Violinist in Hyrule




ハイリア三術大会、最終日。
式典場にずらりと並んだ十二人へ、ハイラル国王がそれぞれのトロフィーを渡していく。

剣術部門の優勝者は見覚えがある。
たまにゾーラの里でも見かける、姫付きの近衛騎士。
確か、リンクと言っただろうか。
槍術で見事優勝したミファー王女とも親しかったはずだ。
厳粛な空気に包まれる中に あのリトの青年を見つけ、ソプラは高鳴る胸の奥に差す、小さな痛みに目を伏せた。

舞踊部門の本番中、たまたま客席に彼を見つけた時は、危うく声を上げそうだった。
川に群れて育つしなやかな金魚藻を陽光に透かして、溶かし込んだような瞳。
その視線は彼女の心臓をドクリと波打たせ、恐怖にも似た恍惚感で襲う。
最後にもう一度だけそれを見たくて振り返れば、また彼もこちらを見ていて、つい笑ってみせたりなどしてしまったが、礼儀も知らぬ愚か者だと思われてはいないだろうか。

国王から賜った、ハイラルの紋章を象(かたど)る首飾りに軽く触れ、彼女は恭しく一礼した。
ハイラル王はこれから開かれる晩餐会へ、大会優勝者達を招待する旨の型通りの言葉を述べて、授与式の終了を宣言する。
去っていくその足音を聞き、跪いていた一同はゆっくり顔を上げて、お互いの健闘を称えだす。

「ソプラ!」

湧き水のように朗らかな声へ、彼女は笑みを向けた。

「ミファー様、この度は優勝おめでとうございます」
「ソプラもおめでとう! 貴女の舞台、ちゃんと見てたよ。とっても素敵だった」
「光栄です、姫様」

ヒレを軽く広げて膝を折り、ゾーラ流に畏まったお辞儀をする。
ミファー王女は目を細めて笑った。

「リンクみたいに、もっと砕けても良いんだよ。幼なじみなんだし」
「滅相もございません。キングゾーラ様や元老院の皆様方に顔向け出来なくなります」
「お父様はきっと、気になさらないよ」

そういう事ではなく、と彼女が表情を曇らせると、ゾーラの姫君は小さく首を振った。
何度も繰り返したやりとりである。
彼女は、ミファーがあのハイリア人の騎士を友情や親愛の枠を超えて愛している事を知っていたし、自分の事を里唯一の同い年として密かに特別視している事にも気づいていた。
だが、王族からの目に見える別格扱いは、要らぬ嫉妬をかう。
それが"幼なじみだから"という他愛ないものだとしても、だ。
王女もそれを知っている。
だからこれは、王女が彼女ただ一人にしか見せぬ小さな我が儘。これこそが、王女との友情の証。
ソプラはいつものように話をはぐらかしたまま、再び式典場にあの翼を探した。

「誰か探してるの?」
「いえ、別に…」

咄嗟についた嘘は見え透いていて、彼女自身、隠し通せたとは到底思っていなかった。
けれど しとやかで聡明な王女は眉をひそめたりはせず、代わりに彼女の手を取って話し出す。

「…あのね。リンクが騎士になって、里のライネルを倒してくれた日から、私はいっつも彼を目で追ってた。ハイラル王国に公務で来るたびに、どこかで会えないかなって思っちゃう」

キョトンとするソプラに、王女は優しく微笑んだ。

「ソプラは誰かに、恋、してるでしょう」

コイ、としばらく反芻して、カッと熱くなった頬を手で隠す。
滝壺で、荒れ狂う水流に揉まれているかのような、この息苦しさ。
光の中で渦巻き踊る泡粒を、水底から見上げているかのような、この幸せ。
私は、恋を。

「応援してるよ、ソプラ!」
「ひ、姫様?!」

光鱗の姫君は小さく笑って、式典場を駆けていく。
それを追って勢いよく振り向いたソプラは、誰かの肩にぶつかりそうになってよろけた。

「ごめん、大丈夫?」
「はい、こちらこそすみません。ちゃんと見ていなくて…」

差し伸べられた、白い縁取りのついた藍色の翼に、動きを止める。

「君、舞踊部門で優勝した子だよね」

思っていたよりも、彼の背は高かった。
当たり前だ。橋の下からか、舞台の上からしか見ていないのだから。
それでも彼女は、息をするのも忘れてしまいそうなほど呆気にとられて、そこに立ち尽くすのがやっとだった。
背負う矢筒は、金箔で縁取られたハイラル王国紋章つきの拝領品だ。

「僕はリーバル。リト族一の、弓の使い手さ。君の舞台を見てた」
「ソプラと言います。私も、貴方の試合を見ました」
「本当かい? 教えてくれれば翼でも振ったのに」

気取った様子で首を傾げてみせる彼の名を、何度も胸の内で呼ぶ。
リーバル。ああ、なんて素敵な響き。

「晩餐会まで まだ少し時間があるようだけど…」

やっと話せたのに、もう行ってしまうのか。
心なしかイラついているようにも見える。何か、気に障ることをしたかもしれない。
けれど彼女は、ありったけの勇気を出して口を開いた。

「よければ、ちょっと、お話しません?」

リーバルはちょっと驚いた顔をしてから、すぐに笑って頷いた。





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