Violinist in Hyrule




「背負い投げが出来るようになりたい」
「はあ?」

対厄災政策及び戦略検討有識者会議が終わって、すぐに部屋を訪ねてきたと思ったらこれだ。
どうしてこいつは、いつも訳の分からない話し方をするのか。
そもそも肩書きからして胡散臭い。"世を越えし新たな英傑 全ての魔物を鎮めし女神の使い" だなんて、なんとまあ大それた御役目を担っているものか。

「コログ相手ならまだしも、今の君には到底無理だ」
「出来るようになりたいって願望の宣言だから良いの。それか回し蹴り」
「何? ストレス?」
「違いますぅ身も心も健全ですぅ」
「笑止千万だね」

そう切り捨てれば、口を尖らせて反論する。なんとでも言えよ。言うだけならタダだ。

「で、君はそういう格闘技を身につけてどうしたいわけ?」
「リーバルは好きな人いる?」
「そこの柱に僕の矢で磔にされたくないなら、先に質問に答えて頂けるかな」

即座に両手を挙げて、情けない降参の姿勢をとっているくせに、顔だけはやけに楽しそうだ。
シッシッと翼を振ってやっても、殊更 笑みが深まったように見える。

「リーバルは多分、一番好きなのは空や弓だろうけど、私は一番のバイオリン以外にも、好きな人がたくさんいるよ。数え切れないくらい。で、好きな人ほど虐めたいとよく言うじゃない」
「そっちの質問じゃないよ。しかもまだ羽根の生え揃わないガキみたいな話だねえ」
「つまり今リーバルを背負い投げしたい」

さすがの僕でも、一瞬 言葉に詰まった。

「…怖」
「今の一瞬って何の間(ま)?」
「絶句の間」
「あ、でも、よくよく考えたら私が卍固めキメたいのはリーバルしかいないわ。私、他の皆にそんな事できない。やっぱり好きな人は大切にしたい」
「まるで素晴らしいことを言っているかのような雰囲気 出すのやめてくれない?
マンジガタメだか何だか知らないけど、さっきから君は失礼極まりないね。冗談はその存在だけにしてくれないかい」
「どの口が言っているのか分からないセリフをどうもありがとう」
「どういたしまして」

ぶっきらぼうにあしらって、ハイラル城の客間の天井に描かれた、豪華な幾何学模様を眺めているふりをした。
しかし、そんなことでへこたれるような神経の持ち主は、まず他人に背負い投げがしたいなんて話を持ちかける事はないだろう。
会合の途中で勝手に出て行った輩の部屋に、わざわざそれが終わってから訪れるような、暇な奴は特に。

「で、本題は何?」
「あのタイミングで出て行ってくれたお陰で、それはそれは会議が捗りましたので、代表して感謝申し上げます」
「なんだ、咎めに来たんだと思ったよ。回し蹴りとか言うから」
「チョークスリーパーはやり過ぎかもしれないけど、一回くらい頭叩きたいなとは本心で思ってる。皆が凄く心配してたから」

フンと鼻を鳴らす。

「どう考えても時間の無駄だったよ、あんなのは。君だってそう思ったんだろう」

事実を突きつけてやれば、彼女は眉根を下げて笑った。
曖昧にして黙り込んだということは、つまり、そう思っていたということである。

あの会議は酷かった。
正直に言ってしまえば、あの会議は毎回 酷いものなのだが、今日は群を抜いて酷かった。

もとより今回は大した話ではなくて、それぞれの英傑や研究員、軍隊などの代表者が、厄災への対策がどれほど進んでいるのかを確認して、意見を交換するだけの時間だったはずなのである。
議決も特に必要ない簡単な会議で、本来ならそんなものさくっと終わらせて、皆でお茶をするくらいの余裕があっても良かった。
しかし国王が公務の都合で参加しないと分かるや、傍聴する貴族や各地の有力者達は寄ってたかって好き勝手な話を始め、自分に都合の良いように事を進めようとした。やんわりと姫が話題を戻そうとしても、まだ力がなく幼いからと小馬鹿にして、歯牙にもかけない。
ただただ泥沼のように過ぎていく無意味な時間に、あの場にいた近衛騎士でさえ、珍しくその仏頂面に陰りが差してした。

だが、誰も、何も、言わなかった。
言えなかったのだ。
兵隊長や近衛兵はもちろんのこと、研究員に出資しているのは国王、ひいてはそれに仕える有力者であり、姫は無論、ミファーやウルボザも下手に口を出せば外交問題に発展しかねず、ダルケルはその優しすぎる心根のために、強い口調で糾弾することができない。
あの場でそれが出来たのは、僕とこいつだけだった。

結局、僕が先に無断で席を立った。
突然のことに呆気にとられている貴族達に背を向け、悲しみに沈んだ深緑の瞳を見開く姫に軽く会釈し、仲間の困ったような眼差しをそこに置いて、出て行った。
そう言えば、あの時も、こいつだけはやけに楽しそうな顔をしていた気がする。

「で、お礼に○○ちゃんとっておき、ハイラル穴場カフェでスイーツパーティーのお誘い」
「君っていつも絶妙なところ突いてくるよね。乗った」

数分前、感情に任せて殴ったせいで、変に歪んだ形をしている枕を、僕はベッドの方へ投げた。
彼女は来た時から全く移動していなかった。まだドアの枠に寄り掛かっていて、理解しがたい笑みを浮かべている。

「実は、リーバルが出て行った後も、あの人達、まだ分かってなさそうだったのよね」

廊下を抜けて外に出たところで、彼女はようやく口を開いた。
城のどこかには、まだあの貴族達がいるから、一応 屋内では黙っていたらしい。

「まあ、それが分かる人は、最初からそういうことしてなかったし、あの人達が分かる日は、永遠にこないんだろうけど。でも、さっさと終わらせたかったから、ちょっとだけ、私もボソッと」
「…なんて言ったの」
「"愚の骨頂だよね"!」
「それが本当なら、君の首がまだ胴体にくっついてる事が疑問だ。なんなら僕が切り分けてあげようか」
「って言ったのは実は心の中だけで」
「だろうね」
「"ああ、どうか、お気をお鎮めになって下さい。私は、百年前に生きた姫巫女様や勇者様、そして英傑の皆様と共にありたいのです。どうか、まだ、私を帰らせないでください"」

彼女はわざとらしく祈るように手を組んで、明後日の方向に目を向けた。

「物凄い職権濫用の問題発言だ。その程度で帰るな」
「いや別に職権は使ってないし、帰らないよ? なのに皆、私が急にボコブリンの大群を引き連れて町に攻めてきたみたいな顔するんだから。
何かを咎めて気を悪くする女神様が見えたとも、何か御言葉が聞こえたとも言ってない。嘘は一つもついてないのに」
「そういうところだよ」

全く悪びれない顔で首を傾げ、石畳をスキップしていく彼女の背に、僕の首元を覆うのと同じ青の、絹袋が揺れる。
その中には、彼女と同じくらいよく分からない、木製の楽器が入っている。
大きい方がバイオリンで、長い方は弓というらしい。

そう、弓。僕が空の次に愛するものと同じ。
それは小枝のように細く削られた木材に、馬の尻尾の毛を百何十本も張った、とても引けやしない弓だ。
武器の名を冠して、尚、攻撃はできない構造。
鎮めし者は、あくまで魂を浄化するのであって、何かを傷つけて倒すのではない。

「あ、ちなみにダルケルもミファーもウルボザも、先にカフェで待ってる。今ならもれなく、ゼルダ様から直筆のお手紙付き」

躓きそうになるのを、寸でのところで堪えて、僕は前を行く背中を非難の目で見た。

「本当に、君、そういうところだぜ。スイーツパーティーじゃなくて説教フルコースって言えよ」
「だってそう言ったら来ないじゃん。それに、私一人だけ皆から叱られるのは、腑に落ちないと言うか、とてつもなくむかつくので」
「最後の最後で私情が大荒れ」
「人間とは私情にまみれた生き物ですから」

行き交う町の人々が、こちらへ親しげに挨拶する。
それに笑って応える彼女の姿は、紛れもなく自らと同じ、誇り高い英傑のそれだというのに、その内面はあまりにも違っていた。
少なくとも僕は、暗に意味を示したり、意図を相手に推し量らせるような、回りくどい喋り方はしない。

「全然、似ていやしないよな」

呟いた声はそよ風に掬われて消えそうほど小さかったのに、彼女は振り返って、僕を見た。
きょとんとしている。
どこからどう見ても間抜け面。分かりやすい表情。
それに満足して、僕は嘴の端を片方上げた。

「僕らって、似てないと思わないか?」

ところが、今度の反応は予想外。
彼女はまた例の釈然としない笑みを浮かべて、ふいと顔を逸らしてしまった。

「それをリーバルに言われるとは思わなかった」
「どうしてさ」
「私は、ちょっと似てるかもって、思ってた」
「不名誉だね。何もかも違うだろう」

眉をひそめて見やると、○○が声を上げて笑う。

「私達、甘いものと辛いものが好きでしょ」

僕は肩を竦めた。

「その程度の話か」

それでもめげずに、相変わらず馬鹿みたいに笑っている。

○○は百年後から来たのだという。
職業は、歴史学者だったとか、旅する大道芸人だとか、はたまたトレジャーハンターだとか、聞くときによって定まらない。
本当のところどうなのか、僕は知らないけれど、ちゃんと聖なる力を扱えて、英傑として恥じない行動がとれるのだから、今それは重要ではないだろう。たまに変な単語を呟きだしたり、全てを知っているかのような口ぶりになったりするが。

○○の生まれた世界に、僕らはいない。
その世界の英傑は、厄災ガノンの前に、滅びた。
聖なる力を授かっていた者ばかり、否、英傑全員がそうだったのに。そうでなくとも、ハイラルでは、指折りの戦士達であったのに。
僕らは負けてしまった。

○○が、僕らを見て微笑む時、いつも何を考えているんだろうか。
もし僕が、○○の立場だったならば。
これから厄災に蝕まれていく世界だけを遺して、死にゆく事になる英傑を、実際に目の前にしたならば。

「…やっぱり、似ていないよ、僕らは」

なぜか にっこりと笑みを深める○○。

「そういうところ」

気まぐれな女神の使いは、目にも鮮やかな青を背負って、広い空に向かって大きく手を伸ばした。

「そういうところが、似てるなって思うの」

***

ミファー「もう、二人とも!! 姫様もリンクも、すごーく心配してたんだよ!!」
ダルケル「リーバルが急に立ったのにもすげぇ驚いたし、どうなっちまうかって、こっちがハラハラしたぜ…」
ウルボザ「正直 助かったけど、○○も、もうちょっとやり方ってものが、ねぇ。それに反省してないだろう」
○○「だって嘘ついてないし」
リーバル「だって悪いことしてないし」
ウルボザ「御ひい様に必要以上の気を使わせた時点で落雷ものだよ!!」
リーバル&○○「そうでしたごめんなさい後で謝りに行きます!!」





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