妻成地駆三毛猫……!
 其の参

翌朝、顔の横で猫団子を作る三毛猫と茶虎猫に小十郎はぐったりした。希望は打ち砕かれた。今日は実家へ行って文献を借りてくるしかない、と心に決めて城へ暇を求めに出かけた後――政宗には妙な心配をされた――久方ぶりに実家の治める神社への道をたどった。たどり着けば、神職を継いだ兄が境内をはき清めている。
「おや小十郎。お蔦さんが実家に戻ったと小耳に挟んだが大丈夫かい?」
小十郎を見つけた兄が言う。これだから神職と住職は耳が早くて困る、と小十郎が呻くと兄は笑った。
「なんだ、本当だったのか」
「兄上の考えているようなことではございません」
きっぱりとそれは告げておく。
それから何の用か、と尋ねてくる兄に猫又やら猫関係の文献と雷神関係の文献を貸していただきたい、というとさすがに眉をひそめられた。雷神さまはともかく物の怪はない、と窘められて肩を落とすが、兄はそれでもいくつか物の怪関係のもの見つけてを雷神の文献とともに見せてくれた。だが持ちかえるのはだめだと言う。
久々に入った社務所でそれらを検めても、それらしいものは見当たらなかった。武人のあの摩訶不思議な力の関係かい、としきりに尋ねてくる兄を適当にあしらいながらだったので少し精査に不安があるが、ともかくなかった。
今日は雲ひとつなく晴れていて、雷神のご機嫌もうかがえないな、と小十郎は帰り道に空を見上げて思った。


家に帰りつけば女中たちが
「ミケはトラの素晴らしい乳母です」
と言うのでめまいがした小十郎である。
厨にいるときは邪魔にならない所を選んでそこでじっとしており、トラが何かに悪戯しようとすれば叱りつける。女中たちにじゃれついて邪魔をしようとすれば首の後ろをくわえて運んでいく。遊びに興奮しすぎて爪を立て始めると、ぐっと首筋をあまがみして抑え込む。だが行儀よくしていれば全身を舐めて毛づくろいして褒めてやる。なぜか乳だけは吸わせないが、おかげでトラはずいぶん行儀が良くなったという。
小十郎はこれ以上蔦を猫にしておけぬ、と思った。一日で蔦は猫の乳母業が板に付きすぎである。しかし何の妙案も思いつかず、本当にトラが行儀よくなったことだけが確認され、また蔦がそれを誇らしそうにしているのを見てぐったりとし、結局夜になってしまった。猫が二匹で団子を作るのに半ば本気で嫉妬する。
――人が必死になっているってのに。
と恨み事まで胸に浮かんだ。
そして小十郎は夢を見た。とても悪い夢だ。姉、喜多に叱り飛ばされる夢である。恐ろしい。
姉曰く
「お前に甲斐性がないから蔦が実家に戻ってしまったではありませんか」
ということらしい。
違う、という反論は許されない。だが、ああ、これは夢だ、これが本当の事態になる前になんとかせねば、と夢の中で二重の苦悩を感じていると――ずしり、と胸に重みを感じた。
うーんと呻いて目を開ければ、障子に透ける陽光の中艶やかな黒髪が目に入った。「ん」と小十郎の胸の上で身じろぎしたのは、人の姿の蔦である。蔦が胸の上に乗っているので妙な夢を見たのだ、と気付くと同時にほっとする。
「蔦」
呼べば妻が目を開けた。澄んだ瞳と視線が重なる。
「小十郎さま?」
蔦が思わず出た言葉に口を押さえる。そして蔦は自らの口を押さえた己の手が人のものだと気付く。さらにその後自らの体を見回して妻は夫に言った。
「――もどりました!」
「ああ、戻ったな」
笑む蔦につられて笑えば蔦はほっとしたようだった。蔦の体が息使いに上下して――ふと小十郎は柔らかな膨らみが自分の胸板に押しつけられているのに気づいた。蔦は裸である。そして薄い寝間着ごしにも、なんとも温かい。
「ああ、よかった」
気付かない蔦はそのまま小十郎の身の上で身じろぎした。すり、と、夫の硬い脚の筋肉に妻のふっくらとした太ももがこすれる。蔦の柔らかな腹が小十郎の鍛えられた腹筋の上を動き、甘い刺激になる。さらりとした黒髪が胸へと落ちかかってくる。
「……」
「小十郎さま?」
ふと急に神妙な顔をした小十郎を不思議に思ったらしい蔦が顔を近づけてきた。次の瞬間、ぐ、と蔦の後頭部が抑え込まれた。顔がさらに近づいて蔦が驚いて目を見開く。小十郎は眉間にしわを寄せ、怒っているような顔をした後――意地の悪い笑みを浮かべた。
「心配させやがったんだ、わかってんだろうな?」
「え? きゃあ」
そしてあっという間に小十郎と蔦の上下が入れ替わる。小十郎に組み敷かれた蔦が悲鳴をあげた。
「トラがおります!」

――しばらく後、屋敷の主の寝所前の廊下でみいみい哀れに鳴く子猫のトラが発見された。見つけた若い女中は首をかしげ、子猫を拾い上げた時――主の寝所の中にいるはずの子猫が廊下にいる理由に気付いて真っ赤になって、慌てて子猫を抱えてその場を去った。
もちろん、いつの間にか奥さまが帰ってきていて、その不在の間旦那さまが非常に寂しがっていたことはすぐに屋敷中に知れ渡った。
が、小十郎にとって不幸だったのは、なぜかそれが姉の喜多にまで伝わっていたことである。政宗様にはどうかどうかご内密に、と平に願う弟に「まあ、仲よきことは美しきことです」と喜多は大変面白そうに笑ったという。さて、政宗が数日後に一の家臣をからかったかったかどうかは――また別な受難の話。

(了)

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2010年9月23日初出 2010年10月23日改訂
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