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 門松がツリーにとって代わり、六日。
 きらきらと浮かれ騒いでいた街は手のひらを返したように居住まいを正し、しめやかに新年を待ち構えていた。
 しかし、だからといってそこを行き交う人々に目に見えた変化などない。暮れても明けても懐は寒いし、干支が変わるからといって天パがストレートになるわけでもない。
 行く年も来る年も馬鹿は馬鹿、地味は地味、ドSはドS、シスコンはシスコンだ。どいつもこいつも変わりゃしねえ。今年の始めによろしくした連中が一年で劇的な成長を遂げるはずもなく、つまり改めてお願いすることなど何もないのだ。もういいじゃないか、形だけのあけおめもことよろも。略すくらいなら始めから言わなければいいじゃないか。年末くらい、大晦日くらい、何も考えず炬燵でアイスを食う。それが日本人というものじゃないか。

「銀さん、ぶつぶつ言ってないで年賀状書いたら」

 大学時代の後輩である眼鏡とチャイナが帰った後、狭いアパートに残されたのは一人の女と怠惰な空気だった。

「どうせもう手遅れなんだよ。今頑張ったところで状況は改善しねーんだ。ポストの集荷も終わっちまったし、無力な俺たちはただ国営放送に躍らされるしかないんだよ」
「そうは言っても、銀さん明日だってだらだらしてるんでしょ。今からでもせっせと書くのが身のためだと思うけど」

 最もなことを言う名前の手は言葉のとおり地道に動いており、インクジェット紙にマーカーの滑る音が鳴っている。下手くそな馬が走っていた。何も言い返せない俺はそもそもどこへ去年の年賀状をしまったかも思い出せず、手持ち無沙汰を紛らわすためみかんの皮をもごもごと剥いた。にわかにテレビの音が騒がしくなる。七時のニュースが終わり、歌合戦が始まったのだ。

「……あ、寺門通。だからぱっつぁん慌てて帰ってったのか」
「ほんとだ。確かこの子のデビューって、高杉くんの友達が一枚噛んでるんだよね」
「そうそう、怪しいグラサン野郎な」
「怪しいグラサンと言えば、辰馬くん元気かねえ」

 だらけたままの俺にこれ以上強要しても無駄だと悟ったのか、名前はそう言って呑気に笑った。思えば腐れ縁の同窓生とも今年はろくに会っていない。互いに忙しくなり、飲みに行く回数もずいぶん減った。奴ら近頃、どうしているのだろうか。季節の折り目くらい連絡入れやが…………なるほど。そのための年賀状か。
 北風と太陽のごとく誘導されている自分の単純さに呆れながら、炬燵に脚を入れたままうつ伏せで押し入れを開けた。

「えーっとあー、確かここに……おーあったあった」

 去年の年賀状をまとめた箱を引き抜くと、上の物がどさどさと崩れたが見なかったことにして戸を閉める。恩師の達筆や冗談みたいなコラージュの写真を眺めながら、やっと上がってきたモチベーションに任せ筆ペンのキャップを抜いた。と、同時に、ピンポーンと玄関のベルが鳴る。

「……誰だよ!」

 出鼻を挫かれ玄関を睨みつけた。炬燵から出ずに訪問者を迎える方法が思いつかず、俺は断腸の思いで立ち上がる。こんな暮れにどこのどいつだか知らないが、くだらない用事だったら鼻フックで追い返してやろうとドアを開けた。
 開けなきゃ良かったと思った。

「銀時久しぶりだな、息災か。何をしに来たって?そう、年越しと言ったら蕎麦。蕎麦と言ったらヅラ。ヅラじゃない桂だ!……まてまてまて、何故閉める!」
「…………なんですか」
「なんだそのよそよそしい感じは。蕎麦を持ってきてやったというに。流水麺だぞ!流水麺!はははは!」

 何がおかしい。おかしいのはお前の頭だ。水で洗ってやろうか。

「……おいヅラ、年末にテンション上げるのは中二までにしとけ。俺らぁ炬燵でしっぽり怠惰きめこんでたんだよ。お前のテロに付き合ってる暇はないんだよ」
「何、師すら走るこの大晦日に炬燵だと?貴様はそれだから駄目なんだ銀時。松陽先生の教えを忘れたか」
「あーなんだっけ、アレ、炬燵で寝るなとかそんなんだっけ」

 その師に今まさに年賀状を書こうと思っていたのに、教え子の一人に邪魔をされるなんて、腐れ縁の腐り具合を思い知った気分だ。

「アホかお前は、恩師の言葉をなんと心得る。先生の座右の銘といえばあの、あれ、年越し蕎麦は流水麺、だろう!」
「知らねーよ!ちげーよ!」
「む、そうだったか?」
「頼むから帰ってくれよ部屋に着々と寒気がなだれ込んでんだよ」

 その後数分の悶着の末、顔を出した名前に挨拶をして蕎麦を渡すと、奴はどこかへ去った。やはり馬鹿は年の瀬も馬鹿だった。一年の終わりの日にしちゃ少し冷たくしすぎたかとも思ったが、どうせ奴にも帰る先があるのだ。俺がフォローするまでもないだろう。
 あいつは面だけはすかしてやがるから地元じゃ狂乱の貴公子なんてふざけたあだ名で呼ばれているが、俺からしたら狂乱の馬鹿だ。良い仲の女がいること自体驚きである。相手は心が広すぎると思う。

「相変わらずだね桂くん」
「あいつの年賀状は一番最後だ」

 だいぶ換気されてしまった部屋の寒さに耐えられず、部屋着の上にジャージを羽織る。『坂田』と縫われたそれは昔より少しキツいが、「懐かしいねそれ」と笑う名前の顔はあの頃と何も変わらなかった。

「……世話に」
「……ん?」
「今年もお世話になりました」

 ぼそりと呟いてみるが、彼女は俺が年賀状に書く文言を思案していると思ったのか「銀さん来年は午年だよ」と紙に漢字まで書いて教えてくれた。来年もよろしく、と続けられず、ぼりぼりと頭を掻く。
 大層な盛り上がりをみせていたはずの歌合戦は、俺の不発を見透かすように急に音声を切り替えた。ニュースキャスターの冷静な声が部屋に響く。どうやらもう中休みの時間らしい。年賀状はまだ一枚も書けていない。気を取り直し、息を一度吸い込んで筆を走らせる。が、隣に置いてあった携帯がいきなりバイブレーションを刻んだため、間違えて牛と書いてしまった。

「ちくしょう!なんなんだ!誰だ!ヅラだったらぶっ殺す!」

 俺を妨害する世界を憎みながら画面を見ると、ちかちかと光っていたのは隣の部署で働く因縁の同僚の名だった。なんだ今日は。総集編か。

「……土方くーん?なにこのクソ忙しい時に。嫌がらせか?走ってくんの見えてたのにエレベーターのドア閉めたことまだ根に持ってんの?」
「ちげーよ!お前会社の新年会、来んのか来ねえのかハッキリしろ!」
「あー行くよ!そん時に年賀状渡してやるよ!」

 変に真面目なところがあるこいつは、また面倒な幹事やらなにやらを押し付けられているようだった。そういえば今年は新人もインターンも曲者が揃っていたから、例年以上にフォローが光っていたように思う。

「来なかったらうちの沖田がお前のデスクに藁人形打ち込むからな。……来たら褒美に雑煮マヨネーズスペシャルをやる」
「どっちもやめて欲しいんだけど」

 数分の口論の末、なんとか雑煮宇治銀時スペシャルということで手を打ち、通話を切った。マヨは来年もマヨのようだった。あの食生活で、どうやら普通の彼女がいるってんだから世の中どうかしている。本人は隠しているようだが、緩んだ顔で会社を出ていく奴の姿を時折見ていた。相手はやっぱり心が広すぎる。

「同僚の土方さん、相変わらずみたいだね」
「あいつの年賀状は牛だ」

 すっかりやる気の萎えてしまった頭で、俺はぼんやりと新年の過ごし方を考えた。
 今年最後のお天気コーナーでは、最近不調の結野アナがえらく思い切った予報を掲げている。「年越しにかけて雪が散らつきますが、明け方にはやみ東の空だけ晴れるでしょう」。そんな都合のいい天気があるだろうか。

「……名前、どっか行きたいか?」
「……え!新年?」
「初日の出とか、初詣とか。お前本当は行きてえんじゃないの」
「珍しいね、銀さんが寝正月以外を候補に出すなんて」

 思えばいつもごろごろするだけで、年始のイベントなんて付き合ってやったことがなかった。一年の計を、と思ったわけではないが、周囲の男に駄目出しをする前に我が身を省みてもバチは当たらないだろう。炬燵布団から肩より上を覗かせて下手くそな馬を描き続ける彼女を見ていたら、自然とそう思った。

「ありがとう。でもいいよ、ここで。私銀さんと炬燵入るの好き」
「…………そ」
「あ、お蕎麦作ろっか」

 旧友の持ってきた蕎麦を手に、名前はぱたぱたと台所へ立つ。その後ろ姿に、俺は何かを言わなければいけない気持ちになった。

「来年も再来年も……俺は……炬燵から出ない」

 どうやら特別らしいこの日、馬鹿は馬鹿なりに勇気を出したのだ。





辻子




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