妻成地駆三毛猫……!
 其の壱

やはり何か自分は雷神の怒りを買ったのではないか。しかし思い当たる節がない、と再び遠雷の下で思う。


妻である蔦と出かけて夕立ちの気配がしたので、人気のない小屋の軒先を借りて雨宿りした時のことである。急に雷鳴が近くで響いたと思うと辺りが真っ白になった。
白く染まった視界が元に戻って、ふと傍らの気配が小さくなったことに
「びびったのか?」
と顔を向ければ妻の姿がない。
「蔦?」
と名を呼んで思わず辺りを見回すと
「にゃあ」
と言う声がした。見下ろせば地面に落ちた妻の着物の中で三毛猫が目を見開いているではないか。
「つ、蔦?」
戸惑いがちに声をかければ
「に、にゃー。なぁー?!」
と三毛猫が声をあげて飛び上がった。それからわたわたと着物を猫の手で不器用に身の近くに引き寄せた後、ゆらゆらと頭の後ろで揺れる長い尻尾に気付いてそれをくるくると追いかけだす。ひとりしきり尾を追った後がぶりとそれを己でかじってまた飛び上がる。
それから猫は腰を抜かしたようにへたり込んだ。小十郎は屈みこんでもう一度問う。
「蔦、なのか?」
すると三毛猫自身も戸惑うことがあるのかよろよろと立ちあがり、屈んだ小十郎の膝に躊躇しながらもきちんと前足を置き、己の体を見回した後
「……にゃあ」
と肯定の返事をよこした。小十郎は思わず額を手で押さえて唸った。


すらりとした美しい模様の三毛猫を懐に抱え、蔦の着物を蔵へ隠し、何食わぬ顔で表で帰りを告げる。出てきた女中頭が、夫婦が揃っていないのに首をかしげた。
「奥さまは……」
「矢内の家に立ち寄ったら、お姑殿の手伝いを頼まれて、しばらく……実家へ泊るそうだ」
とっさに出た嘘に小十郎はほっと息をついた。
だがにゃお、と懐の蔦が声をあげる。「完ぺきではないです」と言われているようで内心焦ったが、女中頭は特に疑わなかった。胸に手を当ててこちらもため息をついて見せる。
「よかった、てっきり旦那さまが愛想を尽かされたのかと」
「……」
「あらやだ、冗談ですよ」
それから女中頭は小十郎の抱える猫へ目をやった。じと、と睨まれて蔦が身を縮める。
「それにしても。この間子猫を拾って奥さまへ預けられたばかりだというのに、今度は大人の猫じゃないですか」
「……蔦は猫が好きだ、かまわんだろう」
「そりゃあ旦那さまはかまいませんでしょうけどねぇ。奥さまの手間が増えて増えて。まったく、知りませんよ」
誰がここの主だ、と小十郎は思ってため息をついた。懐の蔦が慰めるように鳴くので苦笑して撫でると「あら」と女中頭は言った。
「道理のわかっていそうな猫ですね。三毛だと雌ですから子猫の母御代わりになりますかねぇ。じゃあ旦那さま、お世話はよろしくお願いいたしますよ」
奥さまがお帰りになった際に御屋敷が荒れていてがっかりされてしまっては私の沽券にかかわります、と言って戻っていく女中頭に小十郎と猫の蔦は複雑なため息をついてから屋敷へ上がった。

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