Violinist in Hyrule




集合場所の城門までを、二人で歩く。
いつも里で見ているのと同じはずの夕焼け空が、今日は一段と輝いて見えた。

リーバルはお喋りで、学びに貪欲で、いつでも冷静で、機転が利いて、気配りができて、優しいけど、ちょっと澄まし屋で素直ではない。
今も、急がないと置いていくよ、なんて軽口を叩きながら、彼女をエスコートしてくれている。

「松明って、お洒落ね」
「そうか、君は夜光石で出来た里で暮らしてるんだったね。普段は何も灯りを使わない?」
「基本はそうよ。シノビタニシを使う事もあるけど、私達は夜目が利くから」

彼が知りたがりなのは、弓の為なのだと言う。
何が、どうして、どのくらい、何故、どうなるのか…
自身の技術を高める為に、全てのものから吸収しようとしているのだ。
その姿はどこか、もっと様々な事を学ぶべきだとこちらの知識欲をも煽ってくるようで、彼女は一層惚れ込んでいた。

だが、彼から溢れ出る魅力は、彼女以外をも惹きつける。
天空を翔ける戦士らしい、その誇り高い佇まいで、彼は道行く誰もの視線を奪った。
当然、中には あけすけに指を差して仲間内で囁きあったり、意味深げにも熱い一瞥をくれたりする者がいたりして、リーバルがそれを分かっているのかどうか、彼女は気が気ではなかった。
しかし幸運にも、彼女達を邪魔する愚か者は、まだ現れていない。

「おっと、もう皆 集まってるじゃないか」

そう言いながらも、彼の歩調は緩やかだった。
彼女も静かに頷いたけれど、足を早める事はなく、ただ城門を見据えただけ。
彼との間に、ハイラル城の外堀の、重たい水の匂いが立ち込める。

「ソプラ」

引きとめるように名前を呼ばれて振り向けば、あの水草の煌めきを放つ瞳が、こちらを見ていた。
たったそれだけで、彼女は身体を奇妙に強ばらせる。
その中へ絡め取られたかのように、もう指先一つ動かせない。

彼の蒼い翼が、控え目に頬を撫でていく。
ゾーラの彼女にはとても新鮮な感触で、その不思議な柔らかさに目を細めた。

鋼鉄の城門が開いていく。
完全に開かれたその時から、彼らは各部族の長たちの御前に立っている事と同じになり、下手な私語は許されなくなる。
ここから先は、部族を代表した者として、全てに挑まなければならない。

「明日のハイリア祭り、行くだろう?」

リーバルが早口で囁いた。
門が開ききるまで、もう数秒もない。
すぐに彼が言わんとする事を理解した彼女は、急いで返事をする。

「祝砲が鳴ったら城門の前に」
「分かった」

二人はパッと弾かれたように離れ、姿勢を正した。
地を揺らすほどの大音響と共に、門番が仕事を終える。
ソプラは一度 深呼吸をしてから、自身のヒレをゾーラの里の絶壁に咲くスミレの如く広げた。





「う、ん……」

宿のプールの底から浮かび、その縁に頭を乗せて、彼女はゆっくりと目を開く。
乱雑に化粧台の上へ積まれた夜光石の装飾具と、レースのカーテンがかかった窓から うっすら昇る朝日の光が差しているから、部屋はそれほど暗くない。
もう起きてしまった。
どんなに緊張する本番の朝よりも、早くに目が覚めてしまったような気がする。
仕方なく水からあがり、身支度を整えて、ぼんやりと昨日の宴の事を考えた。
眩(まばゆ)く光るシャンデリアの下、六部族の重鎮らが集う華やかな社交界。
豪勢な料理と絢爛な装飾品に溢れたハイラル式晩餐会は、文化的に興味深い一方、少し堅苦しくもあった。あくまで儀礼をわきまえた人々のための格式高いものなのである。
それに比べれば、今日の女神ハイリア祭りの方が楽しみだった。
招待されたのが、晩餐会ではなく舞踏会であったなら、彼女の感想も多少は変わったかもしれない。
とは言え、今日は ただ お祭りに参加するわけではない。
"彼と一緒に"見て回るのだ。

「あっ、いけない。準備しなくちゃ!」

慌てて動いたお陰で床がびっしょり濡れてしまったが、彼女は気にも留めずに姿見の前へ立つ。
姿勢よし。ヒレの状態に異常なし。顔は…まだ眠そうだが、待ち合わせ時間までには何とかなるはず。
朝食に呼ぶ声に返事をしながら、ソプラは身体から軽く雫を落とした。

「はい、おはようさん。そこの窓から外を見てご覧! 昨日、総出で飾り付けしたんだから」

宿屋の奥さんは、美味しそうなカボチャスープの入った器をテーブルに置いて、朝から祭りのために活気づく城下町の様子を にこにこ笑いながら指した。
表通りにはすでに人が溢れ、王家の紋章を模した木製の盾や、草花を編み込んだリースが家々の軒先に吊るされている。
外灯には色鮮やかなリボンが巻かれ、どこからか陽気な笑い声と、気の早い楽団の笛の音も聞こえてきた。
町中が、来るべき祝祭の時を待っている。
彼女は普段使いのシンプルな腰飾りを手に取り、しばし悩んでから、凝った銀細工のものに変えた。少しくらいおめかししたところで、誰も彼女を責めないだろう。
ゾーラ王家に仕える踊り子である事を示す、特徴的な頭飾りを身につけて、また鏡の前でポーズをとった。
大丈夫。どこも変じゃないし、みすぼらしくないし、みっともなくもない。ちょっとだけドキドキしているせいで、脇腹のエラがいつもより動いてしまうけれど。

「いらっしゃい、いらっしゃい!」「素敵な宝石はいかが?」「ママ、リンゴ飴が食べたいよう」「そこのお嬢さん! 安くしときやすぜ」「ハイリア三大珍味の一つ、マモノエキスはいらんかね」「新しいイヤリングが欲しいわ」「王家直属の近衛騎士方も御用達! 両手剣からペーパーナイフまで揃う品揃え!」「あらゆる病や怪我をたちどころに治す秘薬、妖精の力水さ。今ならおまけしとくよ」

町の喧騒に目が回る。
ソプラはごった返す人混みを縫って、待ち合わせの場所を目指した。
北のハイラル城から、数発の空砲とトランペットのファンファーレが祭りの開催を告げる。
ああ どうか、彼を待たせていませんように。
閉じた瞼の裏で願いながら、彼女は高鳴る胸を押さえ、屋台の間を小走りで駆け抜けた。





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