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「嫌い、大嫌い」

 冬の冷たさが肌を切るように伝わって耳を押さえた。そうすれば何とか治まると思った痛みも、指先の冷たさで何も変わりはしなかった。自分が飛び込んだ選択は果たして間違いだったのだろうか。氷の渦に揉まれながら掻き分けた先に、自分の求める答えがあると思っていた。

 旦那や、土方さん達の職場にインターンとして働き始めてしばらくの月日が経つ。大学と仕事の二足の草鞋、思考に停滞するシコリを緩和させるには十分な時間の流れ方だった。だがしかし、放っておいたシコリは本人も気付かぬ内に大きく腫れ上がり、肥大して、見知らぬ振りをするには難しい段階にまで達していた。一つ下の後輩にあたる名前の存在が、シコリの原因である。

 感情的で、そりも合わなくて素直じゃない。そんな「可愛らしい」彼女の彼氏をやっていくのは簡単なことじゃない。滅多に自分から俺を誘うことのない名前から年越しの誘いがあったのだ。昼から晩、そして朝日の上がる新年まで一緒にいてほしい。簡素なメールの中に彼女のふてぶてしさが浮かんでくるような文末に笑いを堪えながらも、了解の返事をする。遅れてミスに気付いたのは、名前らしくもない喜びの返事が来てからだ。

 大晦日にインターンの仕事を丸っと入れていたことを自分はすっかり忘れてしまっていた。なんとか仕事は定時に上がれたとしても、名前が提示した昼からという願いは叶えられない。これぐらいの些細な予定の狂い、普通ならどうにかなると思うかもしれないが名前は普通と違うということを忘れてはならない。予め約束されたことが行われないのを彼女は極端に嫌う。そこを突ついて崩してやるのが堪らなく楽しくもあったのだが、泣かれてしまうとたちまち俺はどうしたらいいのか、もう分からない。不安で背筋がゾクゾクとする感覚が、再びやってくる。

「どんな彼女なの?」

 定時に上がった俺の前に、土方さんの彼女。投げかけられる先輩からの質問に俺は素直に答えてみせた。

「先輩と違って初心で可愛いヤツです」

 そうとも、俺の言ってることは何一つ間違っちゃいない。例え、名前が一言も口をきいてくれなくてもだ。

「おい、どこ行くんでさあ」

 名前は目を合わせないまま、目的地もない道を進んでいく。ついこの間まではクリスマスを彩っていた街中は正月に備えた外装で新年を待ち構えている。街路樹に飾り付けてあったブルーのイルミネーションが名前のお気に入りだった。さっきまで長々と山崎に電話をかけていた携帯を見る。災難な今年もあとわずかだ。厄も山崎に落ちただろう。

「飯食べやしたか」
「食べてない」
「あ、返事した」

 名前を追い越して顔を覗き込むと、きつく結ばれた口元があってキスをした。唇ほど柔らかくはない感触が名前の頑固さをよく表している。

「喋ろよ名前」

 道の隅に逃げるよう名前を抱きすくめた。彼女はただ何も言わずに俺の胸に頭を埋めているだけだったが、わずかな言葉を漏らす。

「駅で神威先輩見かけた」
「おっと、聞きたくねえ名前でさあ」

 名前の高校には少しばかし目立つ神威という不良がいた。俺も何度か見かけたことがある。俺と名前が出会ったばかりの頃、彼女はやたらと神威の話をしていたが、彼女自身が奴のことをどう思っているのかは知らない。けれども何かと口に出される得体の知れない存在に良い思いなど出来るはずもなく、今も尚、現在見知らぬ振りを続けたままだ。

「もう少しで新年なんですぜ。そんなわけわかんねえ男の名前は忘れなせえ」
「嫌だって言ったら?」
「それを怒る勇気は俺にはありやせん」

 その一歩に踏み込める勇気がまだ自分にはないのだ。名前を抱きしめる力を少し強くする。怒り続ける彼女に、謝るに謝れない俺たちの、埒のあかない堂々巡り。お互い本当のところは分かっているはずなのに核心的なことは何となく流し続けていた。信じていたことも疑いが生じ始め、こんなギリギリの狭間を俺たちは行ったり来たり。けれど、それさえも俺たちの一部だと考えてしまう。

「何も言わないで終わらせやすか」

 名前を抱きしめるのをやめて体を離す。もし彼女と俺の関係が相応しくないのだとしたら、この目に映る世界がはっきりと輪郭を持つのは何故だというのだろう。自惚れて心酔しきった頭は名前を求めて、彼女が再び自分に歩み寄ることを願っている。

「嫌い、大嫌い」

 そう言いながら名前は俺を抱きしめた。当然だ。望んだわけではないけれど、俺は名前のその一言を聞いただけで、理由も分からないままに彼女なしでは生きていけやしないんだろうと思わせられる。

「俺は違いやす」
「明日も?」
「明日も、その次の一日も、来年も。ずっとずっとでさあ」

 手放された俺たちの常識は、すっかり空いてしまった穴を埋め続け、追い越されていく人並と喧騒がめぐりめぐって新しい景色を映し出す。悲劇的なまでに完成されつつある俺と名前の関係を救いだとは思わない。そばにいてほしい、それだけを願って残りわずかの一年を駆け抜ける。



鯛子




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