竜の天命
 其の弐

先日までこの辺りは雨が降り続き、そのせいで川が氾濫し下流の田畑が流された。小十郎はその長雨の中での政宗との見回りの際見つけた社を目指していた。
そこには一人の捨て子がいたのだ。その赤子は偶然居合わせた近くの村のはつらつとした少女に拾われていったが、ここ数日、どうしてもそのことが小十郎の頭から離れなかったのである。少女の村は周りよりも豊作続きだ、と言っていたが食いぶちを増やす余裕があるのか。目指す社は少女いわく村の“田の神様”のものであるという。少女は赤子を田の神様の授けてくれた子だ、と言っていた。だったら、気のいい村人へ神様からの贈り物があってもよいのではないか――小十郎はそう考えた。恐らくは小十郎がその場にいたのが神の思し召しだったのかもしれない。小十郎は社へ自分を介した神の贈り物を届けることにした。蔦も「神様の思し召しでしょうね」と快く同意してくれたのだ。
そして今、小十郎は蔦とともにその“贈り物”を届ける途上にある。
長雨が上がったばかりの、乾ききらない道を牛を引いてのんびりと行く。馬だとあっという間だった社は以外に遠かったようだ。途中、蔦が用意した水筒の水を飲みつつ行く。なるほど、一人では意外にしんどい道のりだったかもしれないと思って蔦を見やれば、妻は道のあちこちにある様々のものを眺めて楽しんでいるようだった。だが時折小十郎にあれは、これは、と指さして何やら言う意外に無駄な口は利かない。最近は左衛門があれこれしゃべるようになって静かな時間を楽しむ間もなかったが、蔦との無言の空気はやはり心地の良い沈黙だと小十郎は思う。
「ああ、あそこだ」
粗末な鳥居の向こうにある社を小十郎は指さした。政宗と共に訪れた時は気づかなかったが、鳥居は木製で、所々朽ちていて危ない。蔦があたりを見回しながらついてくる。参道に敷石はなく、獣道のような道が続くだけだ。
「ああ、そうだ。ちょっと待ってください」
蔦はそう言って、社の前で小十郎とハナを止めた。それから蔦は賽銭箱の前で手を合わせてから草履を脱いでから、社の小さな階段を上った。それからキイと扉を開ける。
「ああ、やっぱり」
「?」
蔦がこちらを振り返る。
「皆様、土足で上がりましたね。なんとなくそんな気がしていたのです」
小十郎も草履を脱いで上がる。それから彼はうなり声をあげた。
社の中には四つ分の泥の足跡がついている。
「あのときは赤子の泣き声に気をとられていたからな」
「ご実家の八幡さまが嘆かれますよ」
蔦が屈んで足跡にふれれば、乾いた土がパラパラと広がった。それで小十郎は気づいた。
「そのための掃除道具か」
「ええ。ついでに埃も落としましょう! ここの近くに川はありますか?」
「小川はあったと思うが……」
「では、水を汲んできていただけます?」
ずいと手桶を出されて、小十郎は思わず受け取ってしまった。

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