妻成地駆三毛猫……!
 其の弐

小十郎の部屋へ入れば件の茶虎の子猫、トラが小十郎の文机の上で腹を天へ向けて眠っている。その緊張感のない姿を横目で見つつ小十郎は戸を引いて腰を下ろした。
すとん、と蔦が小十郎の懐を出てその真正面にきちんと座る。尻尾を足元に巻きつけている様子は常に居ずまい正しくする妻そのものであり、小十郎はまたため息をついた。
「どうしてこうなっちまったんだか」
「にゃあ」
「俺もそんなんだったか」
「にゃん」
蔦は律義ににゃあにゃあ言う。
それに小十郎は今日何度目かのため息をつく。すると、蔦が胡坐を組んだ小十郎の膝の上に乗ってきた。存外に軽い。思わずその頭をぐりぐりと撫でればぐるぐると蔦が喉を鳴らした。
「のんきだな、お前」
その様子に笑いながら言えば蔦はひげをぴくりとさせた。そして今度は顎を撫でてやると蔦は心地よさそうに目を細めてまた喉を鳴らした。
のんきな蔦にほだされて延々と猫を撫でていれば、そこへ視界の外からぴょんと何かが飛び込んできた。
茶虎の子猫トラが目を覚まして小十郎の膝へと飛び込んできたのだ。
そしてうーるると喉を鳴らして、トラにとっては突然現れた三毛猫に甘えるように体を擦りつけ始めた。蔦は驚いて後足で立ち上がり、均衡を崩して小十郎の膝から落ちかける。小十郎が慌てて受け止めれば、蔦は「なあ」と困ったように鳴いた。
トラは突然現れた雌の猫を母御の猫と勘違いしたらしい。必死に蔦に甘えようとする。蔦は始め戸惑って距離を置こうとしていたが、あまりの必死ぶりに哀れに思ったかそのうちされるがままになった。ただ、乳を探すしぐさをし始めるとさすがに前足でそれを押し返して香箱を組んだ。みぃみぃ鳴いて必死に蔦の腹を探ろうとするトラに眉をひそめて、小十郎は子猫の首の後ろをつかんで少し引き離す。が、トラはすぐに蔦の側に戻ってしまう。香箱を組む蔦、近づくトラ、引き離す小十郎――幾度か三者三様の攻防が続く。蔦は根気強く香箱を組みつづけ、トラは甘える声を出す。頑なに香箱を解かない猫になった妻にほっとしつつも、小十郎は思いついて念のために抱きあげる。そして胡坐を組んで脚で作った囲いの中に蔦を入れてしまえばトラは哀れな声を出しながら小十郎の膝のあたりをうろつくだけになった。
それを眺めつつ小十郎はこめかみを撫で、戦場以上に頭を回転させた。だが蔦をもとにもどす方法も何も思いつかないし、なぜそうなってしまったのか心当たりもない。智の小十郎が聞いてあきれる、と頭を抱えれば蔦がまた
「にゃあ」
と言った。それから蔦はするりと夫の作った保護の囲いを出て追いすがるトラをとりあえず置き去りにして文机に上がる。そして書きかけの文をトンと前足で示した。
訝しんで近づけば、トントントン、と蔦は文字を指していく。
「ご実家のお義兄さまに聞かれてはいかがですか」
指された文字を繋げてそう文章にし、三毛の蔦の顔を見やる。猫はまあるい目で見つめてくる。そういえば実家は神職であったと今更思い出し、妻の察しの良さに頭が下がった。雷神の御技ならば神職の兄が何か知っているかもしれないし、実家に何やら文献があるやもしれぬ。
「確かに、何か……手掛かりがあるかもしれねぇな」
だが、とりあえずその日はもう遅かったのでそれは明日以降にすることとした。
夕餉にがっつくトラの横で蔦は皿からこぼさないように飯を食べて顔を洗い、女中たちを感心させた。ミケと呼ばれ始めた妻に不安を抱きながら小十郎は蔦とついでに子猫を連れて床ののべてある部屋に引っ込んだ。布団はもちろん一組である。
布団の上で再び蔦と対峙して小十郎は言った。
「俺の時は一晩で戻ったが……。とりあえずそれに希望をたくして寝るか。そうすりゃあ、実家に行かなくてもいいしな」
「にゃあ」
夫婦でそう結論した後、小十郎が布団をめくろうとすると、何を勘違いをしたのかトラがそこへじゃれついてきた。
「こら」
手を甘噛みしてくる子猫に小十郎が眉を寄せ戸惑っていると、
「カッ」
と蔦が一喝した。
するとトラは吃驚してへたり込んだ。それからよろよろと蔦に歩み寄って、許してくれとばかりにみぃみぃ鳴く。それに、わかればよろしいのです、というように蔦はにゃあと鳴いて子猫を毛づくろいし始めた。早くも猫の所作が板に付き始めた妻に頭痛をさせつつ、小十郎は床についた。

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