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「あ」
「あ」

 手を出すタイミングが同時だった私と彼女は自然と顔を見合わせ、そして自然と口を開いた。
 普段は互いの家の前を通りすぎる際に挨拶する程度だったので、こうしてそれ以外の場所で顔を合わせるのはなんとも不思議な感じがする。例えるなら、学校外で顔見知り程度の同級生と鉢合わせしたときみたいな妙なよそよそしさがそこにあった。

「あけましておめでとうございます」
「あ、あけましておめでとうございます!」

 照れたように真っ赤な頬を緩めて笑う彼女の頭は髪が乱れ、よく見るとアメピンがあらぬ方向を向いている。開店早々猛ダッシュでお買い物中なのか、何本もの大根やその他野菜、飲み物、酒粕なんかがカゴに放り込まれたように刺さっていた。あのサイズのお屋敷なのだから、元旦は大忙しだろうなと廊下を走る彼女の姿を思い浮かべる。
 うちの近所にはお屋敷がある。初めて見るものが皆口をポカンと開けて眺めてしまう、明治や大正と言った古い時代から切り取ってそのまま持ってきたような立派なお屋敷だ。
 通りすぎる度私もその時代錯誤な屋敷を取り囲む塀に呆けていたのだが、そうして眺めていたある日、小さなトートバッグとメモを片手に彼女が門から出てきて私の間抜け面と鉢合わせした。そこからなんとなく会う度話をするようになった。
 とは言え、お互い名前も年齢も知らないので、私は彼女のことを“若いお手伝いさん”と心の中で勝手に呼んでいる。知っていることと言えば、彼女は屋敷に住み込みで働いていることぐらいだ。
 そして彼女がよく話題にするその屋敷の主は、あの天気予報士の結野アナの兄だというのだから驚きだ。いつもその主の話ばかりなあたり、意中の人なのかもしれないと想像していた。

「あのぉ、これ、何個買いますか?」

 彼女がおそるおそる指差すのは、直前に私たちが同時に手を伸ばした苺大福だった。
 この季節限定の苺大福はパン売り場の付近にちょこんと設置されており、箱の上には十二個、今冬からデザインを一新した赤いパッケージがずらりと並んでいる。さすがに元旦の朝八時半には一つも売れていなかった。
 何個、と聞く当たりお屋敷の人たちのために大量購入するつもりらしい。

「一個ですから、あと全部いいですよ」

 私の言葉の意図を読み取ったのか、若いお手伝いさんは目を丸くしてから笑顔になった。心から喜んでることが伝わってくる良い笑顔。営業スマイルが板に付いてしまった今の私には到底出来そうにない眩しい笑顔だ。

「ホントですか!ありがとうございます!」

 お店的には朝イチで商品がなくなってしまうのはよくないのかもしれないが、まぁなんとかなるだろうと決めつけ一つ手に取った。消費期限の短い食品は売り切るに限る。
 残りの苺大福を大量に引っ付かんでカゴに放り込み、それでは、と頭を下げて駆け足でレジに向かう彼女を見送った私は、思わず一つしか購入しなかったその丸い和菓子をこの後訪れる場所へ持って行くか否か悩んだ。





 部屋のチャイムを鳴らしてからボサボサ頭の彼氏が出てくるまで悠に一分はあったろうか。いつもの癖なのか、室内なのにサングラスをかけて出てきたので思わず真顔のまま引っ付かんで取り上げた。

「あけましておめでとう」
「……おめでとう。名前、サングラス返してくれないか」
「初詣に行く準備できたらね」

 万斉の部屋が私の部屋よりだいぶ広いのは、彼が音楽プロデューサーであるからだろう。防音設備の整った立派なマンションの一室は、その忙しさからか年末の大掃除を華麗にスルーしたことが伺える散らかり様だ。
 年の瀬の業界の忙しさはなんとなく想像していたが、大学を卒業して万斉が本格的に音楽活動をスタートさせてからそれを身をもって知った。そんなに執着のなかったクリスマスやバレンタインと言った恋人達がはしゃぎ浮かれる行事も、彼が忙しいため基本的にスルー。その上私の職業上イベントは月の売上高を大幅に右肩上がりにさせる大切な日であるため、はしゃぐ暇なんて与えられず、浮き足立つ客にひたすら洋菓子を売りさばくだけで一日が終わってしまっていた。
 もちろんご多分に漏れずこの数日間もそうで、忙しなく帰路へ向かう人々を横目に、私は夕方過ぎまでケーキを売っていたし、彼は都心のテレビ局で生放送に出演するアイドルのサポート業を年が明けるまでこなしていた。
 ようやく休みが被っても、翌日のスケジュールを気にしたり締め切りを気にしなくてはならない仕事があったりと何かとゆっくり出来ないことが多いので、今日のように何も気にせずほぼ丸一日一緒にいられる時間を、例え昨日の疲れがとれていなくても私は無駄にしたくないのであった。

「何時に帰ってきたの?」

 奪い取ったサングラスをパソコンデスクに置き、そこに放置されていたマグカップやペットボトルを片付けながら、未だ眠たそうに頭を掻く彼に問う。

「三時だ。明け方には止むと予報されていたから、番組のあと初日の出を見に海の方に向かうつもりだったのだが、そっち方面への車道が渋滞しててな。みんなテレビ局の屋上で見ると残ったようだが、拙者は疲れたからタクシーで帰ってきたござる」
「あぁ、雪の予報結構急だったしね」

 見事天気予報通りに昨日の帰り道に降り始めた雪は、明るくなった頃には止んでいた。歩道に積もった真っ新な雪道に足跡を付けるのを昨晩の仕事帰り、家とスーパーの行き帰り、それから駅からここに来るまでの間年甲斐もなく楽しんだ。年末商戦ですさんだ心を癒すためだ。今も日は出たままだが、気温も低いので出来れば明日まで溶けないでいてほしい。
 暖かく広い室内をめぼしいところから片付けていく。万斉はエアコンが効いているのにもかかわらず、加湿機能付きの電気ストーブの前でのそのそと部屋着を脱いでいた。お金に余裕のある男は違う。何も気にせず暖房をフル活用できるのだから。
 台所は思ったよりも片付いていた。忙しくてコンビニ弁当ばかり食べているのか、ゴミ箱が弁当の容器でいっぱいになっていて、シンクにはカップ麺の容器が一つ置かれていた。何本かの箸とお皿を洗いながら、リビングにむかって声をかける。

「ねー、このカップ麺のゴミいつのー?」
「寝る前に食べたやつでござるよ」
「はぁい」

 年明け早々口にしたものがカップ麺か。
 妙な寂しさを覚えながら、今朝の若いお手伝いさんを思い出す。
 あの家はきっと豪勢な晩ご飯を食べ、手作りの年越し蕎麦なんかをすすり、今頃おせちをつまんでいるに違いない。せめて今朝作ったお汁粉を少し持ってくれば良かったかもしれないと、気の利かない自分に嫌気が差した。
 あの子は自分の作った料理を食べてもらったりするのだろうか。大根の詰め込まれたカゴが頭をよぎる。食品を買いに行くと言うことは料理もするだろう。となると、その料理が屋敷の主の口に入ってもおかしくはない。
 多分恋人同士ではないと思うが、彼女らは同じ家に住んで毎日のように顔を合わせ同じものを食べる。一方私たちは恋人同士で、違う家に住んで違うものを食べるし、顔を合わせるのなんて月に二回あるかないかだ。
 そんなカップルそこら中にいる。遠距離恋愛だって存在する。でも今は目の前にある空になったカップ麺の容器と割り箸が憎たらしくて、少し力を入れて容器をへこませてからゴミ箱に突っ込んだ。





 万斉の家を出て十五分ほど歩いたところに、その小さくて静かな神社はある。
 普段は近所の子供達が敷地内で走り回っている程度にしか人がいないそうだが、今日だけはやはり特別で、近所の人々であろう参拝客で賑わっていた。家族連ればかりかと思いきや、カップルもそこそこにいた。

「お昼だとやっぱりちょっと混んでるね」

 コートの下の腕時計は午前十一時を刺していて、小さな敷地内の参道に並ぶほんの数件の屋台は、どこも小さな列が出来ていた。境内に広がる屋台特有の匂いは、私たちの空腹を刺激するには十分すぎるほどだった。
 万斉は何も食べてきていないし、私も昼食にはちょうど良い時間だ。しかしぱっと見、屋台よりも拝殿への列の方が少ない。あちらの方が動きもスムーズなので、あまり時間がかからなそうだった。
 神さまには申し訳ないが、早く終わる方に先に並ばせてもらうことにしよう。二人で御手洗で手を洗い、拝殿の列の方へと歩いて行く。

「あぁ、そういえば、晋助たちと会うかもしれない」
「え、なんで?」

 最後尾に並んだところで、万斉が思い出したように呟いた。彼はいつも通り、サングラスの向こうから何を考えているのかいまいち分からない表情でこちらを見る。今日はヘッドフォンは首にかけるだけで装着はしていない。

「さっきこんなメールが」

 ポケットから取り出された携帯端末の画面には『どっかすいてる神社知らないか』と、高杉くんからの簡潔なメールが表示されていた。

「集英神社まで行ってたみたいでござるよ」
「うわー、よく行く気になったなぁ」

 集英神社と言えばこの辺りで一番大きな神社だ。除夜の鐘を鳴らす人々の列はテレビでも中継されるほどだし、元旦から数日間、混雑は絶対に避けられない。
 高杉くんが確かお祭り好きだったことを考えると、大方集英神社に行くと言い出したのは彼で、しかしあまりの人の多さに彼女も本人も嫌になったのではないかと推測する。
 万斉曰く、ここの神社は昔高杉くんとお祭りで来たことがあるという。まぁこちらの方が彼らの家からも近いだろうし、落ち着いてはいるがそこそこ人もいるし屋台も出ているし、こちらでも不満はないだろう。
 そんな話をしている内にいつの間にか列は進み、参拝は自分たちの番になっていた。
 お財布から百円玉を取り出し――五円玉の方が縁起が良くて良いのかもしれないが、折角のお正月なので奮発した――握りしめたまま軽く礼をする。二礼二拍一礼。鐘を鳴らし、柏手を打つ際に願い事を考える。こういう時にぱっと何も出てこない辺り、自分の欲のなさが伺えた。長引かせるわけにもいかないので「今年も良い年でありますように」と無難で型通りな願い事をたいした信仰心もなく思い浮かべておいた。
 初詣のメインイベントを終えてしまったので、あとはもう軽く何か食べて帰るぐらいだ。二人とも特にどれが食べたいということもなかったので、一番空いてるお雑煮の出店に並んだ。紙コップより二回りくらい大きいカップで一杯三百五十円。安いのか高いのかよく分からない値段設定だ。

「私、醤油がいい」
「拙者は味噌で」

 屋台のおじさんは「お兄ちゃん面白い喋り方だねぇ!」と豪快に笑った。そして面白いついでに百円負けてくれた。私はすっかり慣れてしまったが、やはり変だと思うらしい。業界の人間はちょっとぐらいズレていないとやっていけないのかもしれない、と驚きながらも自分をそう納得させたのは大学時代の話である。
 境内に並ぶ樹木は、腰の高さほどもないいくつかの石で囲まれていた。他の参拝客がその石に座って焼きそばなどを食べていたので、それに倣って私たちもそこに座ってお雑煮をつまんだ。

「味噌の方が好きなの?」
「どちらかといえば程度でござるよ」

 ふぅん、と相づちを打ちながら私はカップを傾ける。身体が温まってほっとするのに、胸の奥が少しだけひんやりとしているのはどうしてだろう。
 たいした量も入っていなかったカップはあっという間に空になった。屋台の横に設置されていたゴミ箱に箸とカップを捨てて、私たちは鳥居をくぐる。
 会話は多い方じゃないから、今だってこうして何も喋らずに、彼が少しだけ前を歩くのはいつも通りのはず。なのに、なんだか今はひどく物足りない。なんでも良いから話したい。そう思い口を開きかけたところで、交差点の向こうから見慣れた顔が二人、こちらへ歩いてきていることに私たちは同時に気が付いた。

「万斉と名前じゃねェか」

 右手を軽く挙げながらゆったりと近付いてきたのは、先程話題に出していた高杉くんとその彼女さんだった。二人ともお着物を着て、とてもお正月らしい。
 万斉も含め、三人は高校からの付き合いだ。私は万斉と大学が一緒だっただけだが、二人とも遠方からこの町に来た一つ年下の私にも隔てなく接してくれたおかげで、今もこうしてこの町から離れずにやっていけている。

「あけましておめでとう!」
「あけましておめでとう。集英神社に行ってたんだって?」
「もう、混みすぎてて心が折れちゃったよ……」
「そっちは帰るとこか?」
「あぁ。もう参拝も済んだからな」

 私だけじゃなく、誰の目から見てもこの二人はベストカップルに思えた。容姿や身長差など見た目の話ではなくて、雰囲気がだ。居るべくして一緒に居るといった感じの二人の関係が、私には羨ましかった。

「それじゃぁね、万斉くん、名前さん!」
「じゃァな」

 鳥居をくぐる二人の手はしっかりと繋がれていて、私は手を振りながらこっそりとロングコートのポケットにつっこまれた万斉の手に目をやる。私たちはいつから手を繋がなくなったんだっけ。決してマンネリ化したわけではないが、お互いの性格上、年を取るにつれ気が付けば人前で手は繋がなくなった。私が公衆の面前でそういうことをするのにな慣れていないせいもある。
 だから、手を繋ぐこともキスをする回数も昔よりずっと減った。疲れているだろうからと遠慮して肌を重ねない夜もあった。昔、と言ってもたった三・四年程度の話だ。二人の形は時間とともにいずれ変化するのだから、それくらい平気だと思っていた。
 でも本当は、平気だと思い込もうとしているだけで、とても平気なんかじゃないのかもしれない。
 今、私の宙ぶらりんの右手が二人の間で行き場をなくしているのが何よりの証拠だった。

「名前、どうかしたでござるか?」

 高杉くんたちと別れて三つぐらい信号を渡った道の途中で、私は足を止めてしまった。名前を呼ばれて顔を上げれば、彼は覗き込むように私を見ていた。私がヘッドフォンを禁止したからか、冷たい風に当てられた両耳は赤くなっている。

「……苺大福を買ったんだよ」
「は?」
「でもね、一個しか買わなかった。今朝作ったお汁粉も持ってこなかったし、万斉がお雑煮は味噌の方が好きって知らなかった」

 近くの公園で元気に遊ぶ子供たちの声があたりに響く。祝日といえど交通量は平日の昼間と変わらない少なさで、歩く人々もまばらだ。誰も私たちの横を通らないのをいいことに、私は立ち止まったまま万斉を見上げる。

「お弁当とかカップ麺ばかりの生活だったのも、気が付かなかった」

 このままで良いのか分からなくなった。いつもと同じ道を歩いていただけなのに、突然迷路に迷い込んでしまったような気分だ。どこにゴールがあるのかさえわからない。周りを囲む壁一面に描かれているのは、昔の私たちと他の恋人たち。みんな隣り合って笑っているのに、どうして私は、何歩も先にいる彼の後ろ姿だけを追いかけているのだろう。時々立ち止まってこちらを見てくれるのに、距離が少し近付いただけで隣に並んで歩くことはない。壁の中の私は、あんなにも楽しそうに万斉と手を繋いでいるのに、どうして今の私の両手は空っぽなんだろう。
 不満があるわけじゃないんだよ。はっきり声に出すつもりだった言葉は自信なくこぼれてしまった。ゆっくりと首が下がる。足下の雪はもう踏まれて溶けてしまって、なんだか汚い。日陰に取り残された雪はいつ溶けるのだろう。陽の光をずっと待ち続けるんだろうか。

「でもちょっと、寂しいかな……なんて、あはは」

 雰囲気を悪くしたくなくておどけるように笑ってみせたが、ぎこちないのが自分でもはっきりと分かる。
 あぁそうか、私は万斉を困らせる女になりたくなかったのか。だから気丈に振る舞って、本当は寂しいのにそれを口にしないで、ポケットに突っ込まれた手を自ら取ることもしなかったのか。
 なんて情けないんだろう。自分の厭な部分がじわじわとあふれ出してきて、膜になって私を覆ってしまいそうだ。涙が目の奥から上がってくる。やだ、鼻がつんとしてきた。
 万斉の足下をにじむ寸前の視界で眺めながら、私は彼の反応を待った。
 泣きたくない。でも気付いて欲しい。
 下唇を噛みしめた瞬間、拙者は、と俯く私の頭上から声が降りかかってきた。

「ラブソングを作るときはいつも名前のことを考えて作ってるでござる」
「え、初耳……」
「言っていないからな」

 顔を上げないまま無理矢理声のトーンを上げて返す。私の耳に入る万斉の言い方はいつもと変わらない。落ち着いていて上手く読み取りきれない。冗談みたいな喋り方。それでも、そこもひっくるめて私は彼が好きなんだ。

「メロディーが行き詰まったときは、環境を変えてみるのも手だ」

 万斉の右手がポケットから出たかと思うと、とつぜんぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。驚いて顔を上げると、サングラスの向こうには困ったように笑う瞳があった。
 そして彼は左手を握った形でコートから出し、その握った中にあったものを私の両手を掴んで渡してきた。人肌で暖められた少しとがった形の、とても軽い何か。

「てことではい」
「…………はい、って、これ」
「年末にでも渡すつもりだったでござるが、どうも会うタイミングがなくてな」

 銀色の小さなそれは、いつも彼の部屋の玄関に置かれていたそれとおそらく全く同じ形状をしたもの、つまり彼の部屋の鍵だった。目を白黒させながら鍵と万斉を交互に見る私に、彼は軽く笑う。

「引っ越しの準備が終わったら連絡をくれ」
「え、同棲!?」

 てっきりいつでも部屋に入っていいよ、という入室の許可が下りたのだとばかり思っていたのだが、そこの部分はすっ飛ばして、同棲。
 別に結婚前の男女が云々という昔気質なわけじゃないが、今でさえたまにしかお互いの家に泊まることなどないし、そんな話一度も触れたことすらなかった。展開の速さに目を回しかけたが、落ち着いてよく考えてみれば私たちの年齢なら何もおかしなことではない。

「嫌か?」

 私は首を大きく横に振る。
 同棲のために鍵を渡そうとしていたということは、前から考えていたのかもしれない。
 すまんな、と私の頭を再び撫でる万斉の大きな手は、さっきまでの独り善がりな寂しさを全部吹き飛ばしてくれた。

「今日、泊まっていい?」
「構わんが、名前は明日仕事があろう」
「ううん、明後日から。万斉は?」
「拙者は明日の夜に打ち合わせがある」
「それじゃ今日は一緒にいれるね。晩ご飯の材料、買って帰ろうか」
「そうだな」

 歩き始めた万斉が先を行ってしまわぬよう、狭い歩道だけど隣に並ぶ。少しだけ緊張しながら右手を伸ばせば、すぐにこつんと彼の左手に当たったので、私は思わず笑ってしまった。そのままゆっくり手を繋いで、寒い曇り空の下で体温を共有する。
 もう一個苺大福を買おう。彼の好きなものを作ろう。折角のお正月なんだし、栗きんとんや煮豆なんかを買っても良いかもしれない。
 予想が外れてすっかり歩道の雪は溶けてしまった。水溜まりを避けるために二人でフラフラと歩く道はなんだか楽しい。日陰の雪も明日には溶けて、その下の土が見えるだろう。春が来る頃には、きっとそこに花が咲いている。




雪祢




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