Violinist in Hyrule




彼女の姿を式典場に見つけた時は、思わず駆け寄りそうになった。
しかも、リーバルがどうにか自制心を働かせている間に彼女は他のゾーラ族と話し始めてしまって、自分もリトの仲間と健闘を称え合ったりしていたお陰で、危うく喋れずじまいになりかけた。

「ソプラと言います。私も、貴方の試合を見ました」

ほんのりと頬を赤らめて はにかむ彼女の名を、心の中で何度も叫ぶ。
ソプラ。ああ、なんて甘美な響き。

「晩餐会まで まだ少し時間があるようだけど…」

違う、そういう事じゃない、と彼は言い淀んだ。なんで"君と話したい"っていうだけの、たった一文を素直に言えないんだ?

「よければ、ちょっと、お話ししません?」

ソプラはそう言って、不安げにこちらを伺う。
彼はすぐに笑みを取り戻し、大きく首を縦に振った。



彼女と二人で、城下町をあてもなく歩きながら、色んなお喋りに花を咲かせる。
故郷についてとか、趣味や嗜好だとか、大会の他部門での感想云々といった他愛ないもの。果ては弓や踊りの修練における、個人的な悩みまで。
距離が近づくのは早かった。
彼のよそよそしさも、彼女の堅苦しい敬語も、自然と解(ほど)けていく。
お互いに惹かれ合っているのが、何となく分かるから。でも、口に出さなかった。
それは、触れたら最後 あっという間に崩れ去ってしまう、イチゴの葉に降りる霜を思わせた。

ソプラは聞き上手で、物知りで、きちんと筋の通った話し方をして、明るくて、器用で、思いやりがあるけど、ちょっと悪戯好きで自由奔放だ。
今も、初めてゾーラ族に出会って はしゃぐリトの子供達に、突然 その大きな尾ヒレを開いてみせては、驚いたのを見て笑っている。

「きれーだねぇ!」「お姉ちゃんも羽があるの?」「お空を飛べる?」
「まさか! これはヒレよ、泳ぐためのものなの。空は貴方達 リトの世界。大昔、ゾーラだったリトのご先祖様が、空の精霊に翼を貰った時からね」

彼女が博識なのは、舞(まい)の為なのだと言う。
各種族の歴史、文化、身体の構造や仕組み…
本当に、全てをそれにかけているのだ。
その姿はどこか、弓の為になるならばと手当たり次第に勉強していた自分と重なって、リーバルは一層 惚れ込んでいた。
だが、彼女から溢れ出る魅力は、彼以外をも惹きつける。
舞台で生きる踊り子らしい、その圧倒的な存在感で、彼女は道行く誰もの視線を奪った。
当然、中には 分かりやすく二度見したり、不躾にもジロジロと眺めまわす者がいたりして、ソプラに気づかれぬようそちらを睨みつけるのに、彼はとても苦労した。
その甲斐あってか、彼らを邪魔をする愚か者は、まだ現れていない。

「ねえ、もうそろそろ行かなきゃ。集合に遅れちゃう」

そう言いながらも、ソプラは物見塔のそばのベンチに座っていた。
彼も肯定の言葉を返したけれど、立ち上がることはなく、ただ足を組み替えるだけ。
彼女との間を、夕方の涼風が絡みつくように駆けていく。

「リーバル」

窘めるように名前を呼ばれて振り向けば、あの一級品のコハクを嵌め込んだ瞳が、こちらを見ていた。
たったそれだけで、彼は開きかけた嘴を噤む。
その中へ閉じ込められたかのように、もう身動ぎ一つできない。
見つめ合っていた時間は、ほとんど永遠のような一瞬だった。
それから、ふと、どちらからともなく我に返って、照れ隠しに顔を逸らす。



曰わく、一旦 宿屋に戻って、よそ行きの飾りを着けるという事だったから、リーバルは彼女を宿屋まで送っていった。
ゾーラ族向けのこの宿は、家屋の中にハイリア川の豊かな水を引いていて、ほんのりと湿った滑りやすい石床をしている。
待つというのに部屋へ通されて、困惑する彼を前に、ソプラはさっさと自室の扉を開けた。

「え、えっと、僕は…」
「ごめんなさい、散らかってて。濡れたらいけない物は、一体どれの事だったのか、ちょっと分からないの」

ごそごそと箪笥をあさりながら、彼女は言う。
背後で彼が目を白黒させているのには、全く気づいていない様子だ。
彼女は部屋の半分ほどを占めるプールの方を指差しかけて、手を振った。

「適当に泳いで…っていうのは変よね。リトって、人に待ってもらう時、どうするの?」

…なるほど。文化の違いである。
リーバルは、どうも今日は格好がつかないな、と、小さく溜め息を吐いた。

「リトは、あまり他人を家の中に通さない。親しくなれば入れるけど、その、何というか」
「そうなのね。私達、自分の部屋とか家だとかが あんまりないから、大体どこか近くの川とか王宮の開放スペースとかで過ごしてて。寝る時だけ、ゾーラ川に流されないように皆 一緒のプールで眠るの」

彼女は話しながら、鏡の前でカチャカチャと装飾具を着けだす。
それを手伝ってやりつつ、彼は少々 危機管理能力の低い、このゾーラの娘の事が心配になってきた。
ふんだんに夜光石を散りばめた銀のフェロニエールや腰飾りを身につけた彼女は、まるで凍露を纏った精霊のようである。
そういえば、ゾーラ族は水中で眠ると言っていたような。
まさか部族そろって、全員 同じ場所で寝ているとは思っていなかったから、普通に驚いただけで終わってしまった会話だったが、今 彼が思えば、その時から認識ズレの兆候があったのだ。
まさにゾーラ的なこの のんびりした雰囲気も、そういう所からきているのかもしれなかった。





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