Violinist in Hyrule




カチ、カチ、カチン。
上機嫌に嘴の先を鳴らしながら、西ハイラル平原にこの日の為だけに仮設された簡素な宿で、リーバルはよく使い込まれたオオワシの弓を磨いていた。
柱の釘に引っ掛けた、実用的な木の矢やバクダン矢の詰まる矢筒が、吹き込んできた緩い風に遊ばれてカランと揺れる。
彼は先日、ハイリア三術大会の弓術部門に出場し、見事な成績をおさめたばかりだった。
なぜこんな漠然とした言い方をするのかというと、公式な結果発表は最終日に なされるからである。
しかし他の出場者の様子を見る限り、彼が最も優勝に近いといっても過言ではないというか、ほぼそれが確実だろうと、彼は踏んでいた。
大会に選出されるだけあって、どの出場者も猛者ばかりだったが、弓に秀でるリト族でも史上最高 芸術品とまで言われるテクニックを持つリーバルからすれば、何も恐れるような事はない。
あの試合でいくつか中心を外した的がある方が、彼にとっては大事(おおごと)だった。
それに、得意の剣術部門に出場し圧勝したが、実は他の武術系部門からも声が掛かっていたほど多才だという、ハイリア人の噂も耳にする。弓もなかなかの腕前だと聞く。
やはりもっと経験を積まねば。

空に住むと言われるリト族らしく、壁のない開放的な造りをした彼の宿からは、天高くそびえ立つハイラル城が一望できた。
参加者へ事前に知らされている行程表通りならば、今日はハイラル大聖堂で美術部門の品評会が、唄ドリの草原では舞踊部門のコンクールが、それぞれ行われているはずである。
彼はこれから、どちらとも顔を出すつもりだった。
昨日見に行った音楽と詩吟部門では、どちらもリト族とシーカー族によるハイレベルな接戦が繰り広げられていたなと、リーバルは振り返る。
他の部族だって実力は十分で、そちらが選ばれる可能性だって低くない。結果を待つ出場者達は、気が気でないだろう。



リーバルは舞踊部門会場に降り立ち、小さく驚きの声を上げた。
円形の舞台は、頑丈かつ美しい色の岩石を切り出したもの。
中央には静かな滝のように流れる噴水がそびえ、会場に渡された止まり木は、繊細な彫り込みがされている。
吊された豪華なシャンデリアが、ちろちろと揺れる青白い炎を灯して、軽やかにたなびく紗を映していた。
昼時だが、客席は充分に埋まっている。
周辺を取り巻いている緊張感は、弓術部門や何かのそれとは、また少し別のものである。
芸術系の部門は審査員とは別に、観客による投票がある。
審査員の点数に加え、一票につき一点が加算されるのだ。

そうして始まる、舞踊部門。
弦楽の調べにのせて、熱砂の陽炎のような演舞を披露するゲルドの淑女。
笛と鼓(つづみ)の独特な音色で、見栄を切って扇子を揺らす壮年のシーカー族。
ギターやカスタネットにあわせ、清風のように翼を振るリトの少女。
響き渡る太鼓の低音と共に、活火山のように力強く地を踏み鳴らすゴロンの青年。
陽気なフィドルを聞いて、軽やかに衣装の裾を翻(ひるがえ)す若いハイリア人。
そして鴻(おおとり)、ゾーラの娘。
舞台に上がれば、先程 舞を披露した者へ拍手を送っていた会場も静まり返り、ぴたりとポーズを決めた立ち姿に見とれた。
ゾーラらしい特徴的なヒレは畳まれているが、その状態で既に一般のそれより大きい事が分かる。頭部から伸びるスミレ色の尾も長く、地についてしまいそうだ。

柔らかい音をした竪琴の旋律と、踊り子のたおやかな舞が、河辺の風を思わせる。
涼しげな鈴の音が響くたび 誘うように揺らめくヒレに、誰かが感嘆の吐息を漏らすのを、リーバルはどこか上の空で聞いた。
頭飾りのオパールが、きらりと輝く。
どこまでも洗練され研ぎ澄まされたその舞は、まさに雨上がりの青空に吹き込む光風だった。
時に静かに、時に激しく魅せる。
流れ、浮き、沈み、渦巻き、さざ波を立てる水面(みなも)の動き。
あっという間に観衆を、舞台という水底へ引き込んでいく。
そうして、後戻りできない深い場所まで沈まされた事に 気づけなかった人々を、その舞い姿に溺れさすのだ。
バク宙を一つして、彼女は噴水の受け皿へ飛び込む。
滝を登る中でもよく見える後ろ姿に、観衆は釘付けになった。いよいよ、クライマックスである。
勢いのまま飛び出した彼女は、ずっと畳んでいた尾ビレを、空を抱くかのように ばっさりと広げた。

滝に、大輪の花が咲く。
飛び散った水滴が周りで輝き、いっそ神々しいまでの美しさに絶句した。
官能的に伸ばされた四肢。全てのヒレをあらん限り震わして、透き通るようなスミレ色を見る者へ深く刻みつける。
時が止まったかに思えた一瞬の末、とさり と言葉通り舞い降りたゾーラの娘は、キッと彼をねめつけて静止した。
それは奇跡だった。
きっと彼女はこちらを見据えたつもりなど、毛頭ないのだろうけれど、たったそれだけでリーバルは息を詰まらせて、嗚呼、と小さく声を漏らす。
コハクのような金色に輝く彼女の瞳が、視線が交わった瞬間、ほんの僅かだが見開かれたようにさえ感じた。

舞い終わり。
その事実を、圧倒された観衆が飲み込むまで、彼女は微動だにしなかった。

いち早く金縛りから解けた誰かが、拍手を始める。
それは段々と雪崩のように変わって、会場中に響き渡った。
舞台へ戻ってきてお辞儀をする、六人の出場者達へ、惜しみない讃辞が注がれる。
けれど、彼は動けない。
もはやスタンディングオベーションとなった会場を、六人の中で最後に去るゾーラの娘が、振り向いたから。
そして、今度こそ、偶然ではなくこちらを見て、可愛らしく微笑んでみせたせいだった。





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