。



「名前ちゃんはどうしたら信じてくれるのかなー」
「……いや、信じるって何のことですか。…え、何で私の名前」

「名前ちゃんは名前ちゃんでしょ?僕は何でも知ってるからね、君の事」
「…えーっと」

「言ったでしょ?将来愛し合う仲だって」


 いけしゃあしゃあ。
 その言葉が一体どんな意味を持つのか、どういった意味でその言葉が作られたのか私は知らない。だけど、私はこの言葉がこんなにも似合う人を初めて見た気がする。
 初対面の人間に【未来で愛し合う】とか気持ち悪いことを平然と吐く。そして一体どこで調べたのか名前まで調査済み。ランニングコースの住人だったら名前を知っているかもしれないけど、生憎私はこの人と面識がない。……誤魔化しようのない悪寒がして、背筋が泡立った。どうしよう…この人、絶対に危ない人だ。


 逃げよう!そう思った私に気づいたのか彼は突然私の肩をつかんだ。思わず抵抗しかけた私に、彼は笑顔に少しだけ困惑した表情をにじませる。――でもそんな顔をされても、こっちだって現在進行形で困ってる。ここは人気のない雑木林、背後は崖で人目もない。向かい合っているのは『将来愛し合う』とかなんとかいう電波男。何されてもおかしくないこの状況下、いくら彼がイケメンだろうとほだされる訳がなかった。


 逃げ道はない。そう確信し、私は作戦を変えて彼を睨み付ける。
いくら完全無敵みたいに描かれている白蘭のコスプレをしていたって、所詮オタクだ。対して私は確かに文化系ではあるけど、体力はその辺のオタクより自信がある。こうやって睨んで強く見せれば、一瞬くらいは隙が出来るだろう。その一瞬で――ダッシュで、逃げる!


「今逃げるとか考えたでしょ?」
「…そんなこと思ってません」

「嘘をつくときに右斜め下を見る癖は十年前から変わってないんだね、名前ちゃん?」
「十年前って…未来編の設定ですか?。えっと…悪いんですが私まだ21巻までしか読んでないんでネタバレは…ってそうじゃなくて!」


いい加減離してください。と言おうとした瞬間に、こめかみに冷たいものが押し当てられた。
ガチャ、と金属と金属が触れ合うような重い音がして、私は目だけをそちらに向ける。肩をつかんでいたはずの彼の腕はいつの間にかこちらに伸びている。そしてそれソレは私の視界ぎりぎりを覆う黒色に繋がっていた。ゴリッと髪と黒いそれが摩擦して嫌な音を立てる。一瞬、恐怖を感じた。


「逃がさないよ」


 何の脈絡も無く。というか、この人は私の話を聞く気がないのかというほどあっさりと【ネタバレ拒否】発言を無視すると、黒塗りの銃のオモチャを突きつけた。…あまりのタイミングで、一瞬本物かと思ってしまった。現実と二次元をごっちゃに考えてしまうなんて、私も色々末期らしい。この状況から抜け出したら、少し漫画ライフを自粛した方がよさそうだ。


 本物な訳が無い。最近は銃を使った事件があって取締りが強化されたみたいだし、そもそも日本で銃を入手するのは難しいらしい。
仮に入手方法が合ったとしても、コスプレをするような人の持っている銃なんて、銃型のライターかモデルガンがいいとこ。緊張をほぐすためにわざと息をつくと、白い彼は笑った。それはとてもとても、皮肉げな笑みだった。


「本当は匣でやりたいんだけど、この世界と僕たちの世界は構造が違うからね。ここではリングも、匣も使えないんだ」
「設定解説はいいですから、少し離れ…てください」

「信じてないんだね?…ハハッ、さすが名前ちゃん。都合のいいこと以外は信じないんだね」
「やめてください。人を呼びますよ」


 そろそろ限界だ。
 何でだろうか。別に好きでも嫌いでもないのに、この白蘭コスプレをしている人を見ると背中がゾワゾワする。もっと、酷い事態に巻き込まれる気がする。これが虫の知らせというやつなんだろうか。今なら、入江正一のお腹が痛くなるのも分かる気がする。

 もうやめてよ!うんざりした目で彼を見ると、彼は一瞬で微笑をその顔から消した。顔立ちが整っている分、その表情は冷淡に見え、私の背筋には"悪寒"ではない直接的な恐怖が全身を走る。どうしよう――怖い。


私はここにきてようやく、この状況のまずさを正しい意味で理解した。
殴られるのか、それとも無理やり脱がされるのか。もしかしたら拉致されたり……殺されたり、しちゃうのだろうか。



「っ、」


 隙をつくつもりだったけど、今は一刻の猶予もなかった。男の人と足で勝負して勝てるかは分からないけれど、それでも何もしないよりかましだ。
私は彼の体を力いっぱい押しのけると、暴れると予想していなかったのか彼はよろけながらもあっさりと後ろに下がった。その瞬間、私は彼に背を向けて走る。幸い彼は追いかけてくる気配はない。私は一度も振り返らなかった。怖くて、声を出すことさえできなかった。


 とりあえず林を抜けようとまっすぐに走る。雑木林の出口まで来て彼との距離確認しようとしたその瞬間、近くの木から不思議な音がした。
ビュ、みたいな。口ではとても表現し切れない音に、私の足は思わず止まる。すぐ横の枝がばちっと吹き飛んでいた。え、と心の中でつぶやくと同時に、パンという弾ける様な音と、今度はビャ、というへんな音が続いて響いた。なんだろう?そう思うより先に、私の視界を茶色のものが視界を掠めた。


 視線を下に向けると、雀がピクピクと羽を動かしながら落ちていた。思わず持ち上げたその体は暖かかったのに、私の手には暖かい赤い血がついていた。血が、腕へと伝って落ちる。


「逃がさないって言ったのになぁ。まあそこが、君の可愛いところでもあるんだけどね」


 無邪気な声が、私の背後からそっと呟かれる。
私が事の重大さを理解するのと、左側の背中――つまり心臓の裏に硬い金属が押し当てられたのは、ほぼ同時だった。


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