alldayswithyou本文 | ナノ



 苦しくねェか、と後ろから耳元で囁かれるのはもう何度目とは言え未だに慣れない。私がコクンと縦に顔を振ると、帯飾りを付けて着付が終わった。首だけ振り向き、今年もありがとうと顔を見上げるとおうよと軽く頭に触れて彼も着替え始めた。
 お互い働いていることもあり、大晦日から一緒に過ごしたり元旦から過ごしたりと毎年ばらついてはいるけれど、晋助に着付けをしてもらって集英神社に初詣に行くのが私たちの決まりだった。私たちもいい大人になって、大学生の真ん中くらいからは晋助の家で半同棲をしている状態で、今もこれが続いている。彼の朝が早い日は前日に早起きの得意な私が泊まって、彼の寝坊を防いでいる状態だ。前にモーニングコールを十回しても結局起きられず、しかも大事な会議の日だったらしく、上司にこっぴどく叱られて帰ってきた日があってからはもう、こんな感じだ。

「晋助ごめん、なんか髪ひっかかっちゃった」
「あぁ、ここか。……ほらよ」
「ん、ありがとう。今日は誰かに会えるかなぁ」
「さぁな。それよか、いつもよりちょっと家出るのおせェし混むんじゃねェか」

 え、いつもより一時間も遅いじゃん!そう声を上げ急いで部屋中の家電製品の電源を切り、火の元を確認する。うわ、洗いものもこのまんまだったかぁ、なんだろう今年ぐだぐだだ。これじゃあいかん。
 気を取り直して小ぶりのガマ口のハンドバックを手に取り玄関に向かうと、先に草履を吐き終えた晋助がほらよと下駄箱から私用の草履を出してくれた。今年は鼻緒ぶっちぎんなよと含み笑いする彼はどうやら機嫌がいいらしい。去年は帰り路だったとはいえ、家から結構離れている場所で鼻緒を壊してしまい年始から無駄な出費をしてしまったのだ。毎年そんなことしないし事故だよと返すと、そうかァとまた喉に引っかかるような、くつくつとした面白い笑い方をするのだ。
 今年一番に彼の笑顔を見られたのが私でよかった。今年一番に彼の声を聴けたのが私で良かった。今年一番に、彼と一緒に出掛けるのが私で良かった。そんなことを毎年毎年思うのだ。まったく我ながら、飽き性のくせに高校生の頃から長いこと彼を好きでいられるのだろう。気まぐれで怒るととても怖いし、理不尽だし、チビだし。悪い所だって簡単に口に出せる。

「悔しいなぁ」
「……は?いきなり何言ってんだ」
「あーいや、こっちの話。はよはよ行きましょ」
「これ吸ったらな」

 スパー、と冷たい空気の中に、彼の口から灰色の煙が吐きだされる。一回、二回、三回。玄関に置いてある灰皿にコロンと煙草を戻す。いまどきキセルで煙草を吸う人なんて身の回りで彼ぐらいだろう。見た目すら下手したらオラオラ系のお兄さんに間違われそうだけど―いや高校時代はあながち間違ってなかったもしれないけど、喧嘩っ早かったし―単純に古風なものを粋だと言って好む傾向があるだけだ。彼によればその代物は煙草みたいに何度も一回に口を付けられるものではないらしく、せいぜい一杯で三服ぐらいらしい。仕事先では煙草を吸っているみたいだけど、だらだらと喫煙スペースにいるのも好きではないと言う。彼の嗜好だけは、未だによく分からない。

「集英神社の仲店通りっていうのか?あそこでちょっと寄りてェ場所あるんだが」
「うん、参拝がてら寄ってみようよ。どうせ刻みたばこでしょ?」
「それもだけど他にもちょっとな」
「? まぁ晋助に任せるね」






「すげェな、今年の混み具合」
「この間集英神社がテレビで取り上げられてたんだよ」
「お前けっこうテレビ見てるよな。仕事行ってんのかよちゃんと」
「失礼だな!そっちこそ寝坊してるんじゃないの?」
「新年からうるせェこと。あとそんなに赤べこ見たくぷんすか首ふるんじゃねェよ」

 せっかくの髪、崩れちまうぞ。参拝の列に並ぶ前に露店で買った甘酒をちびちびと口に運びながら、特に私を見るでもなく、参拝人の数え切れない蠢く頭を眺めている彼が呟いた。確かに時間はかかったけれど、セルフでアップにしたプロの技術なんてかかってもいない髪の毛を今度は横目で見てから私の目を見る。人差し指でくるんとした動きで手先に私の髪を巻き付け、この前行った美容院正解だったみたいだなと目を細めてからまた甘酒に口をつけた。はぁ、と吐きだす息が白い。何から何まで冷たいというのに朝から顔が熱くて仕方ない。熱は考えにくいし、理由なんて分かりきっていた。隣の男が、私の体温を上げるのだ、それも無意識に。
 参拝列に並び数分、僅かながら足を進めると飲み干した私の分の甘酒のカップを取り上げ、ちょっと抜けるなと晋助は出ていった。ここまで混むと思っていなかったこともあり、彼が寄りたいといった仲店に二人で足を運べばまた振り出しに戻ってしまうかもしれない。
 何かあったら連絡しろと言った彼が三つ先の店に入っていく姿を確認して、手持無沙汰になった私はスマホを手に取る。ラインやメールで新年のあいさつをくれた人に少しずつ連絡を返していくと、会社やサークルのメンバーでの新年会と言った話が出てくるのはもうお決まりの流れだ。前の人の歩幅に合わせ少しずつ足を進めながら会話に参加をする。ひとまず五日にサークルでの新年会が決まったようだ、昔から物事が即決するメンバーでこちらとしては非常にありがたい。

「全然進んでねェな」

 顔を上げるとうんざりした顔の、買い物を終えたらしい晋助が立っていた。

「十五分で三メートルってとこだね、どうしましょう!終わりが見えない!」
「あのよぉ、お前がよけりゃいいんだが、ここやめて違う神社行かねェか?」
「違う神社?」

 そう言いながら見せられた彼のスマホの画面には、万斉くんとのやり取りがあった。お祭り好きとはいえ、どうやらあまりにも進まない集英神社に少し嫌気がさしていたらしい晋助から、万斉くんへ空いている神社は無いかと尋ねたらしい。そうして馴染みの神社の名前が挙がっていた。ちょっとした、思い出の神社である。

「万斉くんたちも行ってるのなら、会うかもね」
「そうだな。賽銭箱まであとどれだけあるか分からねェし、あっちの神社行くか」
「せやな」
「それな」
「これ大学の時使ってたけど今考えると意味わからないよね、はーおもしろい」
「若かったな。あ、さっき五日に新年会決まったんだけどよ、お前正月どうする?実家戻るか?」

 そうすることにするよ、私も五日サークルの新年会。そう返しながら列から離脱した私の手を取った晋助の反対の手には、和柄の薄手の紙袋がぶら下がっていた。そのままぐいぐいとはぐれぬよう強く手を握った晋助に誘導されながら鳥居の下あたりまで来ると、それなりに人がはけて、なんだかやっと酸素らしい酸素を吸った気分になる。
 ちょっと休んでから行くかと言いながら裾の中にその和柄の紙袋を入れる前に、がさがさと紙袋を開けた。買ったのであろう刻み煙草で早速一服するのかと思いきや、思わぬものが彼の手に取りだされた。

「去年は帰り路だったからまあいいかなって思ったんだけどよ」
「これ、帯飾り?かわいい、え、どうしたの?」
「途中で鼻緒切れて草履変えたろ?あと今年新しい帯持ってきたから、帯飾りもと思ってよ」

 ピンクパールとそれに良くあうベージュに、差し色の赤い天然石に上品な三連のチェーン。「こっちのが、今のお前に似合う」と言う晋助が今までの帯飾りを抜いてそれを差し込んだ。帯の上で揺れるパールや石やピンクゴールドのチェーンが可愛らしい。そうして少し傾いていたらしい帯の結び目を手直ししてから、彼もようやく一服だ。

「晋助、ありがとう……すごい嬉しい、高かったんじゃない?」
「んなもんイチイチ気にするな、俺が好きで買ったんだから」
「ひえー流石モテ男は言うことが違う!……ありがとう、大事にする」
「着物に関しちゃ任せておけ」

 実家の両親が普段から着物を着て過ごす人だったらしい彼の見た手は完璧だ。成人式だって彼に選んでもらったぐらいなのだから。これに関してはドヤ顔されても文句は言えない。
 改めて帯飾りに軽く触れる。きっと高かったんだろうなぁなんて思いながらさっきの会話を思い出すとどうしてもにやけが止められそうにない。それを誤魔化すように、彼の一服中にスマホでライントークの内容を追った。会社の新年会は、今年の勤務の三日目になりそうだ。





 集英神社から、その神社までさほど距離があるわけではない。歩いて十五分ちょっとと言ったところだろうか。集英神社に向かう人波から抜けて住宅街に向かって歩くにつれ、まるでここの住民は皆集英神社に吸収されてしまったのではないかというぐらい閑散としている。
 松飾や賀正のペーパーを玄関に張り付ける家々を見て、なんとなく感じる正月の雰囲気を楽しむ。いつも見かけるこの辺の小学生の笑い声もあまり聞こえず、帰省でもしてるのかなぁなんて思いながら少しずつ神社に足を運んだ。

「この間までこの家さ、イルミネーションすごかったんだよ。毎年すごいけど」
「あぁ、この家か。しかも毎年ちげェのな」
「そうそう。一回やるとご近所さんの期待とかもあるから大変だろうなァ、光熱費とか」
「お前いつもリアルなこと考えるよな。……あーさみィ」

 外に放り出していた繋がれた手の間に小さいカイロが放り込まれた。思わず何これと笑ってしまうと、どうやらさっき刻み煙草を買ったお店のおじさんがくれたらしい。じわじわと温まっていくのはいいんだけど、人肌の分もあるためにだんだんと温度が上昇してきて、お互い手汗まで出てくる始末で結局このカイロは私のハンドバックの中におさまることになった。また冷えてきたら、頼ることにしよう。





 ようやく神社に近づいてくると、目の前から見覚えのある二人を見つけた。晋助も小さく「お、万斉たち」と呟いて右手を上げる。どうやら万斉くんと彼女さんは今参拝が終わったらしく、丁度私たちとすれ違いだったらしい。今年最初に出会った友達は、万斉くんたちらしかった。

「あけましておめでとう!」
「あけましておめでとう。集英神社に行ってたんだって?」
「もう、混みすぎてて心が折れちゃったよ……」
「そっちは帰るとこか?」
「あぁ。もう参拝も済んだからな」

 隣でほほ笑む万斉くんの彼女さんは、彼が大学生の頃に知り合い、彼を通して私たちと仲良くなった。万斉くんが好きそうな、小綺麗で人当たりも良い方で、私も彼女が好きだ。
 普段自分の彼女はおろか、自分自身のこともあまり話さない万斉くんたちと高校の集まりを半年ほど前にしたとき、罰ゲームとはいえちょっとした惚気発言をした時は正直驚いた。もちろん高校の集まりということで、晋助も同席していたんだけれど万斉くんに笑い過ぎだと言うぐらいに晋助がくつくつ笑っていたから、珍しいことがけっこうあったその日の集まりのことはよく覚えている。
 きっと万斉くんのことだから、彼女を目の前にしてあんなことを口にすることはあまりないんだろうなぁ。そう思いながら、また集まろうねなんて話をして解散した。
 やっぱりこっちの神社は落ち着く。初詣に利用する参拝者たちも地元の人たちぐらいで、さっきの数え切れない蠢く頭の列なんてものはきっと一生できることはないだろう。鳥居をくぐり、せっかくなので例にかなって手水舎で手と口を清めてお賽銭を投げる。五重に縁がありますように、ということで五十円玉を投げ入れ晋助と二人で鐘をゆする。聞き慣れた音が頭から降り注ぎ、目をつむり願い事をする。
 そういえば、住所氏名を名乗ってから、ほにゃららを我慢するのでこのお願い事を叶えて下さいと心の中で呟くと願い事が叶いやすいなんてことを、テレビでやっていたっけ。どうやら自身で決めた何らかの我慢の約束と願い事を、神様が引き換えで叶えてくれるらしい。

「住所氏名は名乗った?」
「お前もあの番組見てたのか?まあ気休めって感じだけどな」
「でも願い事はちゃんと言ったんだ?」
「まぁそりゃな。…そうだ、絵馬書こうぜ」

 参拝を済ませ振り返ると目に飛び込んできた絵馬掛けを見て思い出したように晋助が呟いた。今年は午年なこともあって、ここの神社の絵馬も馬の形をしているらしい。二人で一つの絵馬を買い、一緒についてきたマジックを持ってメッセージを書くスペースに移動するときに、どの神社でもよく見かける恋みくじを見かける。それでも、「ここの恋みくじは特別なんスよ」とまた子が言った言葉を思い出した。
 ここの神社は地元の人のみぞ知る、恋愛関係のパワースポットらしい。恋みくじもここのはよく当たるし、初詣のときに絵馬に書いたことはだいたい叶うとも言われ、特に地元の高校生の間じゃ有名なのだ。かく云う私もこの神社にはお世話になったし、事実今こうして隣でペン回しをしている彼と付き合えたのだって、この神社のおかげなのかもしれない。

「今年も健康に過ごしたい。って……じいさんじゃあるまいし」
「こういうのって案外思いつかねェんだよなァ……そういやよ、俺この神社、万斉と来たことあるんだよな」
「へぇ、どうしてまた?あ、じゃあ私次書いちゃうね」
「高校の時の夏祭り、名前と付き合う前だったな。したら神威ともはち合わせてよ。まぁそれだけなんだが」
「あらあら豪華なメンツだこと。……これでよし、と」

 結局私も月並みなことしか浮かばず、ずっと一緒に過ごせますようになんてベタなカップルの台詞を連ねる。覗き込むように晋助に見られて読み上げられるとなんだか恥ずかしいけれど、油性ペンだしもう取り返しはつかない。こう言う時は開き直るのが一番だ。「来年もじゃなくて、ずっとってとこに注目!」と茶化すと、ハーっと白い息を吐きだし手を温める晋助は当たりめェだろと私の目を見て言ったあとに、さっきのカイロを要求した。
 こっちが毎回どんな思いでいろんな言葉を受け止めてるとも知らずに、なんてやつだ!と思いつつカイロを渡し、絵馬掛けにくくりつける。これでよし。そうしてなんとなく他の参拝者たちの絵馬を眺めていると、晋助がとなりで小さく声を漏らす。指差す絵馬を見ると、思わず笑みが零れた。

「神威くんたちも来てたんだねー、何時に来たんだろ」
「来年も一緒に来れますように!……だってよ。あれ、あいつら付き合ってなかったのか?」
「ああ、後輩ちゃんの!……来れるんじゃないかなー来年も。晋助ここのジンクス知ってるっけ?」
「……しらねェ」

 そっけなく返され、再び二人の手の中にカイロを押し込む。ああ、こうやって目をそらすときは嘘をついているサインだ。こう言ったときは深入りしないことが吉というのは私が一番によく分かっている。私の聞きたかったことなんて、晋助だって分かっているのだ。
 くだらないことで高校の時から笑い合って、違う大学に進んで、もちろん違う会社に勤めて。見える景色がお互いどんどん変わっていくことだけがどうしても私は昔から苦手だったけど、隣に寄り添う彼の言葉がある限りは毎日頑張っていけそうだ。
 来た道を戻っていく彼は歩幅を合わせる。ふとした瞬間に気付く優しさは、今日でこれでもかというほど身に染みて、吐きだす言葉一つ一つに敏感になってはいちいち顔を赤くさせる私を見てはまた、くつくつと笑うのだ。

「そうだ、晋助。明日は私のお母さんがお節食べにおいでってさ」
「挨拶がてらお邪魔させてもらうぜ、じゃあ三日は俺の実家だな」
「晋助のお母さんに会うの久々だなぁ」
「そろそろ、名前の父ちゃんに挨拶しねェとな」
「…………へ?」
「ひでェアホっつら。コンビニ寄って帰るとするか」

 ぺし、とおでこを軽く叩かれる。いい音が鳴ったなとからかわれて、しっかり詰まってる証拠!と返す。そうすると彼は口角を上げて満足そうな顔をするのだ。
 今年は、ゆっくり歩くことにしよう。もう二度と鼻緒をちぎることが無いように。帯飾りを揺らし、お正月の住宅街を二人肩を並べ歩く。彼の体温と私の体温が手を伝って、もう十分にぽかぽかしているのだから、もどかしい二人の手の中におさまっているカイロは、もう取り除いてしまおう。






Back




「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -