縁談
 其の三

しばらくして、先に口を開いたのは娘の方だった。
「今日はいいお天気ですね」
庭を眺めて世間話をするようにのんびりと言った娘に、小十郎は「そうですね」と言っただけだった。
「蔦と申します」
そんな小十郎に改めて娘は会釈した。律義に小十郎もそれに返す。同時に頭が上がり、目があった。娘が笑う。
「庭に降りて散歩しませんか」
切り出したのは蔦だった。小十郎は頷いて立ち上がる。縁側から庭へ降りる際、手を貸せば小さくて細いが温かい指先が重ねられてまた小十郎はギクリとした。
「本当にいいお天気」
「畑仕事にはもってこいの日です」
思わずそう返して、小十郎はギョっとした。事前に政宗から言われていたのである。
「いいか、畑とかなんとか色気のないこと言うんじゃねえぞ、絶対だ」
女の口説き方に関しては、元服したばかりだというのに主の方が上である。いろんな意味で頭が痛くなってこめかみを撫でれば、蔦が心配そうにのぞきこんできた。
「いえ、なんでもありません」
言えば蔦はほっと息をついた。
「畑では何を?」
蔦がそのまま顔を見つめて聞いてきたので、すいと小十郎目をそらした。
「まあ、季節のものを。当たり前ですが」
「すると今は……」
蔦は指を折りながらいくつか野菜の名前を挙げた。確かにそのいくつかは小十郎が育てていた。
「……、詳しいですね」
「厨にも立ちますから、少しだけなら」
「そうですか」
……沈黙。そのまま庭を散策する。お互いに時折相手を盗み見るが、話題が見つからない。――参ったな、いつまでこうしてりゃいいんだ。小十郎がさすがに参り始めたところで「あ。」と蔦が声をあげた。娘は思わず立ち止まる小十郎の先を行く。
「この野草、食べられますよね」
数歩先で屈んだ蔦の傍らに行けば、彼女は草を指し示した。蔦ほど地面に近くない小十郎もその脇に屈む。
「ああ、確か」
「天麩羅にすると美味しいです。家ではもっぱらおひたしですが」
「天麩羅だったら塩だな」
改まった口調を忘れて言えば、蔦が間近でにっこりした。その笑顔に一瞬見惚れそうになって、小十郎は目を逸らした。
「蔦殿」
「はい」
そして、蔦の手をとって立ち上がらせる。
「自分は、生涯を政宗様に捧げる所存」
「……」
「ですから良い夫とはなれませぬ。戦場にて果てるか、腹を切ることになるかわかりませぬが」
蔦はまっすぐ見つめてくる。
「ですから、今回の縁談は輝宗様の命とはいえ、断っていただくのが賢明かと。こちらからお断りすれば貴方のお名前にキズがつきましょうが、そちらからならば」
そこまで言うと、蔦は苦笑した。
「片倉様、私の歳はお聞きでしょうか」
「……、政宗様より5つほど上と聞いておりますが」
するとくすりと蔦は笑った。首をかしげる小十郎に蔦は言う。
「いえ本当に、若君のために生きておられる方だなと思ったので。……歳を聞いてお分かりかと思いますが、実は破談ならすでに2、3は。先方からのものばかりです。父がよくしゃべってましたでしょう? 父は焦っているようなのです」
先方からの破談と聞いて驚いたのはむしろ小十郎だ。
「ご縁がなかったようなのです」
蔦は気にした風もなく言う。
「片倉様の若君への忠心は聞き及んでおります。若君はご嫡男であらせられますから、家督もいずれ、というお話も。そうすれば近侍なさっている片倉様も重用される、と父が浮かれて」
「……」
さすがにあけっぴろげに言われて小十郎は眉を寄せた。蔦がまた苦笑する。
「父の言いたいことが分からないわけではありません。でも御覚悟をお聞かせいただいて、こちらにそういう心持があったことをお伝えせねば、と思いました」
「貴方もそう、ですか?」蔦は首をかしげた。
「家と家、ということは頭では理解できますが、よくわかりません」
彼女はそれだけ言うと、ふと小十郎の目をまっすぐ見つめた。
「片倉様の望む望まずにかかわらず、そうなれば禄も所領も増えますね」
「ああ……いえ、はい」
小十郎の律義な言いなおしにくすりと蔦が笑う。また小十郎はギクリとした。
「禄や所領が増えれば、家中の者なども増えましょう。奥、というのはただの負担ではなく、それらを取り仕切るものでもあります。片倉様、所帯を持つということはそれをしてくれる者を迎え入れるということでもあるのです」
言われてはっとしたような小十郎に蔦は付け足した。「母の受け売りですけれど」
それからまた改めて蔦は続ける。
「殿がご心配なさっているのは、なにも世間体などだけではなく、そういうことも含めてではないでしょうか……。差し出がましいかもしれませんが、そういう考え方もある、と考えてみてはいかがでしょうか」
「……、いや、差し出がましいなどと。自分には思いもつかなかったことです」
蔦はまた笑う。
「母の小言も、やはり聞いてみるものですね」
笑う蔦に思わず小十郎もつられた。すると、蔦が目を見開いた。それからまた、優しく微笑む。
「片倉様、笑っておられる方が素敵です」
屈託なく言われて小十郎はギクリと――いや、ドキリとした。

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